海に漂う亡霊

一宮 沙耶

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6話 刺殺

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 高野さんは、自分は大丈夫だと信じていたんだと思う。大勢が自殺した晩に、会社の廊下を歩きながら、横にいる同僚に、あんな嘘のメールを出して自殺しちゃうなんて、本当に迷惑だと大声でしゃべっていた。

 ポタ、ポタ

 水の垂れる音が聞こえる。水浸しの髪が顔に垂れ、顔がみえない音羽が、高野さんに近づいてくる。そして、手を高野さんの肩にかけた。どうして気づかないの?

 その時、高野さんが、社長は、音羽のことを迷惑な社員だと笑っていたと同僚に伝えると、

 バシ

 壁を叩く大きな音が廊下に響き渡った。そして、音羽は、高野さんの前に立って、歩くのを遮り、また、耳元でささやき始めた。

「あなたが別の女と婚約していたなんて知らなかったわ。あなたの子供を妊娠して、邪魔になった私を、ミスの責任を擦り付けて自殺に追い込むなんて許せない。あなたは、父親と婚約者をナイフで殺して、その後に自分の目を刺して死になさい。」

 その後、高野さんの顔からは表情が消え、横にいた同僚と、警備員に何か囁いて、自宅に帰っていった。

 自宅では、エアコンで冷えた部屋で、お笑い番組で大笑いしながら、ウィスキーが入ったグラスを傾けるお父様の後ろから高野さんは近づいていった。

 お父様は、お疲れといいながら、まだ笑い声を部屋に響かせていた。そんな声にはそぐわない光を放つナイフをお父様の後ろから振り上げ、高野さんは背中を切りつけた。

 お父様は、どうしてだと驚き、後ろを振り返ったけど、それ以上動くことができずに、ソファーから崩れ落ちたの。

 そして、高野さんは、階段をのぼり、すでに同居を始めていた婚約者の部屋に向かった。

 ぎー、ぎー

 やや古くなった階段は、登るたびに静かな音をあげる。

 お風呂上がりで、肌の手入れをしていた婚約者に後ろから高野さんは近づいた。そして、遅かったのねと話しながら振り返り、立ち上がった婚約者のお腹に、背中に隠していたナイフを刺して、心臓に向けてナイフで切り上げた。

 婚約者は床に倒れ、血しぶきは壁一面に飛び散り、その後も、床は血で溢れた。

 それを見た高野さんは、床にあふれた血を手ですくい、まるで子供が雨上がりの道端で、どろんこの水たまりで遊ぶように、大笑いをしながら、その場で、窓から見える月を見ていた。

 そして、5分ぐらいたったころかしら、婚約者の血を頬に塗ってから、床におとしたナイフを手にとって、自分の目を突き刺し、前に倒れた。

 一方、この囁きで亡くなった社員たちは、それぞれ2人ずつ、あの世に連れていった。ある人は、車に轢かれ、ある人は家が火事になり、この世を去っていった。

 気づくと、この2日間ぐらいで、私のオフィスにいる人は、私以外、もう誰もこの世にはいなくなっている。

 そして、この勢いで、私の会社の人は次々と自殺していき、1週間が経つ頃には、もう私以外の人は全て亡くなっていた。

 もう、この流れは止まらない。日本全体に広がっていくのかもしれない。
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