海に漂う亡霊

一宮 沙耶

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3話 社内恋愛

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 そんな私でも、入社3年目で、心が踊る日々を過ごしていたの。社内で付き合っていた彼がいたから。

 その彼は竜也というんだけど、私の2年上の先輩で、こんなブラックな会社で激務なのに、淡々と仕事をこなし、上司からもとても評判がよく、30歳のときに課長に昇進していた。

 見た目もイケメンで、あんな人と付き合いたいと、大勢の女性社員の憧れの的だったの。

 私が、会社からの帰り道で、その先輩とばったり会って、今日も遅いんだね、一緒に飲みに行こうと爽やかな笑顔で誘われた。

 え、あの皆の憧れの先輩が私を誘ってくれる? 笑顔でもちろんですと返事したんだけど、なんか恥ずかしくて、最初は、あまり話せなかった。

 でも、それから、よく会うようになり、朝まで一緒にいるなんてことも増えた。優しさは変わることはなく、仕事の悩みも相談にのってもらっていたの。

 また、気持ちが明るくなったからか、いつの間にか、幽霊を見たり、襲われたりなんてことがなくなっていたと、最近、気づいた。

 でも、同じころ、実は、同期の斉藤くんが、私に近づいてきて困っていた。

 斉藤くんが近づいてきたのは、職場の飲み会で、横に座ったのがきっかけだった。同期だし、お酒をついだり、斉藤くんの話しに大笑いとかして、その場は楽しく過ごしたの。

 それに勘違いをしたのかしら。僕らは気が合うねなんて言い始めて、映画とかに誘ってきた。もちろん、用事があるとか言って断ったのよ。でも、じゃあ今度ねってしつこい。

 何回も断れば、その気がないって分かるじゃない。本当は、付き合っている人がいると言いたかったけど、社内恋愛で公表できなかったし、斉藤くんとは付き合えないなんて本人には言えなかった。

 だからか、斉藤くんは、私が内向的で、本当は好きなのに、言えないんだと信じていたんだと思う。

 私も、良くなかったかもしれない。この前、夜遅くなって、お腹が空いていたので、久しぶりにラーメン店に入ったら、斉藤くんが同席をしてきて、一緒に飲もうと言われた。

 断るのも角が立つと思い、少しだけお酒に付き合うことにしたの。もう会いたくないなんて言う勇気がなくて、笑いながら時間を過ごした。でも、そろそろ察してよ。

 そんな中、会社からの帰り道で、暗い道に入ると突き刺すような視線を感じたことがあった。恨みを持ったような強い視線。

 振り向いても誰もいない。私を鋭く見つめる2つの目だけが浮いて、着いてくるっていう感じかしら。

 もしかしたら、斉藤くんなの? はっきりと言わないとダメなのかしら。なんとか、気づいてもらいたい。

 それからも斉藤くんは何回も誘ってきた。もう、中途半端じゃダメだと思い、会社の廊下で会った時に、私には彼がいると伝えることにしたの。

 人を傷つけることになると思い、かなり勇気がいたんだけど、なんとか伝えると、斉藤くんは、だまって去っていった。これで、良かったのよね。

 でも、その後すぐに、竜也は転職し、連絡がとれなくなった。どうしてなの。私は、一生、一緒にいるつもりだったのに。

 竜也に連絡しても、ブロックされているのか既読にもならない。私には、竜也しかいなかったから、目の前は真っ暗となった。

 私って、あまり積極的じゃないから、彼氏って竜也が初めてだったし、女友達もあまりいない。あえて言えば、職場の同期の音羽ぐらいだけど、音羽とは、時々一緒に飲みに行くぐらいで、親友というわけでもない。

 そして、仕事の悩みとかも相談できずに暗い日々が続くなか、また最近、見えるはずがないものが私の周りに現れ始めた。

 そんなとき、音羽が鬱になり、自殺したという話しを聞いたの。当社は、激務でひどい会社だから、そんなことがあっても不思議じゃないわねって感じただけだった。

 私は、竜也にふられ、仕事は激務で、周りの人のことを考える余裕がなかったから。
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