魔法の講師をお願いしたら、国で一番の魔道師が来てしまいました。

香口 深衣

文字の大きさ
6 / 33

魔法の講師をお願いしたら、国で一番の魔道師が来てしまいました③

しおりを挟む
「目が覚めましたか?」

 そう声をかけられ、私は慌てて体を起こそうとするが、ひどい目眩に襲われて頭を押さえる。視線だけを声の方に向けると、クルス様が心配そうに私を見ていた。

「動いてはいけませんよ。」

「…ここは?」

「貴女の部屋です。」

「…あの人たちはっ!」

 ボヤけた頭が回転を始め、街でのことを思い出す。慌てて私は体を起こして、再び目眩に襲われた。倒れそうになるのを、クルス様が支えてくれる。

「だから、動いてはダメですよ。…あの二人なら無事です。」

 クルス様の言葉に私はホッとする。

「ありがとう。貴女のお陰で、命が失われずに済みました。」

 そう言って私の手に触れようとして、クルス様は躊躇った。

「どうかされましたか?」

「いえ、何でもないですよ。」

「…隠し事はダメです。」

 困ったように笑って誤魔化そうとするので、私はいつものクルス様のように顔を覗き込んでみる。

「貴女には敵いませんね。」

「クルス様には負けますよ。」

 お互いに笑ってしまう。こんなやり取りがとても愛おしいと感じる。だけど、クルス様の顔はすぐに暗いものへと変わった。

「…。…私、人を魔法で殺したことがあるのです。」

 予想は何となくしていたので、私は驚かなかった。静かに話の続きを待っていると、意外そうな顔でクルス様が私を見る。

「驚かないのですね。」

「何となく予想していたので…でも、どうしてか知りたいです。」

「聞いても暗い気持ちになるだけですよ。」

「それでも…知りたいです。」

 私が折れないと観念したのか、クルス様はため息をつくと、静かに話し始めた。

「…トレである私は3種類の属性を操ることができるために、魔力が普通の人より遥かに多く、そのコントロールが難しかったのです。」

 私が黙っていると、何だか寂しそうに微笑んでクルス様は続ける。

「ですが、私は貴女と違って自分の魔力を甘くみておりました。自分はこの力を操れる、すごい奴なのだと過信していたのです。…そして、事件は起きました。ある日、魔法での模擬試合があったのですが、私は対戦相手を炎の魔法で殺してしまった。」

 悲しそうな未だ後悔しているような顔をする。

「だから、私はその後、魔法研究に没頭しました。そして、数年前にようやくコントロールが出来るようになったのです。そんなんだから、婚約者にも愛想を尽かされ、この歳まで独り身なのですけれど…」

「…それ、癖ですよね?」

「えっ?」

 私に向ける微笑みは作り笑い。

「クルス様。無理に笑う必要はありません。せめて私の前では、ありのままでいてください。」

 私はクルス様の手を取り微笑む。

 すると、その手を引かれ、クルス様の腕の中にすっぽりと収まった。

「少しだけこのままでいさせてください。」

 慌てる私の耳元に聞こえる声に、さらに心臓は跳ね上がる。私の心はパニック状態だったが、抵抗する気持ちはなかった。


 あぁ、そうか…


「…実は、貴女のことを知ったときに、居ても立っても居られず、講師を名乗り出たのです。」

「私の魔力を知っていたのですね。」

「ええ。ですが、貴女はちゃんと自身の力を理解していました。」

「いえ、そんな…」

「理解されているからこそ、魔法が使えないことにしていたのでしょう?」

「そんなことまで考えていませんよ。私はただ怖かったのです。魔力が暴走することが…。」

 クルス様になら話しても良いかと、私は心を決める。

「…私は、6種類の属性を持っています。」

「!?」

    言葉はなかったが、クルス様は目を剥いていた。

「風、光、水、時、雷、闇の魔法です。」

「それは…」

「ええ、おそらくこの世界にそんな魔法使いはいないでしょうね。古い文献にも載っていませんでしたから。」

「そうでしょうね。私も初めて聞きました。」

「だから、私は魔法を使わないことに決めたのです。ですが、この国で魔法が使えないというのは、好きな人との婚約すら叶わなくなることなのだと、痛感しました。それで、見かねた母が魔法講師を呼んだのです。」

 私が魔法を習う動機なんて、クルス様の話に比べたら低レベルなものだ。何だかそれが無性に恥ずかしくなって、私は笑って誤魔化した。

「好きな方というのは…」

「伯爵家の長男で、幼馴染みです。」

「そうでしたか…ですが、それなら…」

「え?」

「いえ、数日後になれば分かるかと…」

 首をかしげると、クルス様は何だか少し困ったように笑ったのだった。



 数日後、私は国王に呼ばれて王城へと来ていた。何かと思えば、先日の一件で見事、俗を捕まえたという褒章の授与だった。

「アイリス様!」

 声をかけられたのは授与式のあと、先程まで国王の隣にいたはずのクルス様が、走ってこちらに向かってくる。

 前に会ったのが事件の日だったから、会うのは数日ぶりだ。私は何だかとても長い時間会っていないような気持ちで、声をかけられただけで心が弾んだ。息が上がっており相当慌てて来たのだと分かる。

