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第2話 退治屋
しおりを挟む聞けば、柊木はとある用事でココへ赴いているだけらしく、本来の居住地を聞くと、なんと俺が住んでいるアパートの近くだった。(名字の〝是々〟と呼びたかったが、なんせ言いにくいため、シャクだが下の名前で呼んでいる)
「怪奇現象に困ってる?なら僕がお祓いしてあげよっか?」
銀髪の髪から、陽気なオーラが燦燦と溢れている。
こんな奴に除霊ができるのか?――信じられないから「結構だ」と、空っぽになった塩の袋を強く握る。塩をまいた事だし、ある程度のお祓いは出来ているだろう。
一キロの塩をまいたんだぞ?
これで効いてくれなきゃ、マジで泣くからな?
悶々としている俺の胸の内を読んだように、柊木は「いいの?」と俺に確認をとる。さっきとは打って代わって、真剣な雰囲気だ。銀髪の下から伸びる射抜かれる鋭い視線が、俺を捉えて離さない。
「塩をまいた〝だけ〟で安心してるんだったら時期尚早だよ。変な悪あがきしてないで、サッサと僕を呼んだ方が賢明だよね?」
「〝だけ〟って……。昔から、幽霊には塩が効くって言うだろ?」
心配事の種を容赦なく浮き彫りにされ、思わず言い返す。すると柊木の目が、素早く細められた。
「だから、さっきも言ったでしょ。墓じまいってのは、罪深い行為なんだよ。それをヨシとしているのは現世の人間だけで、魂はこれっぽちも浮かばれないのよ。きちんと〝祓って〟やるのが大事なわけ」
「でも坊さんの、」
「坊さんの念仏なんて、所詮はひらがな表を音読しているだけよー。並んでいる文字を読んだところで、霊にとっちゃ耳障りなだけで、効きやせんせん」
「もちろん塩もね」と、俺が握る塩の袋を冷たい目で見る。柊木は飄々としているが、霊の話になると妙に説得力があるから厄介だ。
「柊木ってさ、いわゆる……」
「オリジナルの方法で怪奇現象を解決している〝しがない退治屋〟かな?」
「退治する時、その子を使うのか?」
鬼である女の子――モミジを見る。するとモミジは何を喋るわけでもなく、俺をジッと見つめ返した。その小さな頭を、いかにも慣れた手つきで触るのは柊木。
「詳しいことは言えないけど、僕とモミジが協力して霊を退治しているよ」
「見た目は、普通の女の子だけどな」
むしろ、この時代に着流しを着ている柊木の方が浮いて見える。その(目立つ)格好は、いわゆる退治屋の制服なのか、ただの普段着なのか――もしも後者ならば、とんだ変わり者だ。
「簡潔に言うとね、モミジに霊を食べてもらうんだ。そうすれば怪奇現象はピタリとやむんだよ」
「詳しいことは、言えないじゃなかったのかよ」
「はは。まぁ、延治くんとは長い付き合いになりそうだし。いっかなぁーって」
「慣れ慣れしく呼ぶな」
やっぱり変わり者だ。なにが延治くんだ。
唖然とする俺を置いてけぼりにして、柊木は続ける。
「恨みを持ったまま墓じまいされた魂を、宿無シと呼ぶ。その宿無シ限定を、僕一人で集めて居たら、ある日、宿無シが形を持つようになった。そこで試しに、〝その形〟に宿無シを食わせてみた。すると、食べるんだよ。共食いだ。
そして〝その形〟は、どんどん大きくなり最後に鬼となった。しかも不思議なことに、人間の形をしている。それが可愛い女の子であれば名前をつけたくなるってもんだろう。ね、モミジ?」
「……」
自分の横に控えるモミジをトンと押して、前へ押しい出す。モミジはされるがままで、さっきより一歩近づいた距離で、変わらず俺を見つめている。
「モミジは喋れないのか?」
「基本、喋れない」
「〝基本〟?」
じゃあ例外があるってことだ。モミジはどんな声だろうかと、わずかに好奇心が顔を覗かせる。危ない危ない。鬼に興味を持つなんて、何を考えているんだか。
「モミジは人間じゃなくて鬼だからね。鬼の法則にのっとって生きている。話すタイミングも然りだよ」
「柊木は、ずっとモミジと一緒にいるのか?っていうか、ずっと退治屋なんてやってんのかよ?」
「……」
柊木は暫く沈黙した後、緩やかに口角を上げた。その顔は、少しだけ儚く見える。意味深な表情、っていうの?といっても、瞬きするうちに飄々とした笑みに戻ったけど。
「ある日を境に、俺はずっと退治屋をやっているよ。
でも、死ぬまで続けるつもりはない。やりたい事があるからね」
「やりたいこと?」
「詳しくは言えないけど〝ある目的のために退治屋を頑張ってる〟と言っていい」
また「詳しくは言えない」だ。前置きしておいて、どうせさっきみたいに喋るんだろ?
