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1章 華仙女は花を詠み、花で祓う
3.仙女は妃となりて(2)
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「ともかく覚悟のある娘で何よりですよ。次にこれからのことを進めましょうか」
動いたのは清益である。
「呪いについて調べるには宮城に滞在した方が良いでしょう。とはいえ内廷に立ち入るにはそれなりの立場を作らなければなりません。客人として迎え入れるのにも限度がありますからね」
「震礼宮に置くわけにもいかないからな……どうするか」
顎に手をつき考えこむ秀礼に対し、清益は策が浮かんでいるようだった。彼はにっこりと微笑んで紅妍に言う。
「ここは、帝の妃として後宮に迎え入れるのがよいかと」
妃。予想もしていなかった単語に紅妍は目を丸くした。つまり紅妍が嫁ぐということだ。
驚いているのは紅妍だけで、発案者の清益はもちろん、秀礼も納得しているようである。
「なるほど。妃であれば後宮内を自由に調査することが可能か」
髙の後宮には帝が迎えた妃たちが住んでいる。最も上位にあたるのは皇后だが逝去したため現在は貴妃の位を持つ者が代わりを務めている。皇后が正室であれば、貴妃や妃は側室だ。つまり秀礼や清益は、紅妍を現帝の側室に仕立てようと画策しているのである。
内廷に立ち入れる娘は限られている。客人として迎え入れることはあるが、それは正式な手続きを踏まなければならない。客人の家柄も重視され、公主や名家であれば問題ないが、山奥の、それも一部の者しか知らぬような華仙の名では何度も立ち入るのは難しいだろう。
「秀礼様の他、甄妃にも口添えをいただければ簡単に進むでしょう。権力誇示のため後宮に娘を入れる家は多くありますから表向きは問題ないと思われます」
「永貴妃はどうする。あれは厄介だぞ」
「そういった方々には紅妍が仙術師であると明かしましょう。鬼霊祓いができると伝えれば納得してもらえるかと」
「……ふむ」
秀礼は再び考えこんだが、結論を出すのに時間はかからなかった。清益に向けていたまなざしが、今度は紅妍を捉える。
「よし。お前を妃に仕立てる」
「わ、わたしが……帝の妃に……」
紅妍は青ざめた。目通りしたこともない相手の元に嫁ぐのは抵抗があった。まして相手は国の象徴である。山奥の生活しか知らない紅妍には理解しがたい話だ。
それに。紅妍は密やかな憧れがあった。白嬢が夢見がちに語る恋愛というものに少なからず興味を抱いていたのだ。花痣を持つ忌児であるため叶わないことはわかっているといえ、惹かれ合う男女の語りをする白嬢の陶酔を見るたび、紅妍も憧れたものである。嫁いでしまえばその憧れも消えてしまう気がしたのだ。
戸惑いに目を泳がせる紅妍に秀礼が怪訝な顔をした。
「なんだ。妃は不満か」
「い、いえ……その……わたしのような出自の者が妃になってよいのかと……」
「手段だと言っているだろう。それとも何だ、妃では不満だと言うのか」
「その……嫁ぐのは抵抗が……」
「はっきりと言え。まったく伝わらん」
まごつく物言いに、秀礼は眉間に皺を寄せる。それでも紅妍がなかなか語らずにいるのでしびれを切らして言った。
「まさかお前、愛だの恋だのというものに憧れを抱いていたというのか?」
紅妍の頬がかあっと赤くなる。言い当てられたことはもちろん、秀礼がそれを小馬鹿にするように言ったので恥ずかしくなった。
秀礼、そして清益が息を呑む。夢見がちなやつだと嗤われる想像がつき、紅妍はうつむいた顔をあげられずにいた。
「……ふ、はは」
だが聞こえてきたのは秀礼の哄笑だった。
「お前はよくわからんな」
いまだ抜けきらないようで、言葉の端々に笑いが漏れている。
「枯れ枝と思いきや、私に説教をする胆力を持ち、生を諦めていると思えば、恋に憧れる。おかしな娘だ」
ここまで嗤われてしまうとは。秀礼から伝播したらしく清益もくすりと口元を緩めて嗤っている。羞恥に耐えながらちらりと様子を伺えば、秀礼と目が合う。彼の唇は愉快なものを得た時のようににんまりと弧を描いた。
「安心しろ。帝は臥せっているからな、お前に手を出す余力はない。その枯れ枝では寵愛を受けることも難しいだろうが――それよりも鬼霊の心配をしたらどうだ。お前を好むは生者より鬼霊かもしれんぞ」
そう言い終えるなりくつくつと笑う。こうなると羞恥は苛立ちへと変化していくのだが、相手は第四皇子である。紅妍はぐっと唇を噛み、苛立たしげに秀礼を見上げた。
反抗的な紅妍のまなざしがまた、秀礼にとって面白かったのだろう。委細まとまるまでの間、紅妍は揶揄われ続けることとなった。
