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感情と快感

2.

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「そこからは、や、めて……っ」
「おやおや、いつもと違って、可愛らしい喋り方ですねぇ」
「(こいつ……!)」

 息も絶え絶えな私と、調子の悪そうなセンセー。
 どちらがいつ倒れても、おかしくない勝負。

 そう、勝負。の、はずなんだけど……

「か……真乃花?」
「(ハッ!)」

「大丈夫ですか?」
「私、何を……?」

 気づくとセンセーは私の隣にいるだけで、もう触ってはいなかった。
 一方の私は……汗びっしょりかいていて、体が重い。

「すごい汗ですね。あなた、少し気絶してたんですよ」
「き、気絶ぅ?」

「まあ、恋愛初心者ですからね。気を失う事もあるでしょう」
「(ムカ)」

 その言い方が、何となくひっかかって……。
 自分と私が違うって、改めて線引きされたみたいで、妙に鼻に着いた。

「(まだ青白い顔をしながら、なに恰好つけてんだか)」

 それに、こっちだって言い分がある。

「センセーが暴走さえしなけりゃね」
「……してません」

「してた。私に欲情してた」
「人聞きが悪い。そんな事あるわけないでしょう」

「じゃあ何でさっき手を出したんだ?
 それに、この前。なんで私にキスをした?」
「!」

「答えてくれるまで、この部屋から出さねーぞ」

 ギュッとセンセーの手を握る。
 狼狽えるセンセー。いつもの海木の姿だけど……最近、よく分からない。
 センセーが何を考えているのか、よく分からない。

 そうだ。

「何事なりとも隠しそ」
「!」

「私、勉強しないだけで、地頭はいいんだからな」
「……現代語訳で”どんなことでも隠さないでくれ”ですか……」

 この前の授業でセンセーが付きっ切りで教えてくれた古文。
 応用してみたけど、うん。合ってるみたいだな。良かった。
 するとセンセーは「はぁ」とため息をついて、観念したらしく喋り始めた。

「すみません、今のはほんのからかったつもりで触りました。
 本気で嫌だったのなら謝ります。
 そして――あなたの言う、この前の夜のキスは……」
「キスは?」

「……あなたが無事だった安心感から、つい……してしまいました。
 反省しています」
「あ、安心感……?」

「はい」

 それ以上でもそれ以下でもありません――

 そう言いたげなセンセーの瞳は、強い眼差しで……「あぁ本気で言ってるんだな」ってすぐに分かった。

「もういいですか?ちょっと体調が優れないので自室で寝ます」
「あ……おい」
「おやすみなさい」

 パタン

「……なんだよ、センセー」

 いきなり触ってきて、いきなり逃げた。
 私は起こしていた身を、またベッドに投げる。
「はぁ」そして今度こそ、ため息をついた。

「最悪だ。完璧におこちゃま扱いされてんじゃねーか」

 私に触ったのは、安心感と、からかい――

「ざけんなよ、センセー……」

 私の声は、布団に吸収されていく。
 センセーにとって私は、やっぱりただの生徒だ。
 それだけだった。
 拍子抜けにも、ほどがある。

「あ、しまった。結局、穂乃花とホテルで何をしたかは聞けなかった」

 肝心なことも聞けずに、何やってるんだ私。

「はぁ」

 センセーと同じようにため息をついて、目を閉じる。
 少しだけ寝てしまった夢の中では、私とセンセーがベッドにいる、少しだけ変な夢だった。
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