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第ニ幕
終章
しおりを挟む「…き。…ゆ…き…雪!」
聞き馴染みのある声が聞こえてくる。何だか香ばしい匂いもするなと、目を開けると翠が呆れ顔で立っていた。
どうやら自分は雨と仕事が退屈過ぎて眠っていたらしい。
「翠、おはよう。」
「寝ぼけてるのかよ…もうすぐ、日が暮れる時間だぞ。」
おや、珍しいと雪は思う。
「ああ、今日は李珀がいないのね。」
「本当に寝ぼけてるのか?」
よくしゃべる翠を見て言えば、本気で心配し始める翠。
それを見て雪は何だか可笑しくなってしまう。
「何だか懐かしくて。」
出会った頃の翠は、雪の前で比較的よくしゃべる方だった。だけど、あの一件以来、口数が減って本当に二人きりの時だけ、こんな風に感情を出してしゃべってくれる。
雪ですら、感情を読むのが難しくなっているのだから、彼の演技はなかなかなものだと思う。隠密としては、良いことなのだろうが、何だか寂しくも感じる。だから、雪は任務中である彼に悪戯をすることがあるのだ。
「翠と出会った頃の夢を見たのよ。あの頃の翠、可愛かったなぁ…」
じぃっと、見つめると恥ずかしそうに視線をそらせる翠。何だかそれもまた可愛いと思う。
「翠、可愛いね。」
「なっ、何言ってるんだよっ。お前いつもそれ言うよな。」
「慌ててるのが可愛いくて…つい?」
「俺は全然嬉しくないっ。」
「そうなの?」
「そ、そんなことより、お菓子をもらってきた。」
ああ。と、雪は翠の持っていた皿を見る。翠は机にそれを置くと、蓋を外した。皿の上には、東刃の焼き菓子が置かれている。高価なものだ。雪はそれを見て嫌な予感がして、翠を見ると彼もまた嫌そうな顔をした。
「これだけが、届いた訳じゃないでしょ。」
「ああ、書状と一緒に送られてきた。」
答えながら、翠はもうひとつ手にしていた書状を渡してくれる。雪がそれに目を通す間、彼は持って来た水筒から硝子で出来た湯呑みにお茶を注ぐ。
「はぁ…」
「やはり厄介事か?」
「ええ、まぁ…そうね。」
「煮え切らない言い方だな。」
「いえ、書かれていることは、工西のことで、戦の準備が進んでいるという内容なんだけど……」
「なんだよ。」
「どうも、戦に工西の王が関与しているみたいなの。」
「それって、おかしくないか?」
「ええ。」
雪は頷いてから、翠が入れてくれたお茶を口に含む。苦味が口に広がった。
「内乱は国にとって不利益にしかならない。なのに、王が加担しているの。」
「何か裏がありそうだな。」
「…そうね。」
再びお茶を啜るがやはり苦く眉間に皺がよる。焼き菓子に手を伸ばして、ひとつを口に放る。サクッとして、牛酪の香りが口の中に広がる。目の前にいた翠もちゃっかりと焼き菓子を美味しそうに食べている。
雪はこの小さな幸せな時間を大切にするように、焼き菓子をゆっくりと味わった。
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