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3,目撃(下)
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放課後は絶対に隠れ場所に行こうと決めていた。あの後、耀くんがどうなったのかはわからず、怪我や体調のこと、そして先生に嘘をついた理由が気になって授業中は上の空だった。学校で話しかけることができないとしても隠れ場所なら理由を聞けるのではないかと思ったのだ。
放課後になって公園へ。フェンスを上る指先はいつもより冷えていて、昼休みの動揺がまだ残っているのかもしれない。放課後ここにきても耀くんが来ないこともあるから、今日だって来るかわからない。でも、暗くなるまで待ち続けようと決めていた。今日がだめなら明日でもいい。とにかく今、耀くんとここで話がしたい。
普段より長く感じる斜面をのぼりおえて隠れ場所へ向かうと、見慣れた男子制服が視界に入った。その人物はいつものように丸太に腰かけて、国道をぼんやりと眺めている。
「……さっきは、ありがとうな」
耀くん、と名前を呼ぶよりも先に唇が開く。それは国道から聞こえる走行音に紛れて消えてしまいそうな小さな声だった。
その一言でここにいることを許された気がしてほっとした。何よりも拒否をされないことが嬉しい。私は安堵して、彼の隣に腰を下ろす。
「怪我、大丈夫?」
「それなりに」
「無理しないでね。具合ひどかったらちゃんと病院に行って」
「そこらへんは……その、慣れてるから。大丈夫」
慣れている。その一言は耀くんが発したサインなのだろう。私が見てしまったものは、今日だけが特別ではない。普段から行われていることに違いない。
頭に浮かぶ単語。自然と口にしていた。
「いじめ……られてるの?」
耀くんはすぐには答えなかった。時間の流れが急に遅くなって、むしろ止まってしまったかのように。でも国道を走る車はいつもの速さだから、きっと私だけがおかしいのだ。耀くんの言葉を待って、焦れているから。
ようやくその唇が紡いだのは肯定でも否定でもない「いいんだよ、もう」という諦めだった。見れば彼はぼんやりと遠くを眺めていて、そこは国道よりも遠く、地球の芯があるのならそこに届きそうなほど深い場所に向けられているようだった。
「殴られようが蹴られようが、俺が無視してればいいだけだから」
そのまなざしを私も知っている。耀くんが抱く諦念は私もよく知っている。その姿はやはり中学生の時の私に似ていて、ひどく胸が苦しい。
「よくないよ。暴力も、いじめもだめ」
「……そんなこと言われても、どうしようもないんだ」
「諦めちゃだめ。先生に言う、とか方法は――」
言いかけて、止めた。先生に言うだけで簡単に収まるのなら、耀くんはそうしているだろう。過去の私だって、きっとそうしていた。
いじめから逃れることは難しい。先生に相談をすれば表向きは収まるが水面下では地獄が続く。より陰湿になって、誰にも相談できないように逃げ道を塞がれていく。中には先生や他の大人にいじめを告げることのないよう、最初から手を打ってくる者もいる。
私がそうだったじゃないか。だから誰にも言うことなんてできなかったし、諦めて学校から離れたのに。
気づけば、耀くんはじっと私を見つめていた。心中で行われていたこの自問自答を聞いていたと言わんばかりに。
「俺とはじめて会った時、お前はどうして学校に行かなかったんだ?」
「……わ、たしは、」
「まあ、察しはついてるからいいよ。俺と似たようなもんだろ」
すぐに答えられなかったのは、まだ中学生の時に受けた傷を忘れていないからだ。口にすることができなくてきゅっと唇を噛み締める。
「でもお前すごいな。昼休み、お前があんな風に止めに入ると思わなくてびっくりしたよ。どこにあんな勇気があるんだ」
「先生を呼んだなんて言ったけど、本当は先生を呼びにいく時間もなくて。だからあの場を止められたのは偶然だよ」
「それでもすごいよ。お前は、俺が思っているよりも強いんだな」
本当は逃げ出してしまいたいほどに怖かった。でも最後に私を踏みとどまらせたのは、白猫との約束だった。あのおかげで、どうせ地球は殺されるんだからと開き直ることができたのだ。
それを耀くんに話すことはできなかった。喋る白猫に地球が殺される、なんて誰が信じてくれるだろう。彼にも呆れられるに違いないと呑みこんでおく。
「助かったし、嬉しかったけど……今度から止めなくていいからな」
紡がれたものは予想外の言葉に終着していたから、驚いて耀くんを見上げてしまった。
「お前まで巻きこみたくない。だから学校で俺に話しかけてほしくないし、また同じようなことが起きても俺のことは無視してほしい」
「でもそれじゃ、耀くんは」
止める人がいなかったら、耀くんはされるがままになる。納得できずにいる私に、耀くんはもう一度諦めの呪文を唱えた。
「いいんだよ、もう」
そのまなざしは私から離れて、国道の方へと向けられている。やはり地面の底を抉るような深い絶望の色を秘めて。
私はそこに耀くんの優しさを見つけてしまったのだ。『学校で俺に話しかけるな』と言ったのは、私までいじめられることがないようにするため。今日ここで私を待っていたのは、また私がいじめを止めにはいることのないよう忠告するため。昼休みに痛めつけられた場所はまだ痛むだろう。でも耀くんは泣いたり苦しんだりする様子なく、それを隠している。それも私に心配かけないため、なのかもしれない。
この人は、優しい。優しいから諦めてしまうんだ。
