地球を殺すと決めた、地球で恋に落ちた

松藤かるり

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8,夕日

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 耀くんがいじめられている理由が何なのか。芽室先輩も先生も語らなかったものを、私が勝手に探ってしまうことは嫌だった。いつか耀くんから話してくれる時がくるだろう。そう思っていたのに、それは突然やってくる。

 授業が終わっていざ昼食、とお弁当箱を取り出した時だった。

「池田さん、呼んでるよ」

 クラスメイトの声に振り返る。見れば、教室の入り口で待っていたのは上級生たちだった。
 あまり素行がよろしくない派手な容姿の上級生たちがやってきたことで、クラスはざわつきながら「池田さん、何やらかしたの」と指名を受けた私を哀れんでいた。

 私はというと。上級生たちの顔に見覚えがあって、息を呑んだ。
 耀くんがいじめられている現場にいた上級生たち、となれば呼び出しの理由は簡単である。私を呼びだしたのは耀くんに関してなのだろう。私を使って耀くんを呼び出すのか、傷つけるのか。それとも。

 クラスはざわついていてこのまま無視できる状況ではなかった。意を決して彼らの元へ向かうと、上級生の一人が「ツラ貸せ、話がある」と言って私の腕を掴んだ。逃げる間どころか行くかどうかの決定権すら与えてもらえないらしい。嫌な予感を抱きつつ、彼らについて行く。

 向かったのは校舎裏だった。いつぞやと違って、耀くんはいない。

「……お前、めざわりなんだよ。チョロチョロしやがって」

 案の定、上級生たちからぶつけられたのは悪意だった。正直に言えば怖くて、逃げ出したい。けれど耀くんに暴力をふるって卑怯な真似をする彼らに屈したくないと、強がって上級生たちを睨みつける。

「耀くん、とか言ってたよな気色悪い」
「やっぱ穂別のカノジョなんじゃねーの?」

 馬鹿にするようにケタケタと笑って、それから私の前に歩み寄る。その上級生は他と違って、ひどく真剣な顔をしていた。

「お前よ。穂別のこと、知らないだろ?」

 その言葉を聞いて思いだす。彼は耀くんに『芽室の代わりにお前が死ねばよかったのにな』と冷たく吐き捨てた人だ。その時と似た温度のない声音に、足が震えた。

「火事のことを知らないから穂別のことをかばってる、そうだろ?」
「……っ、それは」

 知らない。でもこんな形で知りたくない。返答に迷って視線を逸らす。そのわずかな動作だけで上級生は答えを悟ったらしく、鼻で笑った。

「あいつの親父はな、殺したんだよ」

 どくんと心臓が跳ねた。これを聞いちゃいけない、聞いちゃいけないとわかっているのに、入りこむ言葉を防ぐことができない。

「こ、ろす……って」
「ハハッ、信じられねーって顔してやがる。なんなら穂別に直接聞いてみろよ。『耀くんのお父さんは芽室貴音を助けられなかったんですか』ってな」

 耀くんの近くで拾い集めてきたキーワードが繋がっていく。図書カードで見つけた名前をまさかここで聞くとは思わなかった。

「芽室貴音って……芽室先輩の、」
「双子の妹だよ」

 被せるようにして答えた、その上級生はどこか悲しげな瞳をしていた。

「芽室、いや、貴音は……穂別の親父に殺されたようなもんだ」

 双子ということは、芽室先輩と同じ年齢。図書カードがあったことからこの学校に在籍していたのだろう。もしかすると、この上級生たちと同じクラスだったのかもしれない。でもそのまなざしは面識があるだけでは片付けられないほど切ないものだった。

「これは忠告だ。穂別と俺たちに近づくんじゃねえ」

 そう言って、上級生が身を引く。殴られたり耀くんを呼び出したりするのかと最悪な想像をしていただけに、この忠告だけで済むのは予想外だった。

「二度目はないからな。俺たちの邪魔するんじゃねーぞ」

 どんな理由があったとしても暴力を振るうのはよくないと思う。けれど竦み上がった私の体では冷静に考えることができなくて。上級生が去った後も耀くんや芽室先輩のことが頭の中をぐるぐると駆け回る。

 耀くんの父親、火事、芽室貴音。ここまで聞いてしまえば、もう好奇心を抑えることはできなかった。スマートフォンを取り出し、聞いたばかりの単語を打ちこむ。

 その事件はあっさりと、見つかった。



 放課後。気づけば私は隠れ場所にいた。
 知ってしまったものがあまりにも大きすぎて、午後の授業はまともに覚えていない。ずっと耀くんのことばかり考えていた気がする。

「華奈、きてたのか」

 声がして振り返ると、耀くんがいた。いつものように鞄を置き、隣の丸太に腰かける。

 国道を走る車はいつもと変わらず。走行音と、沈んでいく夕日と。

「今日の華奈は元気がないな。何かあったのか?」

 声を発する元気はなくて、ぼんやりと国道を眺めながら首を横に振る。その様子を見ていたらしい耀くんは「ならいいけど」と小さく答えるだけ。
 そして二人。何も言わず景色に視線を落とす。

 検索して見つけたのは、一年前に起きた火事の記事だった。
 町工場と隣接する民家が不審火により全焼。民家からは二名の遺体が発見されていた。一人は全焼した民家に住む高校一年生の娘、芽室貴音。そしてもう一人は――

「……あ、消防車だ」

 遠くから聞こえるサイレンの音に耀くんが呟いた。咄嗟に私は顔をあげ、消防車ではなく耀くんを見る。

 ここは隠れ場所だから学校とは違うのに。その消防車が国道を走っていく間、耀くんの瞳から色は失われていた。殴られている時のように無機質で、感情を忘れたもの。

 私が何も知らなければきっと気づくことはなかっただろう。でも知ってしまった今では、そのまなざしの奥にあるものを探してしまう。

 あの火事で亡くなったもう一人は消防士。その消防士の苗字は『穂別』と書いてあった。おそらく、耀くんの父親だ。
 サイレンと共に駆け抜けていった消防車。耀くんはお父さんのことを思いだしていたのだろうか。その手はかすかに震えていた。
 あのニュース記事には二人が亡くなったことしか書いてなくて、耀くんのお父さんが何をしたのかはわからない。
 でも、消防車を眺めている時の耀くんが寂しそうにしていたことはわかる。

「もうすぐ暗くなるな。日が沈んでく」

 震えた手を誤魔化すように耀くんが言う。

 真っ赤に燃えるように、落ちていく夕日。炎のように見えてしまうのは私だけであればいい。
 これ以上、耀くんに傷ついてほしくない。だから、夕日がきれいだねとは言えなかった。
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