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ギャップ

2.

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 そういえば、さっきの授業で今日は終わりだったらしい。
 掃除もそこそこに、クラスの皆が鞄を持ってバラつき始めた。
 ミーンミーン

「あっつ……」

 窓の近くに立っている木に、一匹のセミが止まっている。
 今夏を生き抜くために、必死に土の中から這い出したんだろう。ただ鳴いてるだけのセミが、いやに必死に感じた。
 そんなセミが見えるように、窓の近くに歩み寄る。
 そして「なあお前」と、セミに声をかけてみた。

「そんなに必死に鳴いたって、七日しか命がないんだよな?」

ミーンミーン

「もっと気楽に生きりゃいーじゃん。
ってか、私の命をあげられるんなら是非ともあげたいよ、お前に」

ミーンミーン……――ミッ

「あ」

 鳴いてる途中だというのに、セミは重たそうな体を持ち上げて飛んで行く。
 まるで「お前の命なんて願い下げだよ」と、そんな風に言われたようだった。

「セミからも嫌われたのか。私らしーな」

 曲がった背中を伸ばすために、両腕を天井に突きあげる。

「はー、しょーがね」

 縁センセーの所に行くかな。



「――であるからして、あなたはこれまで問題行動を重ねて来たので、この書類に目を通し署名していただきたいのです」
「はぁ……」

 メガネをカチャリとかけ直して、私を見つめる縁センセー。眼光の鋭さに、嫌々ながらも返事をする。
 思えば、縁センセーと生徒指導室は初めてだ。
 いつも違うセンセーには呼ばれてたけど……縁センセーは、授業中に廊下を立たせて、それで終わり。それが罰で、それきりだった。
 けど、今日は――様子が違う。

「(今日は生徒指導室。ついに我慢の限界が来たとか?)」

 これから、こってり怒られるのか――それは嫌だな。
 そんなことを思いながら、すぐにペンを走らせようとした私に、縁センセーが「待ちなさい」と紙を手で覆った。

「まずは全て読むことです。署名はそれから」
「……めんど」

 明らかに面倒くさそうな顔をすると、縁センセーも浅いため息をついた。

「私だって面倒ですよ」
「……っ」

 ズキッ

 そりゃそうだ。
 誰もこんな問題児なんて相手にしてる時間ねーもんな。
 時間が惜しいよな。

「(けど私だって、人並みには傷つくんだからな)」

 まあ、今更だけどさ。

「ちゃんと読んでいますか?」
「(……はぁ)」

 書類の内容なんて全く頭に入ってこない。せめて読んでいるふりをして、目を上下に動かして見せた。
 そしてやっと、署名をするためにペンを持つ。
 今度は縁センセーは何も言わなかった。

「はい、出来たよ」
「よろしい。この書類の内容は理解できましたか?掻い摘んでいうと、」

「いい。分かってる」
「言葉にしてみなさい」

「……学校でもいい子になりなさいって、そういう事だろ?」
「そうですね。あなたの場合は、家ではいい子らしいのですが、なぜか学校でのみ暴れて、」
「おい、言い方」

 別に暴れてねーし。
 ただ授業のボイコットをしてるだけだろ。
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