アプリで殺してみただけなのに

一宮 沙耶

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7話 大切なもの

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30歳になった私は、順風満帆、東京の高等検察庁で活躍していた。
変わったのは、1か月前に隆一と結婚し、一緒に暮らしていること。
そして、体調も精神状態もとてもいい。

隆一は、小学校の時に一緒のクラスだった人。
私の初恋の人だった。
でも、中学で女子校に入ったから、それ以降会っていない。

私は、よく男性からからかわれていた。スカートめくりとか。
そんな中で、私をからかった男性に、彼は怒ってくれた。
それ以降、彼を見るのが恥ずかしくなっていく。

しばらくすると、彼のことばかり考えている自分に気付く。
彼も、私のことを好きに違いないと思った。
雨の日に、私を傘の中に入れてくれたこともあったから。

バレンタインで、彼へのプレゼントを作っていた自分がいた。
自分の家のキッチンをチョコレートの匂いでいっぱいにして。
チョコレートを固めるシリコンとか、チョコレートとか買っていた。

そんな可愛らしい女性の面が自分にあるなんて気づかなかった。
あの頃は、とても、あどけない私だったと思う。
お母さんは、微笑みながらチョコレートの作り方を教えてくれる。

でも、中学に入り、あんなに好きだった彼のことを忘れていた。
1年ぐらい前、スーパーで後ろから声をかけられた。
振り返ると彼がいる。


「あれ、工藤さんじゃないか。久しぶり。」

時間が経ち、彼の顔は変わっていたけど、すぐに分かった。
一瞬で、子供の頃の彼への憧れを思い出す。
私は、小学校のときの女の子の気持ちに戻っていた。

「宮本くん、本当に久しぶり。この辺に住んでるの?」
「ああ、でも、すぐに分かったよ。小学校のときとそれほど変わってないね。」
「それって、ディスってる?」
「そういうことじゃなくて、今でも可愛らしいということだよ。今、仕事とか何をしてるの?」
「検事なの。宮本くんは?」
「僕は、IT系の会社立ち上げて、そこで社長をしてるんだ。」
「社長さん? すごいじゃない。頑張ってるのね。」

彼は、小学校の頃から優秀だった。
今は成功している様子で頼もしい。

「3人しかいない会社で、社長といっても、それ程じゃないんだけど。それより、工藤さんは検事なの? すごいじゃん。悪を懲らしめる正義って感じかな。」
「それほどじゃないわよ。地味な国家公務員よ。」
「そうかな。まあ、再会できたんだし、これからも仲良くしようよ。」
「そうね。」

私の心は、すっかり女になっていた。
彼のことを考えている時間が楽しい。
彼も、優しくしてくれて、私の殺伐とした時間を消して欲しい。

そんな出会いから、すぐに、翠、隆一と呼び合う仲になる。
小学校の時の記憶は、私たちの会っていなかった時間をすぐに埋めてくれた。
そして、一緒にいる時間が増え、結婚する。

今から振り返ってみると、隆一と一緒に過ごした学生時代は楽しかった。
今、感じることがないワクワク感があったように思う。
子供の時に、同じ時間を過ごした人と一緒に過ごしたいと思った。

結婚したい人がいるということは花恋にも話す。
花恋は、私にもそんな気持ちがあったんだと喜んでくれている。
とってもいい友達。

隆一と会って、花恋は、とても褒めてくれた。
結婚式にも出席してくれて、満遍の笑顔で拍手してくれる。
今後、お互いに子供とかができて、接点は薄くなっていくかもしれない。
でも、これからも、友達として、ずっと変わらないでいて欲しい。

