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絶対に守る*縁*

1.

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 最初は変な奴だと思った。
 荒くれものだと。
 進学校にわざわざ入っておきながら、上位を狙える頭脳を持っていながら、なぜ頑張らないのか。
 他の先生たちは、入学した時こそ「難関大学を狙える優秀な生徒」と言う目で見ていたが、鶫下さんの態度を見ると、数日で誰も興味を示さなくなった。

 希望ある優秀な人材は、すぐに、手のかかる落ちこぼれへとレッテルを張り替えられた。
 けど、俺は言いたい。
 それは、お前たちの色眼鏡に過ぎないと。

 気になって中学の時の鶫下さんを調べてみた。中学校にも話を聞きに行った。
 すると、先生方が口を揃えて言っていた。

――いい子だ。いい子過ぎるくらいだ。空気を読んで、いつも静かに行動していた

 それが、今じゃ問題児?意味が分からないだろ。
 何かヒントが落ちていないかと思い、調べてみた。
 すると妹も同じ高校にいると知り――それからは、すぐに合点がいった。

 家庭問題――鶫下さんが不義理な扱いを受けているのは、察するに難くなかった。
 根掘り葉掘り聞かれるのは嫌だろうと思ったが、ストレートに聞いた。
 そうしたらビンゴで、思わず同情してしまった。

 だけど、俺は教師だ。
 ただ憂いて生徒と一緒に嘆くだけでは、意味がない。
 鶫下さんのような生徒を救うのは、俺の役目なんだから。

 そう思って、課外活動も鶫下さんに合わせたものに強制的に変えたが……
 来た。鶫下さんは、確かに来た。
 どうやら課外活動には参加してくれるらしい。
 だが――

「鶫下さん?」
「……あ、なんだ。センセーか」
「どうしたんですか、その顔の怪我」

 鶫下さんの頬から首にかけて、大きなシップが貼られている。
 部位が部位だけに、貼るのが難しい場所もあるらしく、そこはシップの下から傷が露わになっていた。
 何か細長いようなもので殴られた痕、か?

「鶫下さん、これ……」

 マジマジと見てしまった。すると、さすがに嫌がられ「用ないなら行くからな」と先を行ってしまう。

「(虐待の痕……初めて見た)」

 されているかもな、と予想しなかったわけではない。むしろ大いにありうると思った。
 いつか鶫下さんは「五体満足がどうのこうの」と話していた。
 大げさなと思ったが……まさか現実に可能性があることだったとは。

「(しかし、大胆なやり口だな)」

 児童相談所に通報されるとは思わないのか?

「(親が頭が悪いのか、それとも……娘が自分を庇うと親が過信しているのか。
 いや、過信じゃなかったら?
 もし本当に、鶫下さんが親を庇っていたら?)」

 こっちが動いても、親にもみ消されると一緒だ。

「先生~しんどいよーもうやめにしない?」
「まだ歩き始めたばかりですよ。しっかり歩きなさい」
「ゲー鬼~」

 課外活動は始まっている。
 皆して山を登っている。
 他の生徒が今のように弱音を吐く中、鶫下さんは先頭にいた。
 辺りをキョロキョロ見回して、必死に探している。

 大樹という男を――

「(亡くなっている可能性の方が高いだろう。でも、遺体が見つかっていないということは万が一ということもある)」

 期待半分、諦め半分。
 いや、諦めの方が大きいのかもしれない。
 
 だけど、あの時。
 大樹くんの話をしていた鶫下さんに、「可能性はないだろう」なんて言ってしまうと、彼女が壊れてしまう気がした。劣悪な環境の中で鶫下さんが生に縋りつける理由、それは大樹くんの存在でしかない。
 大樹くんが鶫下さんの中から消える時、彼女の心も消えてしまうだろう。
 もしくは、鶫下さんそのものが――

「(彼女はいつも強気だが……そんなの諸刃の剣だ)」

 愛されない悲しさから人は逃げられない。
 今まで愛されなかった人が幸せになるには、やっぱり誰かに愛されるしかないんだ。
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