女ハッカーのコードネームは @takashi

一宮 沙耶

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1話 異国での事故

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炎天下の中、車は横転する。
ボンネットは潰れて跡形もなく、フロントガラスは粉々に割れていた。
運転手と前席に座っていた男性は、押しつぶされて、もう人の形には見えない。

後部座席にいた女性も、車がアスファルトを滑るときに擦り潰されている。
その人たちの血で道路は真っ赤に染まる。
そして、ガソリンと金属がこすれた鈍いにおいが辺りを漂う。

運転手の後ろに座っていた男の子はぐったりしているけど、まだ息をしていた。
でも、車からは煙が覆い、間もなく爆発しそう。
まわりの人たちは、ドアを開け、その男の子を助ける。

助けられた男の子の姿はひどいものだった。
半分に折れたドアが内臓をえぐり取り、白い背骨が外から見える。
胸から上、足の辺りは負傷がないように見えるけど、まだわからない。

車が横転したのは、対向車がこちらのレーンに入ってきて正面衝突をしたから。
相手の車も、ガラス張りのお店に突っ込み、車体の前方は潰され、原型を留めていない。
運転手はお父さんかしら。助かるようには見えない。

後部座席にいた女の子の体には大きな怪我はなさそうに見える。
ただ、お店の鉄柱が頭を突き刺し、頭からは血が流れ出ている。
体は痙攣していて、とても生き延びることはできないと思う。

車にいた5人は社外に運び出され、歩道の上に並べられている。
救助隊は、大人3人を指さし、あきらめたように首をふる。
そして、誰かと携帯で話し始めた。

子供2人も助からないと叫んでいるように見える。
ただ、指示されたのか、子供2人を救急車に運び入れた。
救助隊は、救急車の運転者に、物好きの医師だからとつばを吐き出すように伝える。

ここは赤道直下にあるギャガ王国。
アジアの中でも、最も小さな国。

この国では救急車は有料で、来ることは希。
滅多に見ることがない救急車が怪我人を運ぶ姿をみて周りはざわつく。

男の子は、服装や顔立ちから、この国の人ではないと話す声が聞こえる。
そのお父さんは、日本から、この国の発展に向けて支援活動で来ていた。

男の子とその母親は、今から1時間前に日本からこの国に到着したばかり。
空港から、お父さんの住む住居に車で向かうところでの事故。
1時間前の空港では、久しぶりの家族の再会に笑い声が響き渡っていた。

「隆、久しぶりだな。もう小学4年生か。」
「2年ぶりになるわね。隆は、お父さんと再会できるのを本当に楽しみにしていたのよ。そうでしょう。発展途上国を支援するとっても大切な仕事をしている自慢のお父さんだものね。」
「そうだよ。本当に自慢しているんだ。」
「それは良かった。」

男の子がお父さんを尊敬の表情で見上げ、陽の光が目に入り眩しそうなそぶりをする。
お父さんを大好きだと言う気持ちが溢れ出ていた。

「ところで、半年に1回ぐらい帰ってこれないの。隆の成長の様子を見れないじゃないの。この時期って、もう二度と見れない大切な時期なんだから。」
「ごめん、仕事が忙しくてな。この国は、隆以上に成長し、日々変わっているんだ。この国のために私じゃないとできないことがあるんだよ。」
「家族と、この国のことと、どっちが大切なの。」

お母さんは、久しぶりに会ったにもかかわらず、日頃の不満をぶつける。
一緒にいられない日々が続き、甘えたかったのかもしれない。

「まあ、久しぶりに会ったんだから、もっと楽しい話しをしよう。隆、スポーツとかなにに頑張っているんだ?」
「お父さん、久しぶり。僕は、今は、サッカーをしているんだ。筋がいいって、褒められているんだよ。今度、練習、見に来てくれると嬉しいな。」
「今度、日本に帰ったときに見せてもらうよ。今夜は、ステーキをたっぷり食べてゆっくりしていきなさい。この国は食べ物だけは美味しいから。」
「美味しそう。楽しみ。ところで、お父さん、元気にしている?」
「元気で、頑張っているさ。」
「あなた、羽を伸ばして、女性の影とかないでしょうね。」
「子供の前で何を言っているんだ。そんなこと、あるわけないだろう。まあ、疲れただろう。車に乗って。」

