魔法の講師をお願いしたら、国で一番の魔道師が来てしまいました。

香口 深衣

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せっかくヒロインに転生したのに、攻略対象外でした ①

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 よく異世界ものだとか言って、死後に異世界へと転生する物語がたくさんあるが、私もそんな物語を楽しんだ読者の一員だった。良いな良いなと辛い現実世界から逃避するために、毎晩読み漁っていた。

 そんなある日、仕事で嫌なことがあって、自棄酒やけざけをしていた私は酒の追加を買いに行く途中で死んだ。

 どうやら転んで階段から落ちたらしい。

 らしい?と、思うかもしれないが泥酔してたから覚えてないのだ。恥ずかしいような情けないような。


 まだうら若き30代だったのに……


 しくしく…



 って、なんでしくしくと泣いていられるかって…それは、本当に異世界に転生しちゃったから。ビックリだよね。ホントに。


 と言うわけで、少しだけ時は戻って…


 痛む頭に酷い二日酔いだと確信した私は、目を開いてギョッとした。酔いがサッと覚めるように、頭だけが冷静に回転を始める。

 天蓋付きの高級そうなベッドに、金銀に輝く家具。極めつけはメイド服を着た可愛い子たちが、私を心配そうに見つめていることだった。

 おいおい、これどんなご褒美よ?なーんて思っていると、綺麗なドレスを着た40代くらいの女性が部屋の奥から現れた。
    女性は目を赤く腫らしていた。寝不足なのか目元に隈もできていた。
    そんな心身ともに疲れきった女性は、私の目の前に来るとギュッと私を抱きしめた。

「アナベル、ああ、良かったわ。本当に…」

「ええっとぉ…お母様?」

 こういう場合、基本、母親が登場するだろうと冷静に考えて声にすれば、自分の声じゃない鈴を転がすような声が出て驚く。誰だこれ?

 鏡を見たい衝動にかられたが、まさか涙を流す母親を無視して、鏡を見ることなんて出来ない。それを許されるのは俳優や女優など顔で仕事をする一部の人間か、ナルシストだけだ。

 私を抱き締める母親であるだろう女性は、私の言葉に反応して、私の頬に手を当てると嬉しそうな顔を見せる。

「意識を取り戻しても、記憶を失っている可能性があると聞いて、気が気じゃなかったのよ。」

 嬉しいのだろう娘の記憶がなくなっていなかったことが…そんな母親に、記憶なんて持っていない私は、とても申し訳ない気持ちになった。

「母と認識があるのでしたら、大丈夫そうですわね。」

 ホッと胸をなでおろし、母親らしき女性はメイドに医者を呼ぶよう伝えた。




 これが私の転生直後の出来事だった。




 それから私が分かったことは大きく分けて2つある。

 1つは先程から言っているけど、私が転生をしたということ。さらに言うと、10代の女性になったようだ。名前はアナベル。

 どうやら、彼女も足を滑らせて階段から転がり落ちたらしい。もちろん、こちらは泥酔じゃない。

 なにやら、図書館で令嬢と揉めて突き飛ばされたとか。その令嬢はそのまま逃げたらしくて、名前も顔も分からないらしい。

 それから分かったことの2つ目は、この世界がどうも、生前遊んでいた恋愛系のゲームなのではないか?ということ。内容がとても似ているのだ。

 男性向けの恋愛ゲームなのだが、私は可愛い女の子が好きで、はまって完全攻略していた。

 名前や鏡で自分の顔を見て確信したのだ。そしてしかも、私は攻略対象となるヒロインだった。

 主人公の名前はフレックス・ウィルソン。公爵令息で少々気の弱い男。見た目は金髪碧眼という世界ではよくある美形男子だった。ゲームでは主人公に顔はないので、何だか不思議な気持ちになる。

 そして、私はアナベル・テイラー。活発な女の子で、フレックスを引っ張っていくようなタイプの女性。ヒロインの中では最も簡単に、攻略できるキャラクター。しかも、どのルートを選んでも基本的に必ず出てくる人物なのだ。

 私にとって、これはとてもラッキーなことだった。

 悪役令嬢でなければモブキャラでもない。つまり、他の転生ものでよくある、死のルートを回避しなければ!的なことはないのだ。

 私は嬉々として、フレックスとの出会いのシーンを待つことにしたのは言うまでもない。

 その間に、必要な教養を学び、知識を得るために本もたくさん読んだ。




 そして、1年の時が流れる…




「なんで出会いのシーンが来ないのよー!!!」



 私の叫びは空しく部屋に響き渡る。今はメイドも誰もいない。だから叫んでも誰も聞いていない。

 本来であれば学校の入学前にフレックスに出会い、そこから2人は恋に落ちていきラブラブな学校生活を送る。

 もし、アナベルルートじゃなくても、やはり入学前にフレックスと出会っている。

 だから、私はフレックスと恋人になれなかったら、最悪、学校生活で彼と仲良くなり、彼の知り合いを紹介してもらって、自分の望む婚約へ漕ぎつけると思っていた。

 私の望みは玉の輿。と、安定した生活。

 前世が別に貧乏だったという訳ではないが、使えるお金には制限があったし、仕事のストレスで情緒不安定な時期もあったので、そういうのとは無縁な生活を送りたかったのだ。なのに…

 なぜ彼は現れないのか!!?

 何を間違えた?というか、間違える要素あったか?だって、プロローグすら始まらなかったんですよ?私に非ある?

