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「グォォォォォォォォォォ!!」
大きな熊が、2本足で立ち上がり怒っている。完全に獲物と認識されてしまったみたいだ。少年は動けなくなった。足腰がガクガクと震える。ヤバい。今すぐにでも逃げ出したい。逃げた方がいいのか?背中を見せて?走った方のがいいのか?熊の咆哮が周囲の木々を揺らしている。怒り狂う巨熊が、ヤバい。目が血走る。
ガサガサ!ザザザザッ………
何かが勢いよく森の中から飛び出して来た。人だ!ただ、少年がそれを人だと認識したのは、それが足を滑らせるように道路に下り立ち、大剣をグリッドベアに向けて構えた後だった。
だれ?
ってか剣で?無理でしょ。銃は?
だけど、良かった。助かった。逃げよう。そう思ったところで腰から下が思うように動かない。腰が抜けた状態。
一方、女性の方は、少年とグリッドベアの丁度真ん中辺りに飛び出した。アイツのせいか、興奮してやがる。女性の目は、少年の姿を捉えたが、完全には把握していない。
その理由を上げるとしたら、1つ。自身がかなりのスピードを保って、鬱蒼とした森の中から飛び出した事。
そのせいで多少だが目が眩み、明るい場所にいた少年の姿を、はっきりと認識する事が出来なかった。そして、もう1つ要因を上げるのであれば、巨熊。グリッドベアの存在に他ならない。
デカいな……
女性の目は、はっきりとグリッドベアを捉えていたが、逆に言うと相手から視線を外せずにいたのも事実。それは、グリッドベアの事を好敵手と認め、この状況。油断は出来ない状況下。何故なら彼女の左の腕。上腕から手首にかけての大きな傷も、右の肩甲骨辺りの矢尻の跡も、その他、大小様々な歴戦の傷跡達が、熊の咆哮に木霊すように警笛を鳴らし、武者震いにも似た寒イボを女性は感じていた。ブツブツと鳥肌が浮き出ている。
幾多の死地を乗り越えて来たハンターであろうと、少しでも隙を見せようものなら、その鋭い爪が喉元目掛けて飛んで来る。
コイツは、狙ってやがる。から一瞬でも目を離してはダメだ。
女性は、そう思っていた。
要は、後ろを振り返り、少年の姿を確認する余裕など、女性は持ち合わせていなかったということ。
「グォ!!」「グォ!!」
「グォォォォォォォォォォ!!」
グリッドベアは、突然現れた女性に対して、巨体をユサユサと左右へと揺らし威嚇した。
「そうカッカッしなさんな」
女性は一言添えながら、滑らかに湾曲した大剣を腰の高さで斜に構え、ジリジリと擦り寄るような摺り足で、グリッドベアとの距離を測る。
ちなみに女性の後方に居る少年は、腰が抜けてその場から動くことが出来ず、何が起こっているのかわからずに、祈るのみ。
頑張って下さい。お願いします。
勝負の機はすぐにやって来た。
最初に仕掛けたのは女性。
今だ!動け!私!
自ら自分自身を鼓舞した女性は、すくみそうになりかけた、両の足を奮い立たせる。
それ!行け!低く飛べ!
側から見たら命知らず。
女性は低く、更に低く身を屈め、巨熊の懐めがけて飛び込んだ。
凄い事だ。
考えてもみて欲しい。命の取り合いをするという怖さ。そして、恐怖。凄い事だ。と、一言で終わらす事では無いはずだ。
現代日本で育った野崎にとってみても、私にとってみても、貴方にとってみても。平和な社会では考えられない。銃を眉間に突きつけられ、真剣同士で斬り合って、その切先を首筋に感じた。そんな経験をした人なんて先ずいない。心臓が爆発するほどに、早い鼓動を立てて、辺りは静寂に包まれて、その音しか聞こえない。硬い生唾をゴクリと飲んで、一歩間違えば、鉤爪付きの丸太程の剛腕が振り下ろされ、女性の頭を吹き飛ばすだろう。(即死)
それを承知の上で相手の間合いに飛び込む。そんじょそこらの常人が、日日で出来る技では無い。しかし、女性はそれをやってのけた。
何故に?
それは彼女が優秀なハンターであり、八割九部の勝算があったからだ。
"ザザ・ミュースカイ・セビラハート"
"セビラハート"は授かり名。
"ミュースカイ"は勲章名。
"ザザ"が彼女の本名であり、ザザの手にしている大剣は、一級大業師ククリが打った不朽の銘刀キハザクラ。その湾曲した薄紅色の刀身は、如何にグリッドベアが誇る分厚い皮下脂肪であろうと、一刀の名の下に。太い図体を輪切りにするだろう。
要は、どちらの牙が先に相手に届くかという勝負である。
その勝負は一瞬で決した。
少年が、うわっ!危ない!と目を閉じた瞬間に。
グリッドベアは、自分の間合いに飛び込んで来た命知らずのハンターめがけ、振り上げていた太い右腕を振り下ろす。
ここで少年は目を瞑ってしまったのだが、ザザは低い姿勢を保ったまま、身体を90度反転。半身になり、巨熊の一撃をギリギリのところで躱すと、振り下ろされた右腕を這うように銘刀キハザクラを振り抜いた。
ザザの放った一撃は、グリッドベアの右肩口から左の脇腹にかけて切り裂き、凄まじい量の鮮血が辺りに飛び散る。
「ギャウンンン……」
悲鳴にも似た鳴声を上げたグリッドベアは、ズゥゥゥゥンと、大きな音を立てその場に崩れ落ちた。
「フーーーーッ」
ザザは大きく息を吐いて、返り血で前が見えづらくなったゴーグルを外し、鮮血で染まった顔を左手の甲で拭った。
「手間かけさせやがって……何人喰ったんだよ。お前」
ザザは一流のハンターだ。グリッドベアがうつ伏せに崩れ落ちたとはいえ、警戒を緩める気はさらさら無い。それは、先人達が残した苦い記録からであろう。
《魔獣という奴ぁ。例え、心の臓が止まったとしても、頭だけで動きやがる。いいか!よく覚えておけザザ。勝ったと思った瞬間が一番危ねぇんだ》
これは、今は亡きザザの師匠"ゼブラ・セビラハート"の教えであり、ザザはその教えを忠実に守っていた。
「悪いが、私は油断しないからね」
「グギャィィィィィィィ………ン…ン…。。」
ザザはグリッドベアの背中に大剣を突き立てる。背中に大剣を突き立てられたグリッドベアは、力無く断末魔を上げて絶命した。
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