女ハッカーのコードネームは @takashi

一宮 沙耶

文字の大きさ
6 / 11

6話 堕胎

しおりを挟む
尋問室に座らされ、目の前には女性警察官が私をにらみつける。
狭い部屋に、木の机、椅子があり、女性警察官の存在感に圧倒された。
机の上の卓上ライトを私の顔に当て、まぶしく、何も見えない。

女性警察官は、私の顎を上にあげ、私には抗う権利などはないことを体現する。
あの欧米人の男性はどうなったのかしら。
まあ、私には関係はないし、この国のことだから、問題にせず釈放したのだと思う。

先進国の支援なしに生きていけない国だし。
この女性警察官も貧しい家の出身なのかしら。
髪の毛は乱れ、メイクもろくにしていない。

甲高い声で、余裕がなく、仕事に没頭するしかないように見える。
私を有罪にできないと、給料が下げられるのかもしれない。
そうとでも言うように、私の顔に自分の顔を近づけ、胸元をつかみ上げる。

「あなたはこの国の人ではないようだけど、どこの国の出身なの?」
「日本です。」
「日本人が、どうしてこの国で売春をしているの?」
「日本から、この国に来て事故に遭い、病院で治療していました。両親はその時に亡くなったと聞いています。その後、日本大使館に行くときに、暴力団みたいな人につかまり、ヘロインを打たれ、売春を強要されていたんです。」
「まあ、この国なら、そんなこともあり得るわね。ところで、事故っていつ?」
「3年前で、私が11歳のときです。」
「え、あなたは14歳なの。まだ子供なのに、売春を強要されていた?」
「そうです。おそらくあと1時間でヘロインが切れます。頼みますから、ヘロインを打ってください。そうしないと、私、どうなるのか・・・。本当に苦しんです。」
「ここは警察だから、ヘロインは打てないけど、医者を呼んで何とかするわ。」
「お願いします。ところで、私は、この国に来たときは男の子だった記憶があるのですが、医者を呼ぶなら、確かめてもらえないでしょうか。」
「男の子? よくわからないけど、確認してあげる。少し待っていなさい。」

私は、診察室に連れていかれ、女性の医師が私に聴診器を当てている。
横にされてエコー検査もしていた。
乱暴に扱われると思っていたけど、医師は笑顔で優しく接してくれる。

診察も終わり、私は、白い壁で明るい清潔感のある部屋で待ってるように言われる。
ここには誰もいない。目の前のテーブルにはオレンジジュースが置かれていた。
もう、犯罪者という扱いには見えない。解放されるのかしら。

しばらくすると女性警察官は、さっきとは打って変わって、優しい顔で近寄ってくる。
威圧ではなく、憐れむような目で私を見つめていた。
このまま解放され、外に放り出されるという感じでもない。

「男の子だったという意味がわからないけど、あなたはどこから見ても女性。だって、生理もあるでしょう。子宮と卵巣も確認されたわ。」
「そうなんですか。私の記憶が事故で混乱していたのですね。もう、遠い昔のよう。」
「それで、1つ伝えなければいけないことがあるの。」
「なんですか?」
「あなた、妊娠している。」
「妊娠って、なんですか?」
「そんなこともわからずに売春をさせられていたのね。かわいそう。妊娠って、子供を産むことなの。で、どうする。産むの? 誰の子かわからないだろうし、子育ては簡単じゃない。ましてや、ここはあなたにとって異国で、だれにも助けを求められないでしょう。まだ中絶できる時期だし、堕すことを勧めるわ。堕しても、将来、子供は産めるはずだし。」
「よくわかりませんが、そちらがいいというのであれば、そうします。」

私は、すぐに手術台に体を横にし、麻酔を与えられた。
さっきから少しヘロインの禁断症状が出始めていたので体は楽になる。
そして、寝ているうちに、子供は手術で吸い出され、男の子だったと後で聞く。

体がだるい。しかも、ヘロインが切れて、再び強い倦怠感に襲われる。
手足を縛られ、3日間うなされる日々が続き、やっと、少し体が楽になってきた。
苦しくて激しく動いたせいか、縛られた手足には縄の模様がくっきりと刻まれている。

