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1章 Run after me -若狼-
34.交接
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夜の闇が深い。
今夜は新月。人狼の力が最も衰える夜。
だが感じる。俺のオメガを感じる。
足は自然に、ガンマの森へ向かっていた。
闇に包まれた樹間を、足は迷いなく進む。
人狼や獣が踏んでできた道など選ぶ余裕は無い。ひたすら真っ直ぐ、俺を誘う気配へ、濃厚な匂いの元へ進み続ける。
新月で感覚は鈍っているはず。しかし感じ取れる。信じられないほど鋭敏に蒼の雪灰だけを感じ、引き寄せられる。感覚の命じるまま、足の動きは無自覚に早まり、葉の落ちた枝を払い、積もった葉を、藪を、蹴散らして進む。まっすぐに、誘われるままに、愛しい気配へと。
進んで、進んで、どれほど時が経ったか。
遙か樹間、闇の中に、ほんのりと暖かい光。
「蒼の雪灰っ」
笑っている。ひどく嬉しそうに笑っている。
視認せずとも、両手を広げ駆け寄ってくるのが分かる。愛しい気配が近寄ってくる。俺も足を速め────
「アウルーム・アイーッス」
愛しい声。
血が沸き立つ。目前の大木が邪魔とばかり、跳ね上がって枝を掴み幹を蹴って前方へ翔ぶ。
瞬く光に包まれ、ガンマのようなすっぽりとした薄物だけを纏って両手を広げ、地を蹴った、俺の番。
俺の、オメガ。
「蒼の雪灰っ!!」
「金の銅色ーーーっ!!」
積もった葉に着地すると同時、飛びついてきた愛しい身体を受け止める。
そのまま柔らかい葉の上で、共に転がる。
甘い匂い、気配に、急激に募る情欲。
互いに鼻を擦り合わせ、甘噛みを繰り返し……棲まいで眼を開いた瞬間から滾り始めていたものが、発火せんばかりに燃え上がっている。
「……ああ、蒼の……」
「ねえ────」
甘い声。むせかえる甘い……発情の香り……。俺も滾っている。
奥歯を噛みしめ眼を開く。潤んだ蒼の瞳が間近で俺を誘う。
密接した肌。悩ましい匂いが俺を包む。首の根を甘噛みする顎に力が入る。
ぷつ、と肌を破る感触。流れ込む血潮。
なんという味わい。この上ない甘露。
「は……ぁ……っ」
歓喜に震える唇から密やかな声が漏れ、情動を燃え上がらせる。
どんな獣のはらわたより甘く、最も良く実った果実より芳醇。そして熱い。僅かずつ、舐めるように身の内に取り込んでいく。
絶え入るような吐息を漏らし震え、熱を帯びていく、愛しい者。
……なにかが、漲っていく。
腕の中の白い肉体から、どくどくと流れ込んでくるもの。身体が熱くなる。もたらされる────激しい変化。
血が沸く。全身に漲るこの力は。
絶対的な強者へと、そうなるのだという予感……いや、確信。
俺は、知った。
俺こそがアルファ。人狼を統べる者。どんな強者であっても、俺に勝る者などいない。それが、分かる。
夢中になった。
もっと寄越せ。より強く、より強大に、俺は────
「……は、ぁ……」
震える熱い息が耳にかかった。
ハッとして牙を緩め、くちを離す。
と同時、胸を押され────肌が離れる。
はあ、と甘い息を漏らす蒼の雪灰を見下ろす。瞬く不思議な光に包まれ、肌が火照ったように赤みを帯びている。
この世のものとも思えぬほど美しく儚げで、……妖艶。
蒼瞳は潤んで揺れる。それに惹かれ魅入られ、我が肉体もあてられたように熱を帯びた。
知らず伸ばした指が、滑る。
紅潮する頬に、美しい鼻先に、愛らしい唇に、白く艶めかしい首に……。指先からじんじんと伝わる艶熱。
瞬時目を合わせた我が番は、すぐに恥じらうように目を伏せる。その手が薄物を捲り上げていく。
露わになる滑らかな腹。筋肉の陰影を目で追うと、雪灰のけぶる股間に、雄のものがそそり立っている。先端を濡らせた震えるそれに、自ら触れて顎を上げ、甘い息を漏らす。
ゴクリと、喉が鳴った。
眼はもう一方の白い手がその奥に伸び、指が蠢くのを追ってしまう。
