辺境伯に嫁いだので、可愛い義息子と楽しい辺境生活を送ります ~ついでに傷心辺境伯とのぐずぐずの恋物語を添えて~

空野 碧舟

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カチャリ

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 エメリーンが目覚めたとき、まだ辺りは暗闇に包まれていた。

 ――良かった、ちゃんと起きられたわ。

 すっかり寝入っていたエメリーンは、予定通り夜中に目が覚めてホッとした。

 ヒューバートは、キングサイズベッドの反対側で、エメリーンに背中を向けて寝ているらしい。

 寝苦しいのか、それとも悪い夢でも見ているのか、ヒューバートが何やらもごもご言っているが、それは言葉として聞き取れるものではなかった。

 スースーと、ルイからは変わらず気持ち良さそうな寝息が聞こえている。

 ――さて、と。じゃ、ちょっと邸内を散策しようかしら。

 エメリーンの纏う寝巻きは、露出の少ないセパレートタイプで、質は良いものだがデザインとしてはいたってシンプルだ。夜中に廊下を歩いても、何ら支障はない。

 ベッドを揺らさないように起き上がって、扉を開けたエメリーンは、扉の両脇に立つ護衛の兵士と目があった。

「お手洗いですか?」

 声を落として聞いてきたバアルに、エメリーンは頷いた。

「ええ、ついてきてくれるかしら?」

「分かりました」

 廊下の少し先に立つ兵士を、扉前の護衛として追加し、バアルはエメリーンに付き添って歩き始めた。

「で、本当はどこに行くんです?」

「あら、どうして分かったの?」

「……