ウナギ

ひでとし

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2 藻

ウナギ

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 2 藻        

 陳さんは車を福州の親友に預けると翌日の夕方に電車で帰って来た。

やはりあの緑色の藻は異常なものだった。
陳さんが福州に向かう5時間のうちに増殖して緑色の面積が3倍になったとのことだ。

 福州の陳さんの親友は車を見ると一目で異常を察し、何か思い当たることがあるのか、陳さんの話を聞いてただ頷いていたという。

そして、この車に乗るのは危険だから車を置いて帰るようにと言ったとのことだ。
研究所でこの異常な藻を調べる気らしい。

 それから私たちが、あの湖を所有する深圳の会社を調べてみると、出どころ不明の潤沢な資金、相次ぐ社員の発狂、入院、失踪、など奇妙なことが連発しているのが判ったが、この会社は北京の共産党中央政府と密接な関係があり、批判すれば中国共産党全体を敵にまわすことになりかねない。
それを恐れて誰もが口をつぐんでいるのだった。

 数日して福州の陳さんの親友から電話があり、あの藻はやはり非常に危険なもので、動物にも入り込んで増殖し、人が感染すれば脳をやられてゾンビ化し、最後は命を落とすとのことだった。

これを聞いて私たちは背筋が寒くなった。
陳さんが福州まで藻だらけの車を運転して行って、よく感染しなかったものだ。

 その翌日、いきなり共産党の日中文化友好交流協会から私に連絡があり、あの湖の畔で行われる福建省の共産党幹部らと深圳の会社の幹部の親睦パーティーに出席してもらいたい、との電話が来た。
私たちがそのような場に呼ばれるはずはないからこれは明らかに脅しだろう。

勘ぐりだが、ひょっとしたら陳さんの福州の親友が裏切ったのかもしれない。
あるいはあの藻を調べているのが研究所から上層部に伝わり、親友が拘束されて、
そこから私たちが会社を調べているのが共産党に伝わったのかもしれない。

しかし、どちらにしてももう逃げることは出来ない。
中国のことだから私たちの周囲には幾重にも監視網が張り巡らされ、逃げたところで捕まるのは確実だろう。

 そこで恐る恐る陳さんと湖畔のパーティーに出席することにした。
タキシードで正装し、陳さんと車で会場の湖畔に着くと、巨大な五星紅旗(中国国旗)が交差して掲げられ、中国共産党のパーティーだと一目で判る。

車を降りて、会場のゲートで、私はパスポート、陳さんは居民身分証を提示してチェックを受けた。
用意してあった名札をもらい、首からぶら下げて湖畔のリゾートホテルのような真新しい会場に入って行った。

しかし、建物内に私たちが入っても、誰かが迎えに出て来るわけでもなく、会場の人々は飲み物のグラスを手にして、テーブルに山盛りにされた豪華な料理をつまみながら歓談しているだけだ。
世界のどこのパーティー会場でも普通に見られる光景で何も変わったところはない。

会場を通り抜けて屋外に出て見れば湖畔である。
正面には湖の広々とした水面が広がり、その向こうには青い山並みが連なっているのが見える。
私たちが大ナマズと正体不明な巨大生物、そして化物ウナギに出くわしたのはあの山並みの辺りだろう。

湖畔には美しい緑の芝生が張られて、ここもパーティー会場になっており、多くの人々があちこちに集まって歓談しているが、ここでも私たちに注意を向ける者はいない。

私は陳さんに、

「おかしいな。呼び出したのは私たちを脅迫するつもりだろうに、誰も何も言ってこない。どうしてなんだろう?」

と言うと、陳さんも首をかしげている。

屋外のバーベキュー会場では中国らしく、牛肉だけでなく羊肉も焼いていて、食欲をそそる香ばしい匂いが漂っているが、緊張のあまりとても飲食する気にはなれない。
そして相変わらず、私たちに声を掛ける者はいない。

だが、ここで驚いたことがある。
この会場は湖畔のためか異様に蛇が多く、芝生の上を大小の蛇が絶えず横切り、建物の中まで入って行くやつまでいる。
キショク悪いことこの上ないが、出席者は誰もそれを気にする様子がない。
普通なら蛇が入ってきたら大騒ぎだろう。
さらに見ていると会場のテーブルの上にまで蛇が上がっても誰も何も言わない。これはなんとも奇妙で不気味だ。

蛇は湖の中にも入って行き、水中で数多くの蛇が泳いで渦を巻いているのが見える。

と、いきなり、

「バッシャーン、ザザー」

と大きな音がして水面からネッシーのように巨大な怪物が頭を持ち上げた。
水面から突き出た高さだけで10mはある。
全身では何メートルあるのだろう?とてつもない大きさだ。

きっとこいつが湖にいる大ナマズを食っていたのだろう。
よく見ればこいつはウナギだ、これは巨大ウナギのモンスターだ。
私たちは度肝を抜かれた。

出席者たちはそれを見ても誰も驚かず、歓声を上げて拍手している。
あまりの異様さに私と陳さんは立ちすくんだ。

 見れば出席者らの顔は次第に変化していき、奇妙な形になった。
これには見覚えがある、中国で滋養強壮に食されるヤツメウナギだ。
顔面全体がホースを切ったような真ん丸の口になり、その中にはギザギザの鋭い歯がギッシリ生えて、人間なら耳があるはずの所から黒い眼玉が飛び出ている。
やはりこいつらは人間ではないのだ、化け物だ。もうこんなのは何もかも理解不能だ。

私と陳さんは顔を見合わせると次の瞬間に逃げ出した。

私は叫んだ

「ダメだ、ここはバケモノの巣窟なんだ!」

会場ゲートまで猛ダッシュして停めてあったジープを奪い、後ろからの銃撃を受けながらもひたすら南に向かって走り続けた。

幸いなことに追手はなかったが、逃げる道路の両脇をあのウナギの水に汚染され、全身が藻で緑色になった大勢の人たちが湖に向かってよろよろと歩いて行く。その姿はまるでゾンビだ。

「ああ、酷いことになったねえ。もうこれは抗議とか告発だとかの問題じゃないぞ。
とにかく今は逃げて命を全うしなきゃならない!」

と私が言ったが陳さんからは返事がない。

 助手席を見れば陳さんは先ほどの銃撃を受けたらしく腹から血を流している。
しかもよく見れば右半身が緑色になって痙攣している、なんということだ!
陳さんもあの藻に感染していたのだ。パーティーでうっかり何かを触ったのだろうか?

そうだ、私たちがパーティーに呼ばれたのもこのためだったのだ。
パーティー会場で私たちを藻に感染させてゾンビにしてしまうつもりだったのだ。
だから誰も声をかけてこなかったのだ。

だが、陳さんはともかく、私は感染していないだろうか?
心配だが、もはや感染してしまった陳さんとは一緒にはいられない。

私は車を停め、手袋をすると陳さんを引きずり出した。

「陳さん、すまない」

と声を掛けたが、陳さんからの反応はなかった。

 そして私はひたすら南に向かって走った。





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