 考えても答えは出なかった。

 結局、私はフレックスに出会うことなく、入学の日を迎えたのだった。

 エスコートを兄に任せて、入学式もとい入学のパーティーへと向かった。

 皆、綺麗なドレスに身を包み、お洒落な格好をしている。そんな目の保養を眺めていて、私はその目を落としそうになった。実際落としたわけじゃないが…それくらい驚いたのだ。


 私の見つけた先には、フレックスと彼がエスコートする女性の姿。


「いつ見てもお似合いですわよね。さすがオリビア様ですわ。」

「ええ、あのフレックス様と並べるのはオリビア様以外ないですわ。」

 隣にいた少女たちが、そちらを見ながら口々に言う。

 “オリビアだって!?”

 叫びそうになるのを、口を押さえて堪えた。

 オリビア・ホランド。彼女は普通にゲームをしても出てこない。

 つまり隠しキャラだ。

 彼女の登場には、フレックスがヒロインたちに嫌われるのが必須。しかも、彼女はかなりきつい性格で周りからも嫌われているようなキャラクターだったはず。

 なのに、今私の目の前にいる彼女は、周りを圧倒する程の美しさで輝いている。周りの人々も彼女に釘付けだった。

 私も生の隠しキャラに目を輝かせる。いつまでも眺めていたい気持ちだったのに、耳を疑う言葉に私は現実へと戻された。

「…それに引き換え…」

 そう言って隣でオリビアの美しさを賞賛していた1人が私の方を見る。

 それに私はビクリと身をすくめた。

 というのも、その少女の目がとてつもなく冷ややかなものだったからだ。ゴミでも見るかの瞳に、私は何が起こっているのか全く理解できなかった。

「フレックス様との約束を反故ほごになさった上に、謝罪すらなかったのですって。」

「聞きましたわ。しかも、お断りの連絡もなかったせいで、フレックス様は一日中、アナベル様をお待ちになったそうよ。」

 ひそひそせず私に聞こえるように会話する少女たちに、私は頭が真っ白になった。

 “私が約束を反故にした?何の話をしているの?フレックスは私の屋敷に挨拶をしに来るはずではなかったの?”

 そんなことを考えて、隣にいる兄を見る。兄には彼女たちの声は聞こえていないようで、手にしたドリンクを嗜んでいた。

「お、お兄様。」

「なんだい?アナベル。」

「わ、私、フレックス様との約束を反故にしましたの?」

「え?そうなのかい?私は知らないよ。」

「何だか、周りの視線が冷たい気がしたので…」

「うーん、そう?気のせいじゃないかい?」

「そうでしょうか?」

 この視線を見て、気のせいと言うのか?もしかして、お兄様は頭お花畑なの?

 そんな失礼なことを考えていると、お兄様は何か思い出したように、私を見た。

「…ああ…でも、アナベル。」

「はい?」

「確か、フレックスと文通をしていたよね?それはどうしたんだい?」

「え?」

 今度こそ私の頭はフリーズした。

 家に戻り、私は自分の部屋にあるだろう手紙を探した。強盗に襲われたのではないかと思うくらい部屋が散らかってしまったが、お目当てのものは無事に見つかる。

 そして、見つけた手紙の山を読み漁る。そこには、読んでいる私まで恥ずかしくなるような、ラブラブっぷりな内容が書き綴られていた。

 そして、最後の手紙を見て私は愕然がくぜんとする。そこには、デートの約束が書いてあり、日時と場所が書いてあったのだ。そして、封筒の中には銀の指輪が入っていた。

 これは結婚したい相手に送るもので、婚約指輪みたいなものだった。承諾する場合には結婚までの間、2人でお揃いの銀の指輪をはめる。そして、結婚したら金の指輪をはめるのが、この世界での習わしだった。

 銀の指輪を送ってくるということは私の予想通り、私とフレックスはそういう仲だったということだろう。

 だけど、王道のヒロインだから何もせずとも向こうからやって来ると私は思い込み、肝心なこの世界でのアナベルの情報を得ようとしなかった。

 そのせいで、私は今、窮地に立たされている。

 私の評価はおそらく底辺にまで落ちているだろう。死のルートはないと思うが、このままでは私の望む将来を得ることは難しいと感じた。

 だけど、今謝ったところで、もう遅いだろう。約束はもう1年も前のものだ。

 失った信用を取り戻すのは、並大抵の努力じゃ足りない。私は絶望するしかなかったのだ。



 それから私は学校で様々な嫌がらせを受けた。教科書を隠されたり、わざとぶつかられたり。酷い時には手を上げられたり水をかけられたりすることもあった。

 覚悟をしていたつもりだったが、さすがに精神的に滅入って来ている。前世のいじめと何ら変わりない。人間なんてどこの世界も同じかと、希望も何もなくなった新しい世界に、私は落胆していた。

ーそんなある日のこと

 私は廊下で思いっきり突き飛ばされ、手にしていた書類のせいで、体制を保つことも出来ずに盛大に転んでしまった。もちろん書類も床に撒き散らしてしまう。

「あら、ごめんなさい。」

 そう言って少女たちは立ち去った。


謝るなら拾ってけよ……

って、これどうしよう…


 目の間に散らばった書類を見て私はため息が漏れる。
    もう、このどうしようもできない状況に、私は涙が出そうになった。

 周りに私を助けてくれる人間はいない。皆、私を避けて通り、冷たい視線に嘲笑と囁きが耳に届く。


 自業自得だと。


 考える気力も抵抗する体力もなく、ボーっとしていた私の目の前に書類の束が差し出される。

「ほいよ。」

「…あ、ありがとう。」

 無意識に礼を言って、差し出した書類を受け取った。呆けた眼差しで書類を拾ってくれた人物を見て、私は固まった。
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