だけど柊木は、今度ばかりは固く口を閉ざした。唇を見ると、真一文字に口が結われている。
深く聞いてもいいのか、聞いても馬の耳に念仏なのか――悩んでいると、タイミングを図った柊木から話をふられる。
「思い返せば、モミジと出会ったのは本当に初期だったよ」
「初期って、退治屋を始めた初期?」
「そうそう。だからモミジとは、もう十年の付き合いだ」
「ってことは、モミジは最低でも十歳……」
見た目が3才くらいのモミジは、とてもじゃないが10歳以上には見えない。喋らないから余計に幼く見える。
これらの事を鑑みると、やはりモミジは人間ではなく、鬼なのだ。人間の物差しに、モミジは左右されない。
「いつまでも見た目が変わらないモミジを連れてると、周りから怪しまれないか?」
「だから居住先を、定期的に変えてるんだよ。ある程度住んだら引っ越して~の繰り返し。津々浦々に動いた方が、宿無シも見つけやすいしね。
だから今回、宿無シの被害に遭っている延治くんと出会えたのは、偶然中の偶然なんだよ。まさに奇跡!延治くん、運が良い~」
近づいて、俺の肩をポンポン叩く柊木。パーソナルスペースをぶっちぎる(押しの強い)柊木を、左手で追い払った。離れ際に「照れ屋なんだから」と、口をとがらせて俺から遠ざかる柊木。その口に釘付けになる。理由は、衝撃だったから。
この距離だからこそ見えた、奴の口内。あるべき物が、いくつか欠けている事に気づいた。
「おい、柊木は歯磨きしないのか?」
「普通にするけど、なんで?」
「じゃあ何本か歯がないのは、生まれつき?てっきり歯磨きを怠って虫歯になったのかと思ったぜ」
「!」
驚いて目を見開いた柊木は、俺から距離をとって、自分の傍に控えるモミジに目を移す。同時に、モミジもまた、柊木を見つめた。
「詳しくは言えないんだけど……俺って、定期的に歯が無くなるんだよ~」
「詳しくは言えないって、またそれかよ。
っていうか待て。定期的になくなる?人間の歯がぁ?」
なんだそりゃ?髪が抜け落ちる、みたいな軽い口調だったけど……歯だぞ?こんなにシッカリ生える歯が、ポロポロ抜けてたまるかよ。
疑問符で溢れる俺の頭。そこへ、いきなり高らかな柏手(かしわで)が響く。墓一体を何度もこだました音は、まるでホイッスルのように天をつんざき、空気と一体化した。
ビックリ仰天で柊木を見ると、奴は〝降参ポーズ〟みたく両手を上げた。ついでに「驚かせてゴメン」と、さっきの犯行を素直に認める。
「悪いのが寄っていたから、清めさせてもらったよ」
「今ので?……でも確かに、空気が澄んでるかも」
若干重たかった体が、軽くなっている。心なしか、視界も明るくなった。
……どこか侮っていたが、やはり柊木は頼れる退治屋なのかもしれない。だけど、さっき勢い任せて啖呵を切ってしまった手前、素直に頼るに頼れない。
このまま別れていいものか――考えに耽っていると、
「さぁ、では帰ろうか。僕らの街へ」
「へ?」
「延治くん、車で来た?僕ら電車で来てさ、駅からここまでずっと歩いてきたのよ。でも、この炎天下でしょ?もう死ぬかと思ったよ~」
