上 下
11 / 77
メール

1.

しおりを挟む
 私の母は、間違いなく私を愛してくれていた。
 妹の穂乃花が生まれるまでは――
 今こそ元気な穂乃花も、小学校に入るまでは病弱で、何度も入退院を繰り返していた。
 母は付きっ切りで看病をする為、少々の事で風邪をひかない元気いっぱいの私は、よく母の実家の祖父母に預けられた。
 入院で会えない日が続くと、母よりも、毎日優しくしてくれる祖父母の方に私が懐くのは、子供ながら仕方のない話だと思う。

 けど、心の底から好きなのは、やっぱり母で……。

 口では「じーじばーばの方が好き」なんて言っていたけど、でも会えない母を想うと、寂しいからこそ、そういう言葉を吐いて虚勢を張っていた。
 母も、子供の私が考えそうな事は分かっている――はずだった。
 だけど、連日連夜の看病に追われた母の心に、私の「ワガママ」が入る隙間はなかった。

 だからある日、こう言われたんだ。
 ――じゃあ、じーじばーばの家の子になろうね
 そう笑って、私を置いて玄関の扉を閉めたあの日。
 あの日から、母の私への憎悪はメキメキと成長し続けて――数年経った今も、膨張し続けてとどまるところを知らない。

 虐待、DV――そんな類の言葉が当てはまるんだろうけど、トリガーを引いたのは私だ。
 幼な心に、母が大変な状況だと分かっていたのに、私の方を見てほしくて……母に構ってほしくて。
 それだけの、いわば私のワガママで発した言葉が、まさか数年経った今も尾を引くことになるとは、あの時の私には予想できなかったことだ。

 玄関の扉を閉められたあの日――母は、私との心の接触も遮断した。
 そんな親子の末路は、冒頭で説明した通り、まあ、ひどいもんだ。
 父は単身赴任で全く帰ってこないし、妹は、前述したとおり、母が私にする言動を、まるでサーカスを見ているかの如く楽しそうな目で見つめている。
 たまに加担をすることはあっても、救いの手を伸ばすことは一度たりともない。
 いわば、背水の陣の中……家でも学校でも味方のいない私の人生。
 そんな人生の唯一の楽しみは、夜な夜なこっそり家を抜けて、近くの公園に行くこと。
 それだけが、私の息をつける場所となっていたのだ。

「はぁ~、やっと肩の力が抜ける」

 公園にいる間だけ、私は楽に呼吸が出来る。
 だから、毎回必ず、絶対バレないように家を抜けて、そして戻っていた。
 はずなのに――

「どうして、縁センセーにはバレたんだ?アイツ化け物か?」

 縁センセーに車で送ってもらった、その日の晩。
 言い方を変えれば、「夜遅くに公園に行かないように」と注意を受けた、その当日の夜。
 私は例に漏れず、今日も、その公園に来ている。
 時間は……23時。
 この時間になると、穂乃花も母も大抵は寝ている。

「はー……空気が美味しい」

 まるで山の中に来たようなセリフ。
 でも、本当にそう思う。
 家の中で吸う空気は、毒そのものだ。

「公園がなかったら、私はきっと、今頃は潰れてたんだろーな」

 ギッ、ギッ
 ブランコを揺らして、風を浴びる。家で付いた邪気を落とすように、スピードを上げた。
 いや、あげようとした。
 だけど、その時。
しおりを挟む

処理中です...