「あ……」
悩ましい吐息。僅かに開いたくちもとから白い歯と赤桃色の舌が覗き、蒼瞳が悩ましげに細まる。
滾る情欲に、喉奥から低い唸りが漏れる。
「……なにを」
している。
なんと、悩ましい、ことを。
「は、ぁ……、できる……もう」
蠢く指から、ぴちゃり、と滴る音。僅かに寄せた眉の下、瞼が落ちる。
俺の雄は猛りきり、動く度に葉の鳴るカサリカサリという音が、やけに耳に響く。
「……っ、ぁ……」
少し顎を上げ、一度閉じた瞼が僅かに開く。潤んだ蒼が、俺を捉え────
濃密な気配に包まれる。
オメガと自分は特別な絆で繋がっている。強烈な一体感。二匹で一つなのだという実感と共に腰紐を緩める指が、激しい歓喜に震える。自らを叱咤しながら下衣を下ろす。
「ここに、入れて、早く」
さらなる歓喜が身の内に沸き立ち、息を整えようと努力しても、はあはあと荒ぶったまま落ち着かない。
「あんたの……子種……」
ぶわっと吹き出すかのような、発情の匂いが、身を包みこむ。
ひどく濃密な、匂い、気配────
鼻は蒼の雪灰の発情以外嗅ぎ取れない。耳も煽情的な息遣いと声以外拾おうとしない。目に映るのは美しい蒼の雪灰のみ。
森の奥、枯れ葉を寝床として横たわり、共に夢中になって互いを味わおうと。
不安はない。
強者の匂いを纏う俺たちに近寄る獣など、いるわけが無いのだ。
蒼の雪灰の首元を噛み、甘露を味わって身の内に漲るものを感知した。それから変わっている。俺と、蒼の雪灰、互いの気配がより強者のそれへと変わっている。
交尾をするのは初めてだが、なにをどうすべきか分かる。どうすれば子種を活かすことができるか、本能が命じている。その通りにすれば事は成される。
しかし甘い匂いに誘われ、本能が命じないこともしてしまう。
人狼らしく筋肉の発達した両足を持ち上げ、その太ももに鼻をすり寄せた。肌は今まで感知したことのない特別な匂いを漂わせている。
舌を出してペロリとその肌を舐める。
ああ、なんという味わい。舌が歓喜し、喉が鳴る。太ももを甘噛みし、えもいわれぬ幸福感に包まれながら、甘い発情の香りをまき散らす蜜壺へ、そそり立つ雄を押し当てる。
「んっ……」
蒼の雪灰が両腕を上げ、俺を誘う。抗わず身を寄せた。濃密な匂いに煽られるまま、先ほど甘露を味わった噛み痕に舌を這わせる。牙の痕は塞がって、もう甘露……血は流れていない。
「あっ……ふぅ……」
あえかな声が耳に響く。
紅潮したその肌は、肌から昇り立つ甘い香りは、俺を滾らせ、本能の声を響かせる。
命じるまま腰を進める。火を吹きそうなほど熱を持ったものが、肉の狭間に入り込んでいく。狭いそこはとても熱く、蜜に塗れて濡れた音を立てつつ俺を締め付ける。
「んっ」
眉を寄せた蒼の雪灰に怖れを覚え、本能の声をねじ伏せて腰の動きを止める。
はぁ、はぁ、愛しい番の息は甘い。全てが甘い。塗れた密壺も、おそらく甘いのだろう。
「……くっ」
そんなことばかりが脳を走る。動きを止めているのがひどく辛い。しかし、なにがあっても、俺は番を傷つけない。
「痛むのか」
「うん……」
汗の滲んだ額を、こめかみを、ぺろぺろと舐める。汗も甘い。白い手が両頬を挟み、持ち上げる。鼻先が愛しげに擦りつけられる。俺も擦り、思う存分、番の匂いをこの身に染みこませる。
「ゆっくりやろう。無理せずに」
「うん。でも……」
鼻を擦り続けながら、愛しい番は、はあ、と息を、熱の籠もった息を、漏らす。
「……早く、欲しい」
この。
愛しい生き物は……なんという誘惑をするのか。
「分かっている」
しかし俺は、幼い頃からずっと見ていたのだ。成長を見守り、触れたい匂いたいという欲望を押し殺し続けてきたのだ。
全ては、傷つけることを恐れたがゆえに。
「俺も、同じだ」
そして今、とうとうこの腕にかき抱くことができた。思う存分匂い、舐めることができた。この歓びに勝るものなど無い。この期に及んで愛しい者を傷つけるなど、今までの努力を無にするものだ。
ゆえに。
