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センセーと大樹

2.

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『俺は本気だよ。いつまでも、真乃花をあの家に置いておくのは嫌だ。
 俺は真乃花が好きだ。ずっと……。その、真乃花は俺の気持ちに気づいてなかったかもしれないけど……』
『う、うん……ごめん……』

 正直に謝る私を見て、ガクと項垂れる大樹だったけど、「いいんだ」と勢いよく顔を上げた。

『俺が真乃花を好きだから……だから、真乃花も俺を好きになって。
 そして、お互いが結婚出来る年になったら……結婚して、あの家を出よう』
『!』

『遠い所へ、二人で行こう』
『……う、うんッ』

『へへ、約束!』
『約束ッ』

 照れながら、大樹と約束をする私。
 この時、大樹には言えなかったけど……私も既に大樹の事が好きだった。
 いつも私を地獄から助けてくれるヒーローだって。
 大樹といる時だけは、私はいつも幸せだった。

 大樹、好きだよ。
 大好きだよ。

 だけど――その日から数日後。
 大樹は神池山で姿を消す。
 そして、まさか長年会えずじまいになるなんて、思ってもいなかった。

『大樹……どこに行ったの……会いたいよ……ッ』

 そこからの私は、だんだんと抜け殻のようになっていった。
 家での悲しみを消化出来ずに不良に逃げた事も、今となっては懐かしい――








「か、真乃花!」
「!」

「おねーちゃん、どしたの?」
「え、あ……」

 テイッシュを握ったまま意識が飛んでいた私を、二人が不思議そうに見ている。

「なんでも……ない」

 言いながら、頭の中はまだめぐるめく、失った記憶が呼び戻されていた。
 大樹との記憶が、すごい勢いで私の頭の中に戻ってくる。
 白い世界で見た、あの小さな箱の中に詰め込まれていた、私の記憶。
 大樹との、大切な記憶。

「(私の、大好きで、大切なヒーロー……)」

 あぁ、もう。
 やっぱりセンセーのこと、最後に嫌いになりそうだ。

「(こんなに頭の中が大樹でいっぱいになっても、私はまだ、センセーの事が忘れられない……っ)」

 ごめん大樹。
 ごめん、センセー。
 私、二人が思っているよりも単純じゃなかったみたいだ。

 どっちも大切で、大事で、大好きで……
 忘れられない、手放したくない。
 私は――ずっと一緒にいたい。

「……ごちそうさま」

 また涙が出てしまうのを見られないため、素早く食べ終わり、離席する。
 二人は、そんな私の姿を一瞥したのみで、後は二人同士で話に花を咲かせていた。

 バタン

 部屋に戻る。
 だけど、私の部屋ではない。
 センセーの部屋。

 学校のカバンや教科書以外は服が少しあるだけの、何もない部屋。

「……あ」

 だけど、机の上に地図があった。
 それは大樹を探すために、センセーが買ってきてくれた地図。

「センセーが大樹なら、こんな地図いらないじゃん。
 知ってて、なんで買って来たんだよ」

 センセーの意味不明な行動に、少しだけ笑みが漏れた。
 私と話を合わせるために買った?
 それとも、自分が大樹の体に憑依してることを忘れて、間違えて買っちゃった?

「なに考えてんだか」

 その地図をめくりながら、ボスンとベッドに横になる。
 いつの日か、センセーがしばらく横になっていたベッドだ。

「そういや大樹、こんなこと言ってたな……」

――妹の穂乃花に、自分の体が倒れるまで幽霊の力を使って牽制したのも、
――俺の生き霊を呼び寄せるために、調子が悪くなるまで力を使ったのも、
――全部ぜんぶ、真乃花の事が好きだからでしょう?

「変だなって、確かに思ってたんだ」

 辞書を穂乃花から返してもらった日に覚えた違和感も、そう。
 穂乃花が私にお礼を言うなんてありえなかった。
 数日間、穂乃花が私に嫌がらせをしなくなったのも変だ。

「すべては、あの日を境に……」

 そう。あの日とは、センセーとホテルに行った日だ。
 それに、妙に私と距離をとるようになった。
 その姿は、まるで何かに恐れているようだった。
 まさか、本当に……。

「センセー、自分の力を使って、穂乃花を叱ってくれたのか?
 調子が悪くなるまで?私のために?」

 だけど、そう考えれば合点がいく。
 あんなに体調悪そうにしていたのも、顔色が悪かったのも、全部全部私のため。

「あぁもう……やっぱり、最後にセンセーを嫌いになりそうだ」

 なんでそんな大事な事を、私に言わないんだよ。
 恩着せがましく言って見ろよ。

 なあ、センセー。

「明日会ったら、覚えてろよ……っ」

 目から落ちる涙。
 この数日で、私はどれほど泣いたんだろう。
 だけど、明日はきっと、もっと泣く。

「明日、私は、決めるんだ」

 センセーか大樹か、決めるんだ。
 そして泣くのを、明日で最後にするんだから――

 決意を固め、目を閉じる。
 すると頭の中で、学校の屋上のフェンスに寄りかかっているセンセーが浮かんだ。

「明日は、屋上に行ってみるか」

 ニッと強気に笑ってみる。
 その時。涙は止まらないままだった。
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