鬼守りの墓じまい

またり鈴春

文字の大きさ
1 / 2

第1話 墓じまいの代償

しおりを挟む
 うだるような暑さの中、俺こと生田延治(いくたえんじ)は墓参りに来ていた。

「うわ……あっつ」

 ミーンミーンとセミの鳴き声、ジリジリと唸り声をあげそうな日差しの強さ。あぁ、帽子を持ってくれば良かったな――なんて後悔する俺の頭上には、ハンカチ一枚。気持ちばかりの日よけだ。

『さて、今日つくるお料理は~!』
『明日は所により雨が降ることでしょう』
『この村で連続殺人事件が発生して十五年が経ちました』
『地元の協力を経て、今日だけ特別に撮影許可を頂きました! わぁ~、こうやって作られているんですね!』

 こんな暑さだというのに、クーラーもかけず窓を開けている家がある。一軒どころではない、かなりの数だ。そこから漏れるテレビ音……内容を聞くだけで、視聴者の年齢の予想がつく。

「さすがは田舎、か。じーさんばーさんしかいねぇな」

 少子高齢化、過疎化。これらの波を受けているのは、この村も同じらしい。

「クーラーつけないと倒れるぞ~って、聞こえるわけないか」

 耳の遠くなったご老人たちに、外からの俺の声は聞こえるわけない。でも……それなら、ちょうどいい。俺がこれから「大きな音を立て」ても気づかない方が、ここの村人たちのためだ。

「さーて、いっちょうやりますか」

 墓地に到着する。高さが不揃いの墓がある中――俺は、高さも奥行きも何もない、空っぽの墓の前に来た。墓の前、といっても、そこに墓があるわけではない。なぜなら、先祖代々の墓は、この前「墓じまい」したからだ。

 だけど――墓じまいをした日から異変が起こった。

「毎晩おこる金縛り、誰もいない部屋からラップ音、子供の笑う声……勘弁してくれよ。俺って一人暮らしなんだっての」

 そう。一人暮らしのアパートから、続々でてくる怪奇現象。文字通り背筋がゾクゾクしっぱなしの俺は、今日――

 大量の塩を持って、ココにやってきた。

「念仏も唱えてやったってのに、何が気に食わないんだか。ご先祖さんよぉ、アンタらの帰る家は俺のアパートじゃないだろ? なら大人しく……
 さっさと成仏して、あの世に行けよ!!」

 バサッと、手に握った大量の塩を振る。
 瞬間「うわ!」という悲鳴が聞こえた。

「このあっつい中、雪が降ったかと思ったら……しょっぱ。灼熱で沸騰した海水が、霰になって降ったわけ?」
「え……、人?」

 さっきまで誰もいなかったのに――という疑問は即座に消えた。なぜなら、悲鳴の主が、なんともヘンテコな格好をしていたからだ。何も考えられないほど目を奪われる。

「紺色の浴衣にスニーカーに帽子って……それキャラ作りとして無理ねーか?」
「あと銀髪も足しておくように。僕の最大のトレードマークだからねぇ」

 言いながら、の男は、ニヤリと笑った。糸目な事もあって、何を考えているか分からない。その男は、どこか飄々とした雰囲気がある。

「あーあ、全身塩まみれになっちゃったな。僕が無病息災で良かった。どこかに傷を作ってたら、そこに塩がしみて大変なことになってたよ」
「……悪かったな」

 大げさな言い方が鼻につく。でも実際、塩を振りまいたのは俺だし……。すると、追い打ちをかけるように「だいたいねぇ」と男が喋り始めた。

「墓じまいの時、ちゃんと供養したって? そんな脳天気な事を言ってるのは、生きてる人間だけよ。意味わからん念仏唱えられて、それでお引越ししましょうじゃ、彼らも納得いかんわけ。そして宿になる」
「宿無(やどな)シ?」
「簡単に言うと、あてもなくさ迷ってる幽霊のこと。世間では浮遊霊って呼ばれてるんじゃなかったっけ?」

 聞かれても困る、と返したかったがココは我慢。「それで」と、続きを促す。

「俺が苦しんでる怪奇現象、アレも宿無シの仕業ってのかよ?」
「そういうこと。んで、その宿無シを、僕が回収して回ってるわけですけどね。いやぁ、これが追いつかないんですわ。ミニマリストだか、ミニトマトだか知らんが、なんでも手持ちの物を少なくすりゃいいってもんじゃないのよ、世の中」
「……」

