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幸せ

4.

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 もちろん、それを聞いた私も伝染したように笑みが漏れて――

「よろしくお願いします、大樹」
「うん!」

 私たちは、昔のように手を繋いだのだった。
 そして――センセーのお墓参り後のその足で、私と大樹は私の家に戻った。
 理由は、私の荷物を持ち出すため。
 なんと、大樹の家に一緒に住むのは今日からだという……そんな大樹の提案によって、私は今、ドキドキしながら玄関の扉を開ける。

 内緒だ。
 秘密にするんだ。
 バレたら、きっと――この家から逃げられない。

 ガチャ

「母さん、大樹だよ」と言うと、奥からすごい勢いで母が出て来た。

「まぁ大樹くん!」
「お久しぶりです、おばさん」

 挨拶をしている内に、私は自分の部屋に行って、必要最低限のものだけを、とりあえずカバンに詰め込む。
 大樹が時間稼ぎをしている内に、早く――

 だけど、その時。

 ガチャ

「おねーちゃん、何してるの?」
「穂乃花……!」

 穂乃花に、見つかってしまった。
 大量の荷物をまとめている私を見て、穂乃花は顔色を変えた。
 そして今にも口を開きそうな、そんな時、

 パシッ

 私は穂乃花の口を、急いで抑えた。

「穂乃花、見逃して……お願い!」

 説得しながら、部屋の中を見る。
 うん、必要な物は大体入れたな。
「後は」と考えていた時だった。穂乃花が私の手を勢いよく叩く。

「なにしてんの!?ねえ、何やってんの!?」

 その顔は今まで見たことがないような、恐怖心の表れで……。
 妹のこんな姿を見るのは、初めてのことだった。

「ごめんね、穂乃花……っ」
「ごめんって……まさか、逃げる気?」

「!」
「そうなんでしょ!?」

 肩をガッと掴まれて、私は投げ飛ばされる。
 勢いよく倒れた私の横に、ある物が見えた。

「(これは……っ)」

 穂乃花は逃げる私に怒りがおさまらないようで、部屋にあるものを片っ端から私に投げた。

「(このままじゃ、母親がきちまう!)」

 出入り口に立たれたんじゃ、出ようにも出られない。
 力は残念ながら、穂乃花の方が強い。
 隙を見て、この部屋から脱出しなければ……!

「(こうなったら――)」
「なんとか言ったらどうなの!おねーちゃん!!」

 更に怒号を飛ばした穂乃花に、さっき見つけたある物をバサッと投げる。
 それは、大樹を探すために用意していた地図二冊だった。

 思わぬ物が飛んできたため、穂乃花は「キャア!?」と叫んで座り込む。
 その隙に、私は荷物を持って階段を駆け下りた。
 脱出、成功だ!

「(センセー、ありがとう……っ!)」

 ここでも助けられたな、と思っていると、玄関にいる母に「真乃花?」と目ざとく見つかる。

「何してるのあなた……。それに、その荷物って?」
「母さん……」

 母の目が、爛々と燃え滾っている。
 逃がさないぞ――その意思が私に突き刺さる。

「真乃花!」

 母の向こうには大樹がいる。
 私は、あそこに行くんだ……っ!

 これからは幸せになるって決めた。
 逃げずに戦うって、そう決めた。

「(だから、逃げない!!)」
「真乃花あぁぁぁあ!!」

「来るな!」

 カバンをブンッと振り回す。
 すると母は俊敏にそれをよけて、私の方へ近づいた。
 そして、簡単に、母に腕を掴まれてしまう。

「どうしてあなたはいう事が聞けないの!?」
「え、あ……っ」

 母のブチ切れた顔を、こんな間近で……!
 恐怖で全身が震えて、力が抜けていく。
 後ろから「ママ、ナイス!」と言って穂乃花も加勢してきた。

 だけど――

「え、きゃあ!?」

 穂乃花は何かに引っ張られるように、廊下を後ろ向きで進んでいく。
 私から、遠ざかっている。

「(なに……いまの……!?)」

 唖然としていた、その時だった。
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