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3.

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 何も言わず、ついさっきまで私がそうしていたように、ブランコに自ら腰を掛けた。

 ギッ

 私が座った時よりも、少しだけ重たい音がする。
 センセーって、見た目はひょろいけど、やっぱり男の人なんだな。大きいな。
 すると、私の頭の中で、別の男の人が思い浮かんだ。
 名を――大樹という。

「先生……ちょっとだけさ、思い出話をしてもいいか?話し終わったら、ちゃんと帰るからさ」
「私は今、公園で仮眠しているだけです」
「(……自分の事は気にせず喋れってことなのか?)」

 大人の気の遣い方は、ややこしくて分かんねぇ。
 だけど、センセーに甘える事にした。
「昔さ」と話し出した時に見たセンセーの瞳は、薄っすら開いていた。

「昔さ、私と仲良くしてくれる子がいたんだ。大樹(だいき)って言うんだけど。
 いわゆる幼なじみでさ、ちっせー頃から小学校まで、随分仲良くしてもらったよ。

 それに、私の唯一の理解者だった。
 私はこの公園に、小学校に入学した時から来てる。その……もう知ってんだろ?
 母親と仲が悪いんだよ。それが嫌で、夜中だけこの公園に逃げてきてた。
 
大樹は、夜に潜む私を目ざとく見つけてくれた。そして、センセーと一緒で、ウチの家庭環境の事を察してくれていた。私もまだ幼かったからさ、今日はなにされた昨日は何されたって、全部大樹に話しちゃってたんだよな。
 で、それを聞いた大樹はさ……その……」

 今まで流ちょうに話していた口が、思わず強張る。
 いや、その……言いにくい事ってゆーか……。

「大きくなったら結婚して、あの家から逃げよう――とでも言われましたか?」
「!?」

 縁センセーは尚もブランコに座ったまま、私を見る。
 座るセンセーと、ゆらりと立つ私。
 いつもは見下ろされる側なのに、今は見下ろす側……センセーの初めて見る上目遣いに、少しだけ胸が鳴った。

「ね、寝てるんじゃなかったのかよ!」
「寝言です。聞き流してください」
「そ、そうかよ!」

 一呼吸おいて、続きを話す。

「センセーの、その……言う通りだ……。
 大樹は、こんな私に、俺が大きくなったら結婚して私をあの家から救ってやるって、そう言ってくれたんだ。
 すげー優しい奴だろ?普通、こんなめんどうくせー女を嫁にもらおうなんて考えないって」

 両腕を腰にあてて「あはは」と恥ずかしさを紛らわすために笑うと、センセーは目を瞑ったまま口を開けた。

「あなたが面倒なんじゃありません。むしろ、素直でとてもいい子だと思いますよ。あなたは何も悪くない。
 悪いのは……って、もうそれは、鶫下さんも分かっていますよね?」
「え……まぁ……うん」

 そうだけど――でも。
 恥ずかしさを紛らわすために言った言葉なのに、センセーが「素直で良い子」とか言うから、更に恥ずかしくなった。
 話が進まないので「ちょっと黙ってて!」と一喝する。先生は大人しく口を閉じた。

「大樹はいい奴なんだよ。私にはもったいないくらいで……。
 その大樹との約束が、私の生きる糧だったんだ。その約束を支えにして、私は頑張ってきた。
 でも……大樹は、小学校の遠足の時に、山に登った時に姿を消した。小6の時だ」
「まさか神池山(かみいけやま)の失踪事件――っですか?」

「……知ってるんだな」
「全国的に有名になった事件でしたから。確か、まだ見つかってませんよね?」

「見つかってねーよ。けど、もう六年も前の話だ……うん。
 もう、そんなに時間が経ってたんだな……」
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