そんな私に、この前の女性刑事が近づき、敬礼しながら声を上げた。

「ギャガ王国は、あなたが我が国の悪人に騙され、薬物依存にされ、売春までさせられたことに深くお詫びし、あなたを解放し、日本に戻すことにした。日本政府も、あなたの身分はわからないものの、日本人として受け入れるとの決定をしたと返事があったので伝えておく。」
「日本に帰れるのね。」

私の目には涙が溢れだしていた。
女性警察官は、国からの通知を終わらせると、温かい表情で話しかける。

「ええ、日本では、薬物依存の治療は続けてもらえると言っていたわ。これで、やっと、普通の生活に戻れるのね。両親も亡くなって大変だと思うけど、幸せになってね。」
「ありがとうございます。」

私は、日本大使館に移送された。
この国は欧米だけでなく、日本にも敬意を払わないと生きていけない国。
だから、私には特別待遇をしたのかもしれない。

日本大使館は、高い塀に囲まれ、日本の尊厳が漂う。
日本は、この国に大きな資金供与をして成長を支えていると聞いた。
そう、お父さんが高速鉄道を作っていると言っていたけど、どうなったのかしら。

日本でサッカーをしていたけど、また再開できるかしら。
いえ、この体じゃだめね。
もう、男の子だった記憶は捨て去れないと。

なにかの間違いなのだと思う。
これからは女性として幸せに生きていくの。
幸いにして、私はスタイルも容姿も素晴らしい。

穢れて、みすぼらしい私の体も、この外見でうまくごまかして生きていくわ。
この国でも楽しい時はあったけど、忘れ去り、新しい夢に向かって再出発をするの。
きっと、日本で楽しい生活が待っているはず。

日本大使館に着き、ほっとしていると、怖い表情の男性が近づいてくる。
日本大使館では優しく受け入れられると思っていたのに。
その人は、厳しい目を私に向けて話し始めた。

「あなたの名前は?」
「事故のせいで、よく覚えていないんです。記憶だと、榊原 隆だと思うのですが、警察の医師からは、私は男性ではなく女性だと言われ、記憶と食い違います。今は、周りからは美奈と呼ばれています。」
「たしかに、榊原 隆という男性はいて、3年前に、両親とともに、この国で死亡届がでています。しかも、あなたは女性だと医学的にも検証されていて、隆という人でないことは明らかです。ただ、日本語はとても流暢で、日本人であることは嘘ではないのでしょう。あなたはどこにお住まいだったのですか?」
「渋谷にいたと記憶しています。」
「榊原さんの住所も渋谷でしたから、榊原さんと何らかの関係があるのでしょう。ただ、榊原さんは、ご両親が施設育ちで親戚もいないので、今となっては関係を調べることはできません。少し考えさせてください。」

そういって、大使館の人は私の部屋から出ていった。
私は、日本に帰れるのかしら。絶対に帰りたい。
1時間ぐらいして、その人は帰ってきた。

そして、さっきまで険しかった表情の男性は、ほっとした顔で私に話し始めた。

「政府としても検討したのですが、あなたの名前を榊原 美奈として戸籍を新たに作ることにしました。これで、あなたは日本人として日本で暮らすことができます。よかったですね。ただ、だいぶ良くなったとは聞いていますが、1カ月ほど、薬物依存の治療を日本で受けてもらいます。」

やっと日本に帰れる。
懐かしい、穏やかな日本の風景が蘇ってきた。
桜が満開の川の土手を走りまわっていた楽しい時間を思い出す。

たしかに男の子だったと思うのだけど。
医師の検診でも、その記憶は否定された。
もう、この記憶は消すしかない。私は女性として生まれたの。

大使館の男性は話しを続ける。

「今後、無一文では暮らせないということで、当面、国から20万円をお渡しし、仕事を探してもらうこととします。まだ半年ほど、義務教育は残っていますが、今更、中学校に編入はできないので、それは諦めてもらうしかありません。ただ、あなたが話していたことからすると、病院から、それなりの教育を受けていたようですので、問題はないでしょう。では、明日の日本へのフライトを用意したので、日本に帰りましょう。」

こうして、やっと帰国することができた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

OLサラリーマン

廣瀬純七
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

処理中です...