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幸せ

1.

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 それから時は流れ――


「大樹ー。おーい」
「ん?」

「ごめん、病院に連れて行って」
「どうしたの?」

「破水したみたい」
「は、破水!?」

 私がトイレから出て、いそいそと用意をしている中、大樹は「破水!?破水ってなんだっけ!?」と一人混乱していた。

「赤ちゃんを包んでる膜が破れたんだって。
 赤ちゃん自身の産まれる準備が出来たってことだな」
「そんな冷静に……。ってか、痛くないの!?
 横になってて!」

「私は大丈夫みたいだ。まあ、そう焦るなって。
 だって――こっちも準備出来てるだろ?」

 事前に用意してあった出産準備バッグを指さして、とりあえず大樹を安心させる。

「そっか……うん、こういう時のためのバックだったんだね」
「うん。だから早く車出して~」

「はい!じゃあ、荷物の最終確認は俺がするから、真乃花はソファに座ってて!」
「わ、わかったよ……」

 バタバタと慌てて出ていく大樹。
 まるで嵐みたいな奴だ。

「はーお腹が重たい」

 お腹をいたわりながらソファに座りかけると、すぐに大樹が戻ってきた。

「用意できた!まずバッグを積んでくる!
 その後に、一緒に外に出よう!」
「はいよー」

 大樹は混乱しつつも、少しずつキリッとした男の顔つきになっている。
 そうか、そうだもんな。

「(大樹がお父さんになるんだもんな)」

 そして私がお母さん。
 まだ実感ないな。

「さ、真乃花。いこ、ゆっくりね」
「うん」

「ゆっくりだよ!?」
「あーもう!わかったって!」

 大樹に手を引かれ、私は家を後にした。

「いよいよだね」
「うん。やっと会えるね」

 いよいよ――
 やっと――

 それは、私たちが、あの日からずっと言い続けていた言葉だった。



 センセーがいなくなった、その後――
 私は、とりあえず救急車を呼んだ。

 センセーがもういなくなったということは、センセーの力で歪めていた世界が元に戻ったということ。
 末広縁という教師が亡くなった事実は皆の記憶に戻り、海木という男の存在は消えた。
 そして失踪した大樹が数年ぶりに発見された。
 救急隊員の人も、警察の人も、それはそれは驚いた。
 まさか大樹が生きてるなんて――って、顔に書いてあった。
 すると当然、大樹のニュースは瞬く間に世間に広がった。

 当然、ウチの親もそのニュースを見たし、大樹の親だってそのニュースを見た。
 そして、病院で入院していた大樹に、大樹の両親が会いに来てくれたんだ。

「大樹……大樹!」
「心配かけてごめん、お父さん、お母さん……っ」

 大樹は、山から自力で帰ってきたということになった。
 センセーが迎えに行ったことは伏せるしかないしな。
 大樹の両親が、発見までは神池山を越えた村で育てられたということを知り、大樹と共にお礼に行った。

「うちの息子を助けていただき、誠にありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ、まさか探されていたとは知らず……。
 どこかの家出した子かと思って、勝手にいなくなるまでは面倒をみようと……でも、そうですか。
 無事に両親のもとに帰れたのなら良かった。
 もう両親を悲しませちゃいかんぞ?」

「お世話になりました……っ」

 その後も、慌ただしく、日にちは流れていった。
 大樹と再び会えたのは、全ての手続きや諸々が終わり、周りも世間も落ち着いた、しばらく後のことだった――

 久しぶりに会う私に、大樹が提案してくれた。

「縁先生の墓の場所が分かった。明日いこう」
「……うん」

 センセーのお墓の場所を、大樹が私の学校の職員室で聞いてくれたらしい。
 大樹のご両親は、大樹が失踪してから遠方に引っ越した。
 だから大樹も、私の学校に通うのではなくて、違う学校に通うことになる。
 そうしたら、また、会えなくなる。
 私はバイトも許されないから交通費を稼げない。そうなると大樹に会いにいけない。
 次に会えるのは、高校を卒業してからかな。

「長いな……」

 そんな不安を抱え初めていた時に大樹から墓参りを提案され、ひどく嬉しかった。墓参りがまだまだ先になりそうだったから、余計に……。
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