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指切り

1.

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 バタン

「おはよう、センセー」
「……ビックリしました。よくここが分かりましたね」

 私の狙い通り、センセーは屋上にいた。
 屋上に一つだけあるライトに照らされて、一人佇んでいた。

「おはよう、と言う割には、まだ外は真っ暗ですよ?」
「いいんだ。センセーと話したかったから……どうせ寝られなかったし」

 現在、深夜とも早朝とも言えない、朝の四時。
 明日の朝、センセーに会いに行こうと思っていた私は、考えれば考えるほど頭の中がセンセーでいっぱいになっちまって……日の出を待たずに、家を飛び出した。
 案の定、センセーは屋上にいて……。
 どんな事を考えながら私が来るのを待っていたのだろうかと……周りが暗くて見えない、センセーの表情を伺う。
 だけど、センセーの顔は照らされたライトによって少ししか見ることが出来ず……私はゆっくりと、足を前に進めた。

「フラペチーノを朝から飲める季節ですが、さすがにこの時間は少し涼し過ぎますねぇ」

 手をグーパーしていて、いつものセンセーの姿だ。
 センセーがフェンスに両手をかけている。
 私も、倣ってセンセーの横に立った。

「ねぇセンセー……大樹の記憶、戻った?」
「え、なぜそれを?」

「別に、なんとなく」

 センセーは、やっぱり私が白の世界にいたことを知らないんだ。
 センセーと大樹が話してた内容を一部始終知っていることも……。

「(なら、言わない方がいいよな)」

 するとセンセーが「まさかとは思いますが」と私を訝しげに見た。
 真剣な表情にドキリとする。
 まさか、バレたか?

「まさかとは思いますが、大樹くんの生き霊があなたの所へ行きましたか?」
「へ?」

「いえ、鶫下さんにしては勘が良すぎると思いまして」
「は……なんだそりゃ」

 はははと、乾いた笑いが出る。
 センセー、私の前じゃ、大樹に見せたような男らしい顔はあんまり見せなかったな。
 本当に、生徒と先生の立場で、いつも接してくれた。

「(キスしたくせに……)」

 色々不満はある。
 聞きたいことは山ほどある。
 問い詰めたいことも、確かめたいことも、ぶつけたい思いがあることも――

「(だけど、言えない。聞けない)」

 だって、それはセンセーが望んでないから。
 白の世界でのセンセーの態度で、分かってしまった。

 センセーは、私に大樹を選んでほしいんだ。

 チラ

 センセーを見る。
 もう、覚悟を決めたような横顔は、少しばかりスッキリして見える。
 センセー、本当に――それでいいんだな?

「(明日まで待つ。答えを出して――なんて言いながら、その実、全く考えさせる気はなかったんだな。
 あ、そうか……)」

 やっと気づいた。
 センセーがすぐに返事を求めなかったのは、
 私に答えを出す時間をくれたんじゃなくて、
 私がセンセーを「諦める時間」をくれたんだ。

「(なんだよ、それ……。
 だから大人って、大嫌いだ)」

 全部、自分の意のままに動かそうとするだろ。
 自分の考えが当然です、みたく思ってんだろ。
 だけどな、こっちは、全てすべて、不完全燃焼なんだよ。

「(一人で勝手に答えを出すんじゃねーよ。
 私がその答えに寄り添わなくちゃなんねーだろ)」

 センセーの心に寄り添った答えを――

「なあ、センセー」
「はい」

「私、大樹が好きだよ」
「そうですか」

「うん」

 私がそう言うだろうなって、まるで分かっていたように……驚くことなく、眉一つ動かすことなく、淡々と返事をしたセンセー。

「(これで、いいんだ)」

 センセーは覚悟を決めている。
 私も、覚悟を決めてここに来た。

 だから、これで、いいんだ。
 これが最善なんだ。
 これが私たちの、理想の答えなんだ。

「じゃあ、」
「ま、待って!!」

「ビックリした、なんですか。そんなに大きな声を出して」
「わ、悪い……」

 だって、てっきり……
 じゃあ、行きますねって。そう言われるような気がして……。

 私の足が、がくがくと震えてくる。
 そして格好悪くも、その場にペタンと座り込んでしまった。
 まるで腰が抜けたみたいに、全身の力が入らない。
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