図々しくも相乗りしようとしている柊木に愛想を尽くしつつも、今この時点で、柊木との接点が絶たれる心配がなくなった事に安堵を覚える。だって家に帰るということは、また怪奇現象に遭うかもしれないって事だからな。柊木の口ぶりを聞くに、塩を蒔くのは一時しのぎに過ぎないというし。となれば、ここは力のありそうな柊木に何とかしてもらいたい、というのが本音だ。
「……俺、車だから送る」
「えー!本当?いいの~?」
「その代わり、アレだ」
双方の利害が一致したことを感じ取ったらしい。意外にも理解力があった柊木は、車へ移動しながら「安心して」と、さっきの柏手のポーズをとる。
「延治くんの依頼を、僕は受ける気でいるよ。車中で、霊を祓う日程について相談しようと思ってたんだ」
「む……よ、よろしく頼む」
全てお見通しだったってわけか。そんなに顔に出ていたかな?常に飄々として表情が読み取れない柊木とは大違いだ。
生田延治、21歳。今年で大学を卒業し、まさに就活が始まっている現在。俺よりもきっと年上だろう柊木の大人っぽい言動に、少々嫉妬する。
「そういえば、どうしてこのトヨモチ村にきたんだ?」
「え?」
「いや、理由を聞いてなかったと思ってな」
「あー、観光かな?」
観光?
このド田舎に?
頭上に疑問符を浮かべる俺を置き去りにして、勢いよく俺の車へ乗り込む柊木とモミジ。どうやら、これ以上に答える気はないらしい。
「ま、別に柊木のプライベートには興味無いしな。払ってくれるんなら何でもいいや」
いつもニコニコ笑って、掴めない奴だけど――さっきの〝清め〟にしろ、幽霊に関しては頼りがいになる男だ。アパートの怪奇現象を無くしてくれるなら、もう何にだって縋ってやる。
「おーい延治くん、早く来てー。エンジンかけてよ、暑くて倒れちゃう~」
「……本当に頼んで大丈夫、だよな?」
一抹の不安を抱きながら、奴らのいる車に近づく。そして車に乗った瞬間、重要な事に気付いた。そう、モミジ用のチャイルドシートだ。柊木は「例え事故しても、モミジは鬼だし大丈夫だよ」とは言うが、万が一警察に見つかったら、俺のゴールド免許が〝大丈夫じゃなくなる〟。
そのため、モミジには悪いが、後部座席で寝転んでもらうことにした。バックミラーで彼女を見ると、寝転んではいるものの目をかっぴらいたモミジが、興味深そうに俺と柊木を交互に見ている。
若干の運転のしにくさはあるものの、3人を乗せた車は、居住先という名の「新たなスタート地点」を目指して出発した。すると車中で、柊木が変なことを言う。
「ねぇ、墓じまいしたって言ったじゃない?」
「あぁ」
「その時さ〝紙〟が出て来なかった?」
「紙ぃ?」
そんな物はなかったし、お墓関係に関しては全て坊さんに任せてある。最終確認で、思い出の品々を見せられたけど……紙らしきものなどは何一つ無かった。信号のない真っすぐな道を走りながら、視線を前へ固定したまま、首を横に振る。
「紙はなかったな。なんだ、古紙でも集めてんのか?」
すると、ちょうど大きな石を踏んだらしい。車が大きく上下に揺れる。「わ」と声を上げる俺とは反対に、柊木は「ふぅん」と蚊の羽音に近い声を出す。そして、さも興味なさげに、外の景色に目を移していた。
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