連翹が散る前。華仙紅妍の姿は後宮にあった。華仙の名を伏せ、華紅妍として冬花宮の妃になったのである。
動いたのは清益である。
「呪いについて調べるには宮城に滞在した方が良いでしょう。とはいえ内廷に立ち入るにはそれなりの立場を作らなければなりません。客人として迎え入れるのにも限度がありますからね」
「震礼宮に置くわけにもいかないからな……どうするか」
顎に手をつき考えこむ秀礼に対し、清益は策が浮かんでいるようだった。彼はにっこりと微笑んで紅妍に言う。
「ここは、帝の妃として後宮に迎え入れるのがよいかと」
妃。予想もしていなかった単語に紅妍は目を丸くした。つまり紅妍が嫁ぐということだ。
驚いているのは紅妍だけで、発案者の清益はもちろん、秀礼も納得しているようである。
「なるほど。妃であれば後宮内を自由に調査することが可能か」
髙の後宮には帝が迎えた妃たちが住んでいる。最も上位にあたるのは皇后だが逝去したため現在は貴妃の位を持つ者が代わりを務めている。皇后が正室であれば、貴妃や妃は側室だ。つまり秀礼や清益は、紅妍を現帝の側室に仕立てようと画策しているのである。
内廷に立ち入れる娘は限られている。客人として迎え入れることはあるが、それは正式な手続きを踏まなければならない。客人の家柄も重視され、公主や名家であれば問題ないが、山奥の、それも一部の者しか知らぬような華仙の名では何度も立ち入るのは難しいだろう。
「秀礼様の他、甄妃にも口添えをいただければ簡単に進むでしょう。権力誇示のため後宮に娘を入れる家は多くありますから表向きは問題ないと思われます」
「永貴妃はどうする。あれは厄介だぞ」
「そういった方々には紅妍が仙術師であると明かしましょう。鬼霊祓いができると伝えれば納得してもらえるかと」
「……ふむ」
秀礼は再び考えこんだが、結論を出すのに時間はかからなかった。清益に向けていたまなざしが、今度は紅妍を捉える。
「よし。お前を妃に仕立てる」
「わ、わたしが……帝の妃に……」
紅妍は青ざめた。目通りしたこともない相手の元に嫁ぐのは抵抗があった。まして相手は国の象徴である。山奥の生活しか知らない紅妍には理解しがたい話だ。
それに。紅妍は密やかな憧れがあった。白嬢が夢見がちに語る恋愛というものに少なからず興味を抱いていたのだ。花痣を持つ忌児であるため叶わないことはわかっているといえ、惹かれ合う男女の語りをする白嬢の陶酔を見るたび、紅妍も憧れたものである。嫁いでしまえばその憧れも消えてしまう気がしたのだ。
戸惑いに目を泳がせる紅妍に秀礼が怪訝な顔をした。
「なんだ。妃は不満か」
「い、いえ……その……わたしのような出自の者が妃になってよいのかと……」
「手段だと言っているだろう。それとも何だ、妃では不満だと言うのか」
「その……嫁ぐのは抵抗が……」
「はっきりと言え。まったく伝わらん」
まごつく物言いに、秀礼は眉間に皺を寄せる。それでも紅妍がなかなか語らずにいるのでしびれを切らして言った。
「まさかお前、愛だの恋だのというものに憧れを抱いていたというのか?」
紅妍の頬がかあっと赤くなる。言い当てられたことはもちろん、秀礼がそれを小馬鹿にするように言ったので恥ずかしくなった。
秀礼、そして清益が息を呑む。夢見がちなやつだと嗤われる想像がつき、紅妍はうつむいた顔をあげられずにいた。
「……ふ、はは」
だが聞こえてきたのは秀礼の哄笑だった。
「お前はよくわからんな」
いまだ抜けきらないようで、言葉の端々に笑いが漏れている。
「枯れ枝と思いきや、私に説教をする胆力を持ち、生を諦めていると思えば、恋に憧れる。おかしな娘だ」
ここまで嗤われてしまうとは。秀礼から伝播したらしく清益もくすりと口元を緩めて嗤っている。羞恥に耐えながらちらりと様子を伺えば、秀礼と目が合う。彼の唇は愉快なものを得た時のようににんまりと弧を描いた。
「安心しろ。帝は臥せっているからな、お前に手を出す余力はない。その枯れ枝では寵愛を受けることも難しいだろうが――それよりも鬼霊の心配をしたらどうだ。お前を好むは生者より鬼霊かもしれんぞ」
そう言い終えるなりくつくつと笑う。こうなると羞恥は苛立ちへと変化していくのだが、相手は第四皇子である。紅妍はぐっと唇を噛み、苛立たしげに秀礼を見上げた。
反抗的な紅妍のまなざしがまた、秀礼にとって面白かったのだろう。委細まとまるまでの間、紅妍は揶揄われ続けることとなった。
連翹が散る前。華仙紅妍の姿は後宮にあった。華仙の名を伏せ、華紅妍として冬花宮の妃になったのである。
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