俺も早く押し込んでしまいたいと、内からの欲望の声が叫び、早く子種を植え付けたいと、仔を成さねばならぬと、本能の命じる声が脳に鳴り響くのを甘受しつつ、耐えている。
「……我慢してる?」
「ああ、そうだ」
「しないで」
「しかし、痛むのだろう」
「いい」
汗を滲ませ、番は言った。
「必要なこと、だから」
笑みを浮かべたその顔は、内なる光を発したように輝いて、俺を魅了する。
「来て。ぶち込んで。俺の中に」
身の内が燃え上がった、ような気がしたその瞬間。
克己心ははじけ飛び、身体が動いていた。
「ぅぁああっ……ぅく……」
一気に最奥まで突き込んでしまったと自覚したときには、蒼の雪灰が歯を食いしばるようにして、俺の背を掴んでいた。
「す……まん」
歯を食いしばって己を律し、動きを止める。
押し込んだ場所はひどく心地良い。
いや、心地良いというのは湖での水浴びとか、満月の夜の遠吠えとかであって、今覚えている感覚とはまったく違う。背筋をゾクゾクさせる、これは今まで感じたことの無いもの。
克己心をすりつぶし、腰が、身体が、勝手に動こうとするのを助けようとするもの。
蒼の雪灰の目は潤みきり、涙が溢れている。はぁはぁと胸を大きく喘がせ、しがみつく指が震えているようだ。いかん、我が事よりも番だ。
「すまん。痛いのだな」
目尻に残る涙を舐める。
ああ、涙ですら甘露だなどと、これだけでまた背筋が疼き、動けば良いのだと本能が命じる。しかし番が痛みで涙ぐんでいる。
いったいどうしろというのだ。頭が過熱していく。
「ちがう……」
微かに震える声。
はあっと息を吐き、しがみつく腕を宥めるように撫でながら鼻を擦りつけた。いいのだ、これだけでも、今まで望んで得られなかった事なのだから。
「違わない。泣いているではないか」
というか、すでに根元まで埋め込んでしまっているが。このままじっとしていても子種は出るのだろうか……。
「違う、違うんだ」
変わらず潤みきった美しい蒼の瞳が、まっすぐに俺を見て微笑んだ。
「……あんたと、一緒になれたんだって……それだけで」
言ってるそばから、目尻に涙が溜まる。
「……嬉しいんだよ」
ぐるるる、と。
喉奥から唸りが漏れる。
「ねえ……アウルム・アイス……早く……」
克己心は弾け飛んだ。
「……っ、馬鹿者が……っ!」
怒鳴りつけながら、本能に身を委ねる。
「ああっ、……んっ、アウル……ム・アイ、ス……うれし……っ」
涙を流し、甘い声を上げる、我が番。
抗いがたい悦楽に包まれ、本能が、内なる声が、歓声を上げる。これで良いのだ。これが正しいのだ。促されるまま動けば良いのだ。
打ち付ける腰。肉の打ち合う音。番が声を上げ、涙をこぼし、しがみついてくる。それをかき抱き、鼻を擦り合わせ、荒い息を交歓し……
蜜を纏った肉の狭間に突き込むものは、今にも弾けそうに昂ぶる。
「あっ、あぁっ、アウルム……アイ、スッ……ああっ」
「う、くっ……!」
奥まで突き込んだ。そのまま動かない。動かずとも、どくんどくんと脈打つものが番の内奥を責め続けている。その都度甘い締め付けを返すから、それが分かる。
「ああっ、く、来る……っ」
顎を上げ、絶え入るような声を上げて、俺にしがみつく手に力がこもる。愛しい。愛しい。誰にも傷つけさせない。この身体を、この身の内に宿る命を…………この、郷を────
番と共に、感じ取る。森の全てを感知する。
眠る準備を整えた栗鼠から、巨大な熊や鹿の王まで、獣たち全て。
草や木や、虫や鳥や、漂う全ての小さな生き物たち。
郷の人狼、老いた者から幼狼まで全て。……そして精霊たち。
「……うっ……」
「く…ぅ……はぁぁ……っ」
そしてなにより強く、番を感じる。
共に高みへ駆け上る。この一体感。この歓び。
何物にも代えがたい──────
Wow oh oh oh oh oh oh……ohn
森に、二匹の遠吠えが響く。
それは、郷の人狼のみならず、森の全ての生き物の耳に届き……
新たな支配者の誕生を、森の全てが肯った。
今夜は新月。人狼の力が最も衰える夜。
