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幸せ
1.
しおりを挟むそれから時は流れ――
「大樹ー。おーい」
「ん?」
「ごめん、病院に連れて行って」
「どうしたの?」
「破水したみたい」
「は、破水!?」
私がトイレから出て、いそいそと用意をしている中、大樹は「破水!?破水ってなんだっけ!?」と一人混乱していた。
「赤ちゃんを包んでる膜が破れたんだって。
赤ちゃん自身の産まれる準備が出来たってことだな」
「そんな冷静に……。ってか、痛くないの!?
横になってて!」
「私は大丈夫みたいだ。まあ、そう焦るなって。
だって――こっちも準備出来てるだろ?」
事前に用意してあった出産準備バッグを指さして、とりあえず大樹を安心させる。
「そっか……うん、こういう時のためのバックだったんだね」
「うん。だから早く車出して~」
「はい!じゃあ、荷物の最終確認は俺がするから、真乃花はソファに座ってて!」
「わ、わかったよ……」
バタバタと慌てて出ていく大樹。
まるで嵐みたいな奴だ。
「はーお腹が重たい」
お腹をいたわりながらソファに座りかけると、すぐに大樹が戻ってきた。
「用意できた!まずバッグを積んでくる!
その後に、一緒に外に出よう!」
「はいよー」
大樹は混乱しつつも、少しずつキリッとした男の顔つきになっている。
そうか、そうだもんな。
「(大樹がお父さんになるんだもんな)」
そして私がお母さん。
まだ実感ないな。
「さ、真乃花。いこ、ゆっくりね」
「うん」
「ゆっくりだよ!?」
「あーもう!わかったって!」
大樹に手を引かれ、私は家を後にした。
「いよいよだね」
「うん。やっと会えるね」
いよいよ――
やっと――
それは、私たちが、あの日からずっと言い続けていた言葉だった。
◇
センセーがいなくなった、その後――
私は、とりあえず救急車を呼んだ。
センセーがもういなくなったということは、センセーの力で歪めていた世界が元に戻ったということ。
末広縁という教師が亡くなった事実は皆の記憶に戻り、海木という男の存在は消えた。
そして失踪した大樹が数年ぶりに発見された。
救急隊員の人も、警察の人も、それはそれは驚いた。
まさか大樹が生きてるなんて――って、顔に書いてあった。
すると当然、大樹のニュースは瞬く間に世間に広がった。
当然、ウチの親もそのニュースを見たし、大樹の親だってそのニュースを見た。
そして、病院で入院していた大樹に、大樹の両親が会いに来てくれたんだ。
「大樹……大樹!」
「心配かけてごめん、お父さん、お母さん……っ」
大樹は、山から自力で帰ってきたということになった。
センセーが迎えに行ったことは伏せるしかないしな。
大樹の両親が、発見までは神池山を越えた村で育てられたということを知り、大樹と共にお礼に行った。
「うちの息子を助けていただき、誠にありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ、まさか探されていたとは知らず……。
どこかの家出した子かと思って、勝手にいなくなるまでは面倒をみようと……でも、そうですか。
無事に両親のもとに帰れたのなら良かった。
もう両親を悲しませちゃいかんぞ?」
「お世話になりました……っ」
その後も、慌ただしく、日にちは流れていった。
大樹と再び会えたのは、全ての手続きや諸々が終わり、周りも世間も落ち着いた、しばらく後のことだった――
久しぶりに会う私に、大樹が提案してくれた。
「縁先生の墓の場所が分かった。明日いこう」
「……うん」
センセーのお墓の場所を、大樹が私の学校の職員室で聞いてくれたらしい。
大樹のご両親は、大樹が失踪してから遠方に引っ越した。
だから大樹も、私の学校に通うのではなくて、違う学校に通うことになる。
そうしたら、また、会えなくなる。
私はバイトも許されないから交通費を稼げない。そうなると大樹に会いにいけない。
次に会えるのは、高校を卒業してからかな。
「長いな……」
そんな不安を抱え初めていた時に大樹から墓参りを提案され、ひどく嬉しかった。墓参りがまだまだ先になりそうだったから、余計に……。
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