その答えと共に疑問が浮かぶ。この優しい人をこの状況に落としこんだのは何が理由なのだろう。彼は何が原因でこの辛さを味わっているのか。
きっと聞いても教えてくれないだろう。耀くんは優しいから。
放課後になって公園へ。フェンスを上る指先はいつもより冷えていて、昼休みの動揺がまだ残っているのかもしれない。放課後ここにきても耀くんが来ないこともあるから、今日だって来るかわからない。でも、暗くなるまで待ち続けようと決めていた。今日がだめなら明日でもいい。とにかく今、耀くんとここで話がしたい。
普段より長く感じる斜面をのぼりおえて隠れ場所へ向かうと、見慣れた男子制服が視界に入った。その人物はいつものように丸太に腰かけて、国道をぼんやりと眺めている。
「……さっきは、ありがとうな」
耀くん、と名前を呼ぶよりも先に唇が開く。それは国道から聞こえる走行音に紛れて消えてしまいそうな小さな声だった。
その一言でここにいることを許された気がしてほっとした。何よりも拒否をされないことが嬉しい。私は安堵して、彼の隣に腰を下ろす。
「怪我、大丈夫?」
「それなりに」
「無理しないでね。具合ひどかったらちゃんと病院に行って」
「そこらへんは……その、慣れてるから。大丈夫」
慣れている。その一言は耀くんが発したサインなのだろう。私が見てしまったものは、今日だけが特別ではない。普段から行われていることに違いない。
頭に浮かぶ単語。自然と口にしていた。
「いじめ……られてるの?」
耀くんはすぐには答えなかった。時間の流れが急に遅くなって、むしろ止まってしまったかのように。でも国道を走る車はいつもの速さだから、きっと私だけがおかしいのだ。耀くんの言葉を待って、焦れているから。
ようやくその唇が紡いだのは肯定でも否定でもない「いいんだよ、もう」という諦めだった。見れば彼はぼんやりと遠くを眺めていて、そこは国道よりも遠く、地球の芯があるのならそこに届きそうなほど深い場所に向けられているようだった。
「殴られようが蹴られようが、俺が無視してればいいだけだから」
そのまなざしを私も知っている。耀くんが抱く諦念は私もよく知っている。その姿はやはり中学生の時の私に似ていて、ひどく胸が苦しい。
「よくないよ。暴力も、いじめもだめ」
「……そんなこと言われても、どうしようもないんだ」
「諦めちゃだめ。先生に言う、とか方法は――」
言いかけて、止めた。先生に言うだけで簡単に収まるのなら、耀くんはそうしているだろう。過去の私だって、きっとそうしていた。
いじめから逃れることは難しい。先生に相談をすれば表向きは収まるが水面下では地獄が続く。より陰湿になって、誰にも相談できないように逃げ道を塞がれていく。中には先生や他の大人にいじめを告げることのないよう、最初から手を打ってくる者もいる。
私がそうだったじゃないか。だから誰にも言うことなんてできなかったし、諦めて学校から離れたのに。
気づけば、耀くんはじっと私を見つめていた。心中で行われていたこの自問自答を聞いていたと言わんばかりに。
「俺とはじめて会った時、お前はどうして学校に行かなかったんだ?」
「……わ、たしは、」
「まあ、察しはついてるからいいよ。俺と似たようなもんだろ」
すぐに答えられなかったのは、まだ中学生の時に受けた傷を忘れていないからだ。口にすることができなくてきゅっと唇を噛み締める。
「でもお前すごいな。昼休み、お前があんな風に止めに入ると思わなくてびっくりしたよ。どこにあんな勇気があるんだ」
「先生を呼んだなんて言ったけど、本当は先生を呼びにいく時間もなくて。だからあの場を止められたのは偶然だよ」
「それでもすごいよ。お前は、俺が思っているよりも強いんだな」
本当は逃げ出してしまいたいほどに怖かった。でも最後に私を踏みとどまらせたのは、白猫との約束だった。あのおかげで、どうせ地球は殺されるんだからと開き直ることができたのだ。
それを耀くんに話すことはできなかった。喋る白猫に地球が殺される、なんて誰が信じてくれるだろう。彼にも呆れられるに違いないと呑みこんでおく。
「助かったし、嬉しかったけど……今度から止めなくていいからな」
紡がれたものは予想外の言葉に終着していたから、驚いて耀くんを見上げてしまった。
「お前まで巻きこみたくない。だから学校で俺に話しかけてほしくないし、また同じようなことが起きても俺のことは無視してほしい」
「でもそれじゃ、耀くんは」
止める人がいなかったら、耀くんはされるがままになる。納得できずにいる私に、耀くんはもう一度諦めの呪文を唱えた。
「いいんだよ、もう」
そのまなざしは私から離れて、国道の方へと向けられている。やはり地面の底を抉るような深い絶望の色を秘めて。
私はそこに耀くんの優しさを見つけてしまったのだ。『学校で俺に話しかけるな』と言ったのは、私までいじめられることがないようにするため。今日ここで私を待っていたのは、また私がいじめを止めにはいることのないよう忠告するため。昼休みに痛めつけられた場所はまだ痛むだろう。でも耀くんは泣いたり苦しんだりする様子なく、それを隠している。それも私に心配かけないため、なのかもしれない。
この人は、優しい。優しいから諦めてしまうんだ。
その答えと共に疑問が浮かぶ。この優しい人をこの状況に落としこんだのは何が理由なのだろう。彼は何が原因でこの辛さを味わっているのか。
きっと聞いても教えてくれないだろう。耀くんは優しいから。
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