最近は、体調もいい。夜はすぐに眠りにつけて、朝も爽やかに起きれる。
昔のように、めまいに襲われることもない。
いつも笑顔で、心穏やかに過ごすことができた。

ただ、結婚して1年が経ち、仕事に忙殺される日々を過ごしていた。
子供なんて考えていなくて、しばらくは仕事に専念する。
隆一もそれに同意している。

時間が経つと、隆一は、空気のような存在になっていった。
一緒にいてもワクワク感ということはない。
隆一も香港で事業するために、今は家にはいない。

私は、すっかり結婚前の暮らしに戻っている。
隆一との生活はいつの間にか忘れていた。
ただ、最近は、食欲を止められず、飲酒量も増えている。

毎晩、日本酒を浴びるように飲んで、倒れるように眠り込んでしまう。
そして、深夜に目が覚めると、アイスクリームを無償に食べたくなる。
起きて、グラスが粉々になり、手に血が滲んでいるときもある。
おそらく、グラスを叩きつけ、そんなことを忘れているのだと思う。

どうして、再び、こんなに心が安定していないのかしら。
いつも、イライラして、しばしば、めまいで倒れこんでしまう。
職場でも、いきなりヒア汗が流れ、止まらない。
まだ更年期という年でもないのに。

そんな時だった。私は、いきなり倒れてしまう。
最初は何が起こったのか分からなかった。
手足がしびれて動かない。
顔もしびれて声はでない。

でも、意識はしっかりしていて、目は見えるし、耳もいつも通り。
脳の中で出血したのかもしれない。
目線は床を這い、ソファー横のテーブルにスマホがあるのが見える。

スマホで救急車を呼べば助かると思うけど、体が動かない。
日が暮れ、朝を迎えても、意識はしっかりしていても体は動かなかった。
とても寒い。頬はずっと床の上で痛いはずだけど何も感覚はない。

すごい長い時間、何もできずに、目の前のソファーだけが見えていた。
私は床にころがり、2日が経ったときだった。
玄関のドアが開き、隆一が香港から帰ってくる。

そして、倒れている私をみつけ、病院に運んでくれた。
そして、私は九死に一生を得る。
3ヶ月入院した後に退院し、その後、3ヶ月自宅でリハビリ。

最近は、どうにか普通の生活ができるようになった。
その間、隆一は私のリハビリに真摯に付き合ってくれる。
1年ぐらい経った頃、私は検事の仕事に戻ることができた。

元の生活に戻れたのは、隆一のおかげだと頭では分かっている。
でも、命の恩人のありがたみを、私は、忘れていった。
隆一と一緒に暮らすことが面倒だと思うようになっていた。

隆一の作ってくれた料理をゴミ箱に捨てたり。
外食するから不要だと言ったでしょうと捨て台詞をはきながら。

結婚記念日のお祝いで家で待っていた隆一に嫌味を言ったり。
あなたは暇でいいわねと。

私は、隆一と一緒にいる意味が分からなくなっていた。
しかも隆一の事業は不調で、家計に貢献できていない。

収入が少ないのだから、部屋の掃除で挽回しなさいとも言った。
床に落ちている髪の毛を指さして怒ったこともあった。

とうとう、隆一は私に言った。

「翠、僕たちって、どうして一緒にいるんだろう。翠は、僕のことを初恋の相手だったと言っていたじゃないか。心の大切なところで僕らは繋がっているから一緒にいると思っていたのに、それは変わっていないんだよね。」
「何のことかしら。女性なんて、いつも恋してる生き物なのよ。あなたは、その1人にすぎないの。そもそも、初恋だったなんて言ったかしら。覚えていないわ。私は、私がしたいことを邪魔しないというから、あなたと結婚しただけなのに。」
「そういうようにしか見てなかったんだ。なんか、僕らは一緒にいる意味がないみたいだ。僕のサインをした離婚届を置いておくから、離婚したければサインをして、出しておいてくれ。」

そう言って、隆一は離婚届をテーブルの上に置いて家を出ていった。
私も、彼がいなくても困らないと思い、後悔することもない。
逆に邪魔だと思っていたのでスッキリした気持ちだった。

今どき、離婚なんてよくあること。
1回結婚していれば、負け組とか言われない。
1人で暮らしていくのに困ることはないし、そっちの方が楽。

何も困ることはない。
私は、誰もいない部屋で、離婚届にサインをし、市役所に出しておいた。
何か、大切なことを忘れてしまった気もしながら。
それが、隆一への初恋の気持ちだったことを知らずに。
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