だが感じる。俺のオメガを感じる。
足は自然に、ガンマの森へ向かっていた。
闇に包まれた樹間を、足は迷いなく進む。
人狼や獣が踏んでできた道など選ぶ余裕は無い。ひたすら真っ直ぐ、俺を誘う気配へ、濃厚な匂いの元へ進み続ける。
新月で感覚は鈍っているはず。しかし感じ取れる。信じられないほど鋭敏に蒼の雪灰だけを感じ、引き寄せられる。感覚の命じるまま、足の動きは無自覚に早まり、葉の落ちた枝を払い、積もった葉を、藪を、蹴散らして進む。まっすぐに、誘われるままに、愛しい気配へと。
進んで、進んで、どれほど時が経ったか。
遙か樹間、闇の中に、ほんのりと暖かい光。
「蒼の雪灰っ」
笑っている。ひどく嬉しそうに笑っている。
視認せずとも、両手を広げ駆け寄ってくるのが分かる。愛しい気配が近寄ってくる。俺も足を速め────
「アウルーム・アイーッス」
愛しい声。
血が沸き立つ。目前の大木が邪魔とばかり、跳ね上がって枝を掴み幹を蹴って前方へ翔ぶ。
瞬く光に包まれ、ガンマのようなすっぽりとした薄物だけを纏って両手を広げ、地を蹴った、俺の番。
俺の、オメガ。
「蒼の雪灰っ!!」
「金の銅色ーーーっ!!」
積もった葉に着地すると同時、飛びついてきた愛しい身体を受け止める。
そのまま柔らかい葉の上で、共に転がる。
甘い匂い、気配に、急激に募る情欲。
互いに鼻を擦り合わせ、甘噛みを繰り返し……棲まいで眼を開いた瞬間から滾り始めていたものが、発火せんばかりに燃え上がっている。
「……ああ、蒼の……」
「ねえ────」
甘い声。むせかえる甘い……発情の香り……。俺も滾っている。
奥歯を噛みしめ眼を開く。潤んだ蒼の瞳が間近で俺を誘う。
密接した肌。悩ましい匂いが俺を包む。首の根を甘噛みする顎に力が入る。
ぷつ、と肌を破る感触。流れ込む血潮。
なんという味わい。この上ない甘露。
「は……ぁ……っ」
歓喜に震える唇から密やかな声が漏れ、情動を燃え上がらせる。
どんな獣のはらわたより甘く、最も良く実った果実より芳醇。そして熱い。僅かずつ、舐めるように身の内に取り込んでいく。
絶え入るような吐息を漏らし震え、熱を帯びていく、愛しい者。
……なにかが、漲っていく。
腕の中の白い肉体から、どくどくと流れ込んでくるもの。身体が熱くなる。もたらされる────激しい変化。
血が沸く。全身に漲るこの力は。
絶対的な強者へと、そうなるのだという予感……いや、確信。
俺は、知った。
俺こそがアルファ。人狼を統べる者。どんな強者であっても、俺に勝る者などいない。それが、分かる。
夢中になった。
もっと寄越せ。より強く、より強大に、俺は────
「……は、ぁ……」
震える熱い息が耳にかかった。
ハッとして牙を緩め、くちを離す。
と同時、胸を押され────肌が離れる。
はあ、と甘い息を漏らす蒼の雪灰を見下ろす。瞬く不思議な光に包まれ、肌が火照ったように赤みを帯びている。
この世のものとも思えぬほど美しく儚げで、……妖艶。
蒼瞳は潤んで揺れる。それに惹かれ魅入られ、我が肉体もあてられたように熱を帯びた。
知らず伸ばした指が、滑る。
紅潮する頬に、美しい鼻先に、愛らしい唇に、白く艶めかしい首に……。指先からじんじんと伝わる艶熱。
瞬時目を合わせた我が番は、すぐに恥じらうように目を伏せる。その手が薄物を捲り上げていく。
露わになる滑らかな腹。筋肉の陰影を目で追うと、雪灰のけぶる股間に、雄のものがそそり立っている。先端を濡らせた震えるそれに、自ら触れて顎を上げ、甘い息を漏らす。
ゴクリと、喉が鳴った。
眼はもう一方の白い手がその奥に伸び、指が蠢くのを追ってしまう。
「あ……」
悩ましい吐息。僅かに開いたくちもとから白い歯と赤桃色の舌が覗き、蒼瞳が悩ましげに細まる。
滾る情欲に、喉奥から低い唸りが漏れる。
「……なにを」
している。
なんと、悩ましい、ことを。
「は、ぁ……、できる……もう」
蠢く指から、ぴちゃり、と滴る音。僅かに寄せた眉の下、瞼が落ちる。