お父さんは、日頃のお詫びも込めてか、大きな気持ちで家族を包み込んでいた。
エアコンが効いた空港を出ると、高温と湿気が押し寄せてくる。
そして、目の前には、何もない砂埃が舞う大地が広がっていた。

目の前にお父さんが用意した車が待機している。
3人は、現地のドライバーが運転する車に乗り込んだ。
その車はかなり古く、ドアを閉めると、ドアが取れてしまいそうになる。

「エアコンとかないの? 暑いけど。」
「ごめん。この国にはないんだよ。」
「窓って、どう開ければいいの? ボタンがないんだけど。」
「この車は、横にあるハンドルを回すんだ。隆は、見たことないよな。」
「あ、本当だ。回すと窓が開く。こんな車があるんだ。」

車が走り出して15分ほど経つと、スラム街のような風景が見えてくる。
道路沿いに露店のようなお店も並んでいる。
いずれも、外から部屋の中はまる見えで、プライバシーなんてない。

「なんか東京とは違うね。埃っぽいし。お父さん、こういう所で仕事しているんだ。」
「お父さんは、この国の高速鉄道を作るために来たんだ。お父さん達の活躍で、この国の人達は、もっと、もっと豊かに過ごせるようになるんだぞ。」
「すごいね。」

繁華街エリアに入ったところだった。
先方から走ってくる車が、こちらのレーンにはみ出して衝突する。
隆たちの車は横転し、相手の車はお店があるビルに突っ込む。

大事故になってしまった。
お父さん、お母さん、大丈夫? 僕は、お腹にドアが刺さって動けない・・・。
僕は、そのうちに気を失った。

まだ息がある男の子と女の子は近くの病院に運ばれる。

「事故だって。どれどれ、まず、女の子は10歳ぐらいだけど、もってあと1時間かな。もう脳死状態だろう。あと、男の子は、内臓がすべてだめだな。これも、このままでは死んでしまう。」

医師は淡々と状況を確認している。
その次の瞬間、医師の口元に笑みがこぼれる。
悪どい企みが表情から漏れだす。

「面白いことを思いついた。女の子の内臓はいたって健康だ。これを男の子に移植すれば、1人の健康な人間が出来上がりじゃないか。」
「男の子の精巣は潰されていますが、どうしますか?」
「そうだな。じゃあ、子宮、卵巣と女の子の性器も移植しよう。」
「それって、この男の子が女性になるということですか?」
「そういうことになるな。でも、男性のままでも精巣は取り除くしかないなら、生殖活動が継続できる方がいいだろう。」

思いもしないことを医師が言い出した。
医師の目には好奇心が溢れ、声は弾んでいる。

「人助けなんだから、問題ないだろう。ただ、国にばれると、違法手術だから面倒だな。この2人には、後で死亡診断書を書いておこう。そんなこと、この国ではよくあることだし。」
「でも、男の子から見ると、性別が変わってしまうんですよ。大丈夫なんですか?」
「それも、どうなるか観察したい。卵巣と子宮がない女性に別の女性のものを移植する事例は聞いたことがあるが、男性に、しかも女性器まで移植するなんて、これが初めてじゃないか。これが成功すれば、すごいことだ。」
「でも違法ですし、本当にいいですね?」
「なにか不満でもあるのか? こんないい給料を看護師に出す病院なんて、他にないと思うが。クビにして欲しいなら、希望を叶えてやるぞ。」
「わかりました。協力しますし、このことは、患者にも、誰にも話しません。」
「わかれば、いんだよ。」

この国では、医療現場の管理は杜撰。
特に優秀な医師は数少なく、政府も、そんな医師には物を言えない。
医師が死亡診断書を偽装し、火葬した別人の遺骨を遺族に渡すことぐらい簡単だった。

この医師は、日頃から、違法と知りながら、多くの実験まがいなことをしている。
看護師たちからは、マッドドクターと呼ばれていた。
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