極妻、乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生しちゃいました!

ハルン

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No.94

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目の前の本棚には、世界各国の様々な文化に関する本が大量に収められていた。

(えっと…、ジャポーン、ジャポーン………あった!)

お目当ての本を見つけたサーシャは、その本を手に取り机に向かう。5歳の身体には、少しばかり重い本を何とか机の上に乗せて、サーシャはペラッと本を捲る。

(うわっ…!これって、着物だよね?)

最初のページには、現世では見慣れた、しかしこの世界では見慣れない服を着た人物が描かれていた。他にも、分厚い剣では無く、薄い刀と呼ばれる武器やサムライと呼ばれる人々の事などが記されていた。

緑茶みどりちゃの存在を知ってから、薄々は分かってはいたけど…)

このジャポーンという東にある島国は、どう考えても昔の日本と変わらない文化を持つ国だ。

(そもそも、ジャポーンって…。まんま日本じゃない)

ペラペラとページを捲りながら、サーシャは考える。

(そもそも、此処は異世界なのよね?それとも、パラレルワールドが変質した世界なのかしら?)

分かっているのは、極妻だった女が死んで前世とは別の世界にサーシャとして転生した事。そこには、サーシャと同じ世界である前世の記憶を持つ者が複数人はいる事。そして、この世界には前世と似た様な国が存在する事。

「………どうして、私は前世の記憶を持って生まれ変わったのかしら」

サーシャとして生きている今、大事なのは終わった前世では無く、今生きている時だと分かっている。だが、こうして目の前に前世を思い出させる様なモノを見つける度に、サーシャの思考は今は無き前世へと巻き戻る。


ーーそうして、一瞬でも考えてしまうのだ。


『あの人も、もしかしたらこの世界には生まれ変わっているのでは?』と。

前世で彼女が愛した、たった一人の男。
世間的に、人々から非難される立場の男であった。

それでも、それら全てを含めて愛おしいと思え、人生全てを賭けて愛した彼女の唯一の夫。


(『   』…)

心の中で前世の夫の名を呼ぶが、霧がかかった様に思い出せない。この世界には馴染めば馴染む程、前世の記憶が薄れて来ているのが分かる。

(もう、貴方の顔も名前も思い出せない)

ゆっくりと、穏やかに消えていく前世の記憶。
悲しいと言ったら嘘になる。
愛する夫や子供、組の皆んなの事を忘れていくのは泣きそうになる程に辛い。

(………だけど、これでいいわ)

サーシャとして生きていくこの人生では、前世の記憶は不要なモノだ。本来、人は前世の記憶などを持って生まれて来ない。それは、そうする必要があるからだとサーシャは思っていた。

そう考えれば、サーシャや他の者達に前世の記憶があるのには何か意味があるのかも知れ無い。
だが、緩やかに記憶が消えていく事にも何か意味がある事なのだろう。

(大丈夫。顔や名前を忘れても、皆んなと学んで築いて来た大切なモノは決して忘れないから)

滲んだ涙を拭って、サーシャは止まっていたページを捲る手を再び動かしたのだった。




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