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幸せ

2.

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 その提案があった日からほどなくして、墓参りは決行された。
 今は大樹と一緒に、センセーが眠っているとされる近場の駅まで、電車で移動をしている。

「そう言えば――他校の生徒が、職員室に入室なんて。よく許可が下りたな」
「まあ今、時の人だから。俺。有名なのよ」

「ぷ、なんだそれ」
「ほら、着いた。降りるよ」

 電車で走る事、三時間。
 長い旅は、その間、色んな思い出を蘇らせてくれた。
 センセーとの思い出だ。

「ここが……」
「うん」

 末広家之墓――と書かれたそのお墓。
 堂々と名前が書かれている。大きな、立派なお墓だ。

「縁享年二十六歳……センセー、二十六歳だったのかよ」

 若すぎるだろ――なんでこんなとこに入ってんだよ。

「なんて、墓参りにまで来て悲しんでたら、怒って出てきそうだな」
「真乃花……」

 大樹がバタバタしている間、私はというと、少しずつ整理をつけようとしていた。
 センセーはもうこの世にはいないと、理解しようとしていた。
 少しずつ、私の歯車を回すために――

「センセー、久しぶり。大樹が連れてきてくれたんだ。
 やっと来れた。今、お酒あげるからな」

 お墓を綺麗に掃除して、水をかけ、そしてお花を生けお酒の缶を置く。
 そうして、パンと手を合わせた。

「センセー、大樹は元気になったよ。センセーも元気か?」
「ご無沙汰しています、縁先生。その節は、お世話になりました」

「じゃあ……」
「……うん」

 挨拶は口で言って、その後は各々心の中で言う。
 大樹は、センセーに何て言ってるんだろう。

 私は……

「(会いたかったよ、センセー。私な、今、めっちゃ頑張ってるんだぜ。
 センセーの事を好きな人って思わないように、ただの担任だったって思うように……頑張ってんだ。
 でも、難しいんだ。
 だってセンセーのキャラが濃すぎて、なかなか忘れられねーんだもん)」

 私は心の中でこんな悪態をついていた。
 だけど、しばらくして、「あ」と、ある事に気づく。

「電車のお金、あと花とかビールとか……いつか絶対返すからな」
「気にしないで。お花もビールも両親がもたせてくれたんだ」

「じゃあ大樹のおばさんおじさんに返すよ」
「こんな時まで……真乃花は律儀だなぁ」

 ははと笑った大樹。
 私も「確かに」と、笑みが零れた。

 その時、


――お似合いですね


 そんな、センセーの声が聞こえた気がした。

「(センセー、どこかで見ててくれてんだな)」

 嬉しくて、心が温かくなって……私は立ち上がる。

「ありがとう大樹、帰ろう」
「え、もう?」

「うん。もういいんだ」
「真乃花がいいなら、いいけど……」

 後ろ髪を引かれる思いで大樹はお墓を後にした。
 私は――センセーに一目会えただけで嬉しかったから。
 それだけで、もう、充分だった。



「なあ、どうして神池山でいなくなっちゃたんだ?」
「え、聞いちゃう?」

「普通気になるだろ」
「う、う~ん……」

 再び駅に戻ってきた時。
 田舎な事もあって、次の電車は一時間後だった。
 私たちはその間、昔話をすることにした。

「だって、皆で集団行動してただろ?」
「うん……でも、その……山の中に、可愛い花が咲いているのを見つけてさ」

「は、花ぁ?」

 大樹が花?に、似合わね~。
 あまりにズッコケな回答に、変な声が出た。

「大樹も可愛い趣味があんだな」
「ち、違うよ!真乃花にあげようと思って……それで摘みに行ったんだ」

「え……私に?」
「そうだよ。真乃花、その日はすごく暗い顔をしてたから……また家で何かあったんじゃないかと思ってさ。
 その……元気づけたかったんだよ」

「そっか。そうなんだ……」

 真実を聞いて、驚いた。
 大樹が、まさかそんな事を思っていてくれたなんて……。
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