 盛大に滑っただろう「ミニトマト」にはあえて触れず。再び「それで」と促した。

「例え相手が死んでる人でもさ、きちんと推し量ってやんなきゃ。気持ちを汲み取るって、そういう事でしょ。木魚を叩いて”ハイさよなら”じゃ、恨みつらみは増えるばかりよ」
「……そう、かもな」

 なかなか墓参りに来られないし、放置しておくよりはいいかと思って墓じまいしたけど……ご先祖様からしてみれば、慣れたこの地でのんびり過ごす方が幸せだったのかもしれない。そりゃ、怒るのも無理ないか。

「ウンウン。反省した顔になったね。よろしい。
 いかに墓じまいが罪か分かったっしょ? なら手伝いなさいよ。さっきも言った通り、人手が足らないわけだし。お前さん〝視える人〟みたいだし?」
「は? 手伝う?」
「もちろん宿無シ集めだよ~。いい助っ人ひろっちゃったわ僕。これからヨロシクね」

 勝手に言われてるけど、いやいや。俺は一言も「やります」なんて言ってない。
 それに――

「俺、忙しいんで。それじゃ」
「君ってさ幽霊――怖いんでしょ?」
「ぐ……」

 核心を突かれ、進めた足が思わず止まる。
 ……そうだよ。
 俺は掃除よりも何よりも幽霊が嫌いなんだよ。なのに、いかにも「幽霊を相手にしてます」みたいな頭イカれ野郎と一緒にいられるわけがないだろ!

「塩をぶちまけたのは謝る……けど、」
「おぉ、そうだったね。じゃあ――
 あーいててて!! なんでか分からないけど、今さら塩が目に入ったー!」
「本当に今さらだな!」

 なんなんだ、この人……。
 ため息をつきながら疲弊していると、もう一つの視線に気づく。辺りをキョロキョロするが誰もいない。なんだ、また幽霊か?

「……君さ、やっぱ才能あるよ」
「なんのだよ」

「もちろん幽霊的な才能」
「もちろんいらねーよ。のしつけて返してやる」

「ははは」

 男は「まさに豚に真珠だなぁ」と俺をおちょくりながら、体の後ろからヒョイと女の子を出した。
 ん?
 女の子⁉

「今まで後ろにいたのかよ⁉」
「いたよー。僕の後ろに、ずっとね」

 糸目を少し開けて、怪しい笑みを浮かべる男。さっさと距離をとった方がよさそうだ。
 浴衣男に、ワンピース女子。チグハグ加減が、これからの事を物語っている。天気予報的に言うなら「これからカオスが起こるでしょう」みたいな。

「じゃあ確保しようか、モミジ」
「はい」

 男が「モミジ」と呼ぶと女の子は素早く動き、見た目からは想像もつかない力で俺を取り押さえる。

「いてぇ! なんだよ、この子! プロレスラ―かよ!」
「あぁ、惜しいね!」

「惜しい」ってなんだよ――!
 身構える俺を見て、男が笑う。対して無表情な女の子。その子の背中をポンと叩いて、男は、

「僕は是々柊木(これこれひいらぎ)。仕事は宿無シ集めだよ。
 そして、この女の子はモミジ。たくさんの宿無シが集まって生まれた鬼だ」

 瞬間、俺の握った手から汗が絞り出る。
 クソ、この男……
 とんでもない事を言いやがった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/8:『そうちょう』の章を追加。2025/12/15の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/7:『どろのあしあと』の章を追加。2025/12/14の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/6:『とんねるあんこう』の章を追加。2025/12/13の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/5:『ひとのえ』の章を追加。2025/12/12の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/4:『こうしゅうといれ』の章を追加。2025/12/11の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/3:『かがみのむこう』の章を追加。2025/12/10の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/2:『へびくび』の章を追加。2025/12/9の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

静かに壊れていく日常

井浦
ホラー
──違和感から始まる十二の恐怖── いつも通りの朝。 いつも通りの夜。 けれど、ほんの少しだけ、何かがおかしい。 鳴るはずのないインターホン。 いつもと違う帰り道。 知らない誰かの声。 そんな「違和感」に気づいたとき、もう“元の日常”には戻れない。 現実と幻想の境界が曖昧になる、全十二話の短編集。 一話完結で読める、静かな恐怖をあなたへ。 ※表紙は生成AIで作成しております。

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

処理中です...