俺の雄は猛りきり、動く度に葉の鳴るカサリカサリという音が、やけに耳に響く。
「……っ、ぁ……」
少し顎を上げ、一度閉じた瞼が僅かに開く。潤んだ蒼が、俺を捉え────
濃密な気配に包まれる。
オメガと自分は特別な絆で繋がっている。強烈な一体感。二匹で一つなのだという実感と共に腰紐を緩める指が、激しい歓喜に震える。自らを叱咤しながら下衣を下ろす。
「ここに、入れて、早く」
さらなる歓喜が身の内に沸き立ち、息を整えようと努力しても、はあはあと荒ぶったまま落ち着かない。
「あんたの……子種……」
ぶわっと吹き出すかのような、発情の匂いが、身を包みこむ。
ひどく濃密な、匂い、気配────
鼻は蒼の雪灰の発情以外嗅ぎ取れない。耳も煽情的な息遣いと声以外拾おうとしない。目に映るのは美しい蒼の雪灰のみ。
森の奥、枯れ葉を寝床として横たわり、共に夢中になって互いを味わおうと。
不安はない。
強者の匂いを纏う俺たちに近寄る獣など、いるわけが無いのだ。
蒼の雪灰の首元を噛み、甘露を味わって身の内に漲るものを感知した。それから変わっている。俺と、蒼の雪灰、互いの気配がより強者のそれへと変わっている。
交尾をするのは初めてだが、なにをどうすべきか分かる。どうすれば子種を活かすことができるか、本能が命じている。その通りにすれば事は成される。
しかし甘い匂いに誘われ、本能が命じないこともしてしまう。
人狼らしく筋肉の発達した両足を持ち上げ、その太ももに鼻をすり寄せた。肌は今まで感知したことのない特別な匂いを漂わせている。
舌を出してペロリとその肌を舐める。
ああ、なんという味わい。舌が歓喜し、喉が鳴る。太ももを甘噛みし、えもいわれぬ幸福感に包まれながら、甘い発情の香りをまき散らす蜜壺へ、そそり立つ雄を押し当てる。
「んっ……」
蒼の雪灰が両腕を上げ、俺を誘う。抗わず身を寄せた。濃密な匂いに煽られるまま、先ほど甘露を味わった噛み痕に舌を這わせる。牙の痕は塞がって、もう甘露……血は流れていない。
「あっ……ふぅ……」
あえかな声が耳に響く。
紅潮したその肌は、肌から昇り立つ甘い香りは、俺を滾らせ、本能の声を響かせる。
命じるまま腰を進める。火を吹きそうなほど熱を持ったものが、肉の狭間に入り込んでいく。狭いそこはとても熱く、蜜に塗れて濡れた音を立てつつ俺を締め付ける。
「んっ」
眉を寄せた蒼の雪灰に怖れを覚え、本能の声をねじ伏せて腰の動きを止める。
はぁ、はぁ、愛しい番の息は甘い。全てが甘い。塗れた密壺も、おそらく甘いのだろう。
「……くっ」
そんなことばかりが脳を走る。動きを止めているのがひどく辛い。しかし、なにがあっても、俺は番を傷つけない。
「痛むのか」
「うん……」
汗の滲んだ額を、こめかみを、ぺろぺろと舐める。汗も甘い。白い手が両頬を挟み、持ち上げる。鼻先が愛しげに擦りつけられる。俺も擦り、思う存分、番の匂いをこの身に染みこませる。
「ゆっくりやろう。無理せずに」
「うん。でも……」
鼻を擦り続けながら、愛しい番は、はあ、と息を、熱の籠もった息を、漏らす。
「……早く、欲しい」
この。
愛しい生き物は……なんという誘惑をするのか。
「分かっている」
しかし俺は、幼い頃からずっと見ていたのだ。成長を見守り、触れたい匂いたいという欲望を押し殺し続けてきたのだ。
全ては、傷つけることを恐れたがゆえに。
「俺も、同じだ」
そして今、とうとうこの腕にかき抱くことができた。思う存分匂い、舐めることができた。この歓びに勝るものなど無い。この期に及んで愛しい者を傷つけるなど、今までの努力を無にするものだ。
ゆえに。
俺も早く押し込んでしまいたいと、内からの欲望の声が叫び、早く子種を植え付けたいと、仔を成さねばならぬと、本能の命じる声が脳に鳴り響くのを甘受しつつ、耐えている。
「……我慢してる?」
「ああ、そうだ」
「しないで」
「しかし、痛むのだろう」
「いい」
汗を滲ませ、番は言った。
「必要なこと、だから」
笑みを浮かべたその顔は、内なる光を発したように輝いて、俺を魅了する。
「来て。ぶち込んで。俺の中に」
身の内が燃え上がった、ような気がしたその瞬間。
克己心ははじけ飛び、身体が動いていた。
「ぅぁああっ……ぅく……」
一気に最奥まで突き込んでしまったと自覚したときには、蒼の雪灰が歯を食いしばるようにして、俺の背を掴んでいた。
「す……まん」
歯を食いしばって己を律し、動きを止める。
押し込んだ場所はひどく心地良い。
いや、心地良いというのは湖での水浴びとか、満月の夜の遠吠えとかであって、今覚えている感覚とはまったく違う。背筋をゾクゾクさせる、これは今まで感じたことの無いもの。
克己心をすりつぶし、腰が、身体が、勝手に動こうとするのを助けようとするもの。
蒼の雪灰の目は潤みきり、涙が溢れている。はぁはぁと胸を大きく喘がせ、しがみつく指が震えているようだ。いかん、我が事よりも番だ。
「すまん。痛いのだな」
目尻に残る涙を舐める。
ああ、涙ですら甘露だなどと、これだけでまた背筋が疼き、動けば良いのだと本能が命じる。しかし番が痛みで涙ぐんでいる。
いったいどうしろというのだ。頭が過熱していく。
「ちがう……」
微かに震える声。
はあっと息を吐き、しがみつく腕を宥めるように撫でながら鼻を擦りつけた。いいのだ、これだけでも、今まで望んで得られなかった事なのだから。
「違わない。泣いているではないか」
というか、すでに根元まで埋め込んでしまっているが。このままじっとしていても子種は出るのだろうか……。
「違う、違うんだ」
変わらず潤みきった美しい蒼の瞳が、まっすぐに俺を見て微笑んだ。
「……あんたと、一緒になれたんだって……それだけで」
言ってるそばから、目尻に涙が溜まる。
「……嬉しいんだよ」
ぐるるる、と。
喉奥から唸りが漏れる。
「ねえ……アウルム・アイス……早く……」
克己心は弾け飛んだ。
「……っ、馬鹿者が……っ!」
怒鳴りつけながら、本能に身を委ねる。
「ああっ、……んっ、アウル……ム・アイ、ス……うれし……っ」
涙を流し、甘い声を上げる、我が番。
抗いがたい悦楽に包まれ、本能が、内なる声が、歓声を上げる。これで良いのだ。これが正しいのだ。促されるまま動けば良いのだ。
打ち付ける腰。肉の打ち合う音。番が声を上げ、涙をこぼし、しがみついてくる。それをかき抱き、鼻を擦り合わせ、荒い息を交歓し……
蜜を纏った肉の狭間に突き込むものは、今にも弾けそうに昂ぶる。
「あっ、あぁっ、アウルム……アイ、スッ……ああっ」
「う、くっ……!」
奥まで突き込んだ。そのまま動かない。動かずとも、どくんどくんと脈打つものが番の内奥を責め続けている。その都度甘い締め付けを返すから、それが分かる。
「ああっ、く、来る……っ」
顎を上げ、絶え入るような声を上げて、俺にしがみつく手に力がこもる。愛しい。愛しい。誰にも傷つけさせない。この身体を、この身の内に宿る命を…………この、郷を────
番と共に、感じ取る。森の全てを感知する。
眠る準備を整えた栗鼠から、巨大な熊や鹿の王まで、獣たち全て。
草や木や、虫や鳥や、漂う全ての小さな生き物たち。
郷の人狼、老いた者から幼狼まで全て。……そして精霊たち。
「……うっ……」
「く…ぅ……はぁぁ……っ」
そしてなにより強く、番を感じる。
共に高みへ駆け上る。この一体感。この歓び。
何物にも代えがたい──────
Wow oh oh oh oh oh oh……ohn
森に、二匹の遠吠えが響く。
それは、郷の人狼のみならず、森の全ての生き物の耳に届き……
新たな支配者の誕生を、森の全てが肯った。
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でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
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