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絶対に守る*縁*

2.

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「大樹くん……君には生きていてもらわないと困るんだ」

 ボソリと呟いた時。
「ねーアレ危なくない?」と生徒が指をさした。その先には、崖の下を必死に覗こうとする鶫下さんがいた。

「鶫下さん!?」

 急いで山の傾斜を登り、鶫下さんの傍に寄る。
 彼女は今にもバランスを崩し、落ちそうになっていた……ように見えた。
 けど、

「なんだよ、センセー。そんなに勢いよく来られたら危ないだろ」
「……え」

 あっけらかんとした表情で俺を見る鶫下さんがいた。

「今、下に降りようと、」
「は?しねーよ。この下に穴が開いてんのか調べてただけだ」
「そ、そうですか……」

 俺から視線を外して、鶫下さんは尚も下を見ていた。
 他の生徒は、まだまだ追いついてこない。
 今なら、聞けるか――?

「あの、鶫下さん」
「ん?」

「その怪我、母親からですか?」
「うん。そー」

 あっけらかんとした返事。
 まるで自分の事ではないみたいだ。
「そうですか」と言ったきり、黙ってしまった俺に鶫下さんは口を開いた。

「そーだ。スマホ壊れたから、もうメールできねーからな」
「え?なんで……まさか、壊されたのですか?」
「ちげーよ。トイレに落としちまったんだよ」

 はは!と笑った鶫下さんだが……その横顔は悲しそうに見える。
 ただ落としただけではない。きっと。
 俺と公園に行くことが、鶫下さんの今の楽しみになっているはずだ。
 なのに、その手段であるスマホを、そんな簡単に手放すわけがない。

「何か理由があるんですね?」
「……ねーよ。それに、もう私に近づくのはやめといた方がいい」

「何でですか?生徒と話して何か不都合があるんですか?」
「……ちげーよ」

「なら――」

 どうしてだ?
 なんでだ?
 昨日の夜まで、鶫下さんはいつもの調子で笑っていたじゃないか。
 なのに、なんでだ……?

 すると鶫下さんが、下を探すのをやめて、振り返って俺を見た。
 そして、今まで見たこともないような悲しい顔で、笑った。

「だって、このまま私といたらセンセーの人生、めちゃくちゃになるぞ?」
「……は?」

「教師でいられなくなるかもしれない。そういう奴なんだよ、私の母は」
「なんですか、それ」

 真剣にいうものだから、本当、なんだろうな。
 だけど、こんな事で引き下がっていたら、誰が鶫下さんを守るんだ。
 いつもそうやって誰かを守ってきたお前を、一体誰が守ってくれるんだよ。

「近いうちに、あなたの家に行きます。あなたのバカな母親と話をさせてください」
「そんなこと、出来るワケねーだろ。私が許さねーよ」

「鶫下さんにどうこう言われる権利はありません。これは学校とあなたの親との問題です」
「!」

 自分が介入できない段階で話をされると、すぐ気づいたらしい。
 私に近づいて何かを言おうとした鶫下さん。

 だけど、急に動いて昨日の傷口に触ったのか、顔を顰めた後にグラリと大きくバランスを崩した。
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