「クルス様、何もそんなに慌てなくても…」

「お…おめでとうを…伝えたくて…」

 膝に手をついて息を整えるクルス様。

「ハァ…アイリス様、おめでとうございます。」

「ありがとうございます。…って、クルス様の手柄でもありますよね?」

「いや、あれはほとんど貴女の手柄ですよ。」

 一体、どう報告したのだろうか?確かに行き過ぎたところはあったけれども、彼らを捕まえたのはクルス様なのに。

「それだけのために、そんなに息を切らして来たのですか?」

「どうしても一番に声をかけたかったので。…これくらいの抵抗は許してもらわないと…」

 後半は呟くように言うので、私の耳に届かなくて、聞き返そうとしたところに後ろから声がかかる。

「アイリス!」

「え?イルシュ?」

「すまない…取り込み中だったか?」

「えっと…」

「大丈夫ですよ。私の用事は終わりましたので…では…」

 そう言うとクルス様は王城の方へと行ってしまう。

「ど、どうしたの?」

「い、いや、えっと…今日はおめでとう。…お前、魔法…使えたんだな。」

「え、ええ。使えるようになったのよ。」

 クルス様のお陰でね。と、心の中だけで想う。

「そ、それで…えっと、そのぉ…」

 何だか落ち着かないようすのイルシュ。何を言うのだろうと待っていると、決心したようにこちらを見る。

「俺と結婚して欲しい。」

「…えっ?」

「一度断っておいて、悪いとは思うが、魔法を使えない相手とは結婚できなかったんだ。分かって欲しい。」

「う、うん。」

「なら…」










「お断り致します。ごめんなさい。」

「…。…そうか。」

  イルシュはあっさりと受け入れたようで、私は驚く。

「潔いのね。」

「ああ…。ダメ元のつもりだったからな。」

「ダメ元で声をかけたの?」

「一縷の望みをかけたんだ。」

 笑っては失礼だと思ったけど、どうしても笑みが溢れてしまう。だって、私と似ていると思ったから。こう言うところが私に合っていると思って、彼を好きになったんだ。だけど、それはもう過去のこと。

「じゃあ、私はこれで…追いかけないと行けないから。」

「ああ。頑張れよ。」

「イルシュ、ありがとう。」

 似た者同士というのだろう。相手の気持ちなんて、手に取るように分かる。私とイルシュはそういう関係だった。
    何だか少しだけ、寂しい気持ちになる。
    だけど、私は新しい恋へとぶつかる決心をして、クルス様の後を追いかけた。

「クルス様っ。」

 駆けて来た私を驚いた様子で、クルス様は迎える。

「どうしましたか?」

「つ…伝えたいことが…あって…」

 そこまで言うと、上がった息を整える。ドキドキは止まらなかったが、私は覚悟を決めてクルス様を見る。

「私を、お嫁にもらってくださいっ!」

「えっ!?」

 私は人生最大の告白をした。高揚するのは走ったせいなのか、はたまた告白のせいなのか分からない。ただ、答えを聞くのが怖くて、私は息を整えるふりをして、うつ向いていた。

「本気なのですか?」

 疑問で返されるなんて思っていなかったので、私は彼を見上げる。紫の瞳が私を捉えた。

「今の言葉は本気なのでしょうか?後で、取り消したり…」

「そんなことしませんよっ。」

「本当に?」

 瞳を覗き込むように問われて、私はたじろぐ。

「わ、私を何だと思っているんですかっ。」

「良いんですね。…言質は取りましたからね。」

「えっ?」

 何を言っているのかと困惑する私の手を強引に引き寄せ、クルス様は私を抱き寄せるようにキスをした。私は頭が真っ白になり、動けなくなる。

 唇が離れ解放されるかとホッとしたら、ギュッと抱き締められて耳元で囁かれる。

「もう、逃げられませんよ。」

「クルス様、なにを…」

 何言ってるのかと抗議しようとして、言葉を奪うように再び唇を重ねる。

「…クルスと呼んでください。」

「そんな、すぐには…」

 反論しようものなら、と、再び口付けをしようと近づいてくる。周りには見物人がその数を増やしている。私はそれに耐えられず、観念して叫ぶ。

「く、クルスっ。こ、これ以上は…」

「これ以上は?」

「は、恥ずかしいので…」

「人がいなければ良いのですか?」

 コクンと頷く。恥ずかしくて彼の顔が見れないでいると、静かになったことに気付いた。不思議に思って顔を上げると、耳まで真っ赤にした彼の姿が映る。

「…そんな反応はズルいです。」

 先程までの獣のような鋭さは消えて、恥ずかしそうに顔を隠すクルスはそう言って視線をそらせた。

 そんな国で一番の魔道師の可愛らしい姿に、私は一番幸せな笑みを浮かべたのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

処理中です...