地球を殺すと決めた、地球で恋に落ちた

松藤かるり

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7,迷路(下)

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 夢を見ているのだということはわかっていた。重たいものがのしかかっていて体が動かない。視界は赤くて、あちこちで弾ける音が聞こえて、夢の私はそれを火の中にいるようだと考えていた。

 不思議と痛みはなかった。火中にいると考えているのに熱さも苦しさも感じない。唯一感じるのは絶望だった。体が動けず、ただ漠然と迫りくる死について考えている。これが夢だとわかっているのに、やがて来るだろう死が怖くてたまらなかった。

 隣には誰かが倒れていた。その人は「頑張れ」「もう少しで助けがくる」としきりに叫んでいたが、体を動かすことはできないようだった。私と同じように重たいものがのしかかって自由を奪われている。
 きっとその人も苦しくて辛いだろう。でも痛みなんて知らないかのように降りかかるは、温かな励ましの言葉。私たち以外に人影はなく、それは私に向けた励ましなのだろう。火の熱さは感じないのに、その言葉がひどくあたたかくて胸に染みこんでいく。

 次に頭に浮かんだのは家族のことだった。家族は助かったのだろうか。父は、母は、兄や弟たちは何をしているのだろう。無事でいてほしい。こんな時になって家族に対して感謝の言葉が浮かぶけれど、声にする元気はなかった。

 隣の人も家族のことを考えているのかもしれない。助かることができれば、この感謝の言葉を伝える時間が、少しでもあればいいのに。


 忘れていた熱さ、息苦しさ、重たくて重たくて――うすら目を開ければ、のしかかっているのは布団で、周りに何かが燃えている形跡はない。もちろんこの部屋に自分以外の形跡はない。
 夏が近いから布団が暑くて変な夢を見てしまったのだと思う。私に兄弟なんていないのに、いるような夢を見てしまったのは、寝る前に読んだ本の影響かそれともテレビの影響かもしれない。

 気にせず再び眠ろうと布団をかぶりなおした時だった。月明かりに照らされ、窓からずいと指しこむ不思議な影。それが視界の端でちらりと動いた。

 誰かいる。咄嗟に身を起こして窓へと視線をやれば、そこにいたのは人ではなく久しぶりに見るあの白猫だった。

「……おはよう、池田華奈」

 いつかの冬と同じように白猫は喋った。さらにおかしなことに、白猫がいるのは室内。窓枠でちょこんと腰をおろしていた。眠る前に部屋の扉は締めていたのに、どうやって入ってきたのだろう。

「これも、夢?」

 どうやって部屋に入ってきたのか、これも夢だから不思議なことが起きるのだと言われれば納得できる。しかし白猫は「まさか」と馬鹿にするように答えた。

「君がどんな夢を見ていたのかは知らないけれど、これは現実だよ」
「じゃあどうやって部屋に入ってきたの?」
「君の部屋に入ることは、地球を殺すよりもよほど簡単だ」

 白猫はすらりと立ちあがる。狐のようなふさふさの尾を揺らして窓枠から飛び降りると、室内を我が物顔で歩いた。

「君が約束を忘れていないか心配になってね」
「約束って、地球を殺す、だよね?」
「覚えているようで何より。地球が殺される日まであと三ヶ月、君の願いはもうすぐ叶うよ」

 白猫の声に抑揚はなく、しかし淡々と語るものは残酷な話だ。地球を殺すなんて物騒で到底叶わないようなそれを、白猫はさらりと言ってのける。

「地球は殺され、君も一緒に死ぬ。残り時間は少ないのだから、後悔のないよう好きに生きればいい」
「……夏休みの終わりに、死ぬ」
「夢や嘘だと思っているのならそうすればいい。でもこれは真実。地球は殺される」

 念のため頬をつねってみる。やっぱり痛くて、これが夢や嘘ではないのだと告げているようだった。

 白猫の尾が揺れて、再び窓枠へと戻っていく。しなやかな体が窓に触れたとたん、鍵をかけておいたはずの窓がすうっと開いた。その隙間に吸い込まれるように白猫が外へ出て行く。

「人間は絶望する生き物。君たちの絶望が、地球を殺す」

 その一言が私の鼓膜を揺らす間に、白猫は完全に外へと出て行ってしまった。慌てて追いかけ、窓の外を見るも白猫はもういない。

 どうやって窓を開けたのか、いやどうやって入りこんだのだろう。眠る前にきっちり施錠していたのに。

 変な夢を見て、白猫と話して。不思議な出来事が立て続けに起こったことで私の眠気はすっかり飛んでいた。今度こそ窓を施錠して布団にもぐりこんでみるも、冴えた頭はぐるぐると白猫の約束について考えるだけ。


 あの約束が本当で、この地球が三か月後に殺されてしまうなら――浮かんだのは家族や耀くんのことだ。地球が殺されるなんて知らないから、夏休みの後がやってくると考えているのだろう。私だけが知っている。私と白猫だけが、三か月後の死を知っているのだ。

 どうせ地球が死ぬのなら、せめてその時まで耀くんが楽しく生きられる世界になればいいのに。
 ささやかな願いを数回ほど心の中で唱えてようやく、待ち望んでいた眠気が私の体を撫でた。
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