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最後のテスト

2.

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 有無を言わさない、私の真剣な顔。
 言葉を交わさずに、目視でそれを悟ってくれる、優しいセンセー。

 ありがとう、センセー。
 でも、ごめん。

 今から私が言うのは、サイテ―な事だ。

「私――センセーの事を意識してる」
「……はい?」

「たぶん、好きって感情が少しにしろ……ある」
「……」

 ごめんなって謝りたいけど、謝れない。
 私が謝ったら悪霊になるんだろ?
 私の手でセンセーを悪霊にするなんて、死んでも嫌だ。

「……」
「……驚いた?」

「えぇ……少し」
「(少し?)」

 センセーの言葉のチョイスに、引っ掛かりを覚える。
 それに、顔だ。
 全然驚いた顔をしていない。
 きっとそうなんだろうなって、それくらいは勘付いていたような、そんなすまし顔だ。

「……ムカつく」
「それはこっちのセリフです」
「はあ?」

 私の持っているフラペチーノがベコッと嫌な音を立てて、少しだけ潰れた。
 センセーみたいにチビチビ飲まないから、中身が出ることはない。
 いや、そうじゃなくて。

「なんでセンセーがムカついてんの?何に?」
「私なんかに惹かれて……あなたはバカです」
「ば、はあ!?」

 む、ムカつく!
 泣きながら気づいたこの気持ちを、バカ呼ばわりするなんて!
 一発殴ってやろうと思ったけど、思いとどまる。

 もしかして――

「なぁ、私がセンセーの事を好きになったら……迷惑なのか?」

 前半は勢いよく。だけど後半は、情けないけど声が震えた。
 こんな事聞いてどうすんだ。
「はい」って言われたらどうすんだ。立ち直れねーだろ。

 だけど、私の心配は的中して、センセーは一言だけ言った。
 「迷惑ですよ」と。

「!!」

 瞬間、胸がしめつけられる。

 やっぱり穂乃花の方が好き?
 私じゃなくて、穂乃花だった?
 じゃあホテル行って、やることやって帰ってきて……?

「(いや……やめよう)」

 ふーと、深呼吸をする。

「ブランコ、座ろーぜ」
「……はい」

 座った方が、幾分か落ち着ける。
 っていうか、すぐに殴ってしまいそうになる私に、ブランコという物理的な距離をとって、ブレーキをかけたい。
 センセーと、落ち着いて話がしたい。

 ギシッ

 二人分のブランコが、左右非対称に揺れた。
 お互い地面に足をつけて漕ぐことはない。
 でも、私は揺れている錯覚に陥る。
 それは自分の心臓が「これでもか」と唸っている振動だった。

「すう」――深呼吸をする。
 そして、センセーを見た。

「もう一回聞いていい?なんで私が好きになったら迷惑なんだ?」
「……簡単ですよ。だって私、もう死んでますし」

 さらっといってのけるセンセー。
 そうなんだけど……でも、そこにいるじゃん。

「私の横でブランコに座ってんじゃん」
「これは海木という姿で、私ではありません。
 いずれ……お返ししないといけない体なんです」
「(そうなんだ……)」

 じゃあ、センセーはまた幽霊に戻るのか?
 海木に憑依する前は、そうだったもんな。

「その体、ずっと借りてるだろ?だから、身元不明になっても大丈夫な……どこぞのホームレスを連れて来たのかと思ってたぞ」
「こんな若いホームレスがいたら、世も末ですね」
「(あ、確かに)」

 え、でも、じゃあ……

「その人、誰?」
「……」

 私が疑問を口にした瞬間、センセーはピタッと固まった。

「灯台下暗し……ですね。
 鶫下さん、探し物っていうのはね、意外と近くで見つかるんですよ」
「へ?」

 センセーはせっかく乗ったブランコを降りる。
 そして私の前まで来て、ピタリと止まった。
 その顔は、少しだけ悲しそうで、後は申し訳なさそうな――そんな複雑な表情をしていた。

「鶫下さん」
「うん?」

「先に謝っておきますね」
「なにを?」

「いいから、聞いてください。
 私が憑依しているこの人。この人こそ、あなたが長年探していた――

 大樹くんです」

「へ――?」

 時が、止まった気がした。
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