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1 嫌な出会い
ウナギ
しおりを挟むウナギ
1 嫌な出会い
久しぶりに中国・福建省を訪れた。所用を済ませ、定宿のホテルに帰ろうと車を飛ばしていると道路が崖崩れで通行止めだ、
「これは山あいの抜け道で帰るしかないですよ」
と運転手兼通訳の陳壮傑さんが言うのでそれに従った。
しばらく走ると道の右側に白い塀が続いている、4mはある高く真っ白な塀が延々と続いていて、塀の向こう側はまるで見えない、この辺りはゆったりとした山並みが続く風光明媚な場所のはずなのに、これでは眺望が台無しだ。
200mも走ったろうか、塀に一か所だけ丸い窓が開いているのが目に入ったので、車を止めてその丸窓から塀の向こうを眺めてみた。
窓の外はすぐに5mほどの崖になっていて下には広々とした水面が広がっている、湖だ。すぐ下の緑色に濁った水面には黒く丸いものが幾つも浮かんでいるのが見える。20くらいはあるだろうか。
「なんだ、ありゃ?」
しばらく見ていると丸いものは動いている。
どうやら魚の頭のようだ、だが、デカイ。
ここからでは正確な大きさは分からないが、頭の直径は1mはあるだろう。
さらに見ていると一匹が跳ねた、水面から跳ね出た姿を見れば、これはナマズだ、なんともデカい、全長が4mはあるだろう。
「アマゾンには巨大ナマズがいるが、それをここで養殖しているんだろうか?
ほんとデカイなあ、あれだけデカけりゃさぞ食いごたえがあるだろう。
中国人は食に貪欲だから巨大ナマズも宴会料理で受けるのかもしれない。
そうなれば儲かるだろう、それを狙っているんだろうか?
やつらは金になれば何でもやるからな。
巨大ナマズの養殖を秘密にしたくてこんなにすごい塀を巡らしているのか?
それならちょっと設備費用を掛けすぎな気もするよな。
でも、なんでここにだけ窓を開けているんだ?」
そんなことを思っていると大ナマズたちがバシャバシャと水面を掻き立て騒ぎ出した。
向こうの水面からV字型の波を立てて何か大きなものがナマズに近づいて来る。
ナマズたちは一斉に逃げ出したが、次々にV字型の波に引き込まれ水の中に消えていく、食われているんだろうか、見ていてなんとも気味が悪い。
「変なものを見ちゃったなあ、もういいや、深入りせずに早く帰ろう」
一緒に見ていた陳さんにそう言って車に乗り込んだ。
すると私たちがさっきまで立っていた覗き窓の前の地面から何かが出て来た、立っているときは気づかなかったが、そこは側溝で、そのコンクリートの蓋が持ち上がり、中から大蛇の頭が出てきたのだ、いや、よく見れば蛇じゃない、こいつはウナギだ。
ウナギだがこれも尋常ではない大きさだ。
頭が鹿のそれほどもあるのだ、呆気に取られて見ているとウナギは私たちの車に向かって口を開いて水を吹きかけてきた。
陳さんは、
「ヤ、ヤオクワイ!(バケモノだ)」
そう叫ぶと車を急発進させた。
それからも右側の白く高い塀はずっと続き、なんとも気味が悪かった。
3キロほど走るうちに同じような覗き窓があと2か所あったが無視して通り抜け、塀が終ってからさらに40分ほど山あいの道を走って街に出て、ようやくホテルに辿り着いたが、私も陳さんも先ほどの異様な出来事に落ち着かない。
気を静めるため私の部屋で中国茶を飲みながら話した。
「なんとも気味の悪いものを見ちまったなあ」
と私が切り出すと、
陳さんは、
「あの辺りの土地は深圳の会社が5年前に買い取ってリゾート開発をしていると聞きましたがあの化物たちはなんなのでしょう」
と言う。
「私はこの土地の人間じゃないから、帰国したら、妙なことが福建省であった、で済ませられるけど、陳さんは地元の人間だからそういうわけにもいかないよね。
でもこれ以上関わるとヤバイことになりそうな気がするなあ」
「私もそう思いますが、あの大ナマズのいた湖の水は稲作をやっている私の一族の水田の用水になっているんです。
もし、あそこでおかしな生体実験でも行われて水が汚染されていたら一族の死活問題ですよ」
「じゃあ、陳さんはあそこを調べようと思うのかい?」
「やりたくないけど、あんなものを見てしまったら、やるしかないでしょう。あの大ナマズを食っていたのはなんですか?姿は見えなかったけど、巨大な化け物に違いない。
それと水を吹きかけて来たあの大ウナギもおかしいでしょう。
あんな化け物はこの世にいないはずだ。あれは人工的な生体実験で作られたに違いないです」
私は関わりたくなかった。
関わりたくなかったが、長年の付き合いの陳さんへの義理がある。
「ここで後ろを見せたら男が廃る」
とのメンドクサイ倫理観に押されたのと、一抹の好奇心から、
「じゃあ、私も協力するよ、明日から調べてみよう」
とつい言ってしまった。
近くのレストランで夕食を摂りながら今後の計画を練ろうじゃないか、と駐車場の陳さんの車に戻ると、後ろのバンパーの右側が緑色に変色している。
「なんだ、これは!
誰が悪戯しやがった!最近は若者の落書きが多くて困っているんですよ。
先月もうちの壁にスプレーでやられたんですよ!」
と陳さんは言って、車からボロ裂を取り出して緑色を拭き取ろうとした。
「ちょっと待って!触っちゃダメだ、よく見てみろよ」
よく見ればバンパーの緑の変色は塗料ではない、藻のような細かな植物質のものがビッシリと張り付いているのだ。
「これはあの化物ウナギが吹きかけて来た水のせいだよ。
水が掛かったところがこんなふうに緑色になっているんだ。
あの水に何か入っていたんだ、多分これは塗料じゃなくて生物だよ。
それもおそらくは、かなりヤバイ生物だ。
だから触ると陳さんもこれに感染してしまうかもしれない、絶対に触っちゃだめだ」
陳さんは緑色を見詰めて黙った。
私は気づいた。
「そうだ!あそこに覗き窓が開けてあったのは、気になって窓を覗く人間にあのウナギの化け物が水を掛けてこの緑の藻に感染させるためだよ。
私たちはたまたま化物ウナギが頭を出すのが遅かったから水が掛かるのは車だけで済んだんだ。だが、ヘタをすればこれが私たちの身体に付いて感染しまっただろう」
陳さんは、しばらくして黙っていたが、
「ああ、どうすりゃいいんですか」
と言った。
「この緑色は素人の手に負えるものじゃない。
ただの藻ならばこんな短時間に増殖して車に張りつくわけがない。
生物学の専門家に見せて処置しないと、どんなまずいことになるか分からないぞ。
それにこの藻を調べればあの湖の謎も判って来るんじゃないかな。
信頼のおける研究機関に調査を依頼する必要があるだろう」
陳さんは、
「大学のときの親友が福州でバイオテクノロジーの研究所に勤めているから、彼に頼んでみます」
と言うと、陳さんはすぐにその親友に電話して、
「どうしても見てもらいたいものがあるからそちらへ行く。詳細は会った時に話す」
とだけ伝えて車に乗り込むとそのまま福州へ向かった。
私は陳さんを見送ると部屋に戻り、なんとも奇妙な今日の出来事をこうして記しているのだ。
これからどうなるのだろう?
果たして私は無事に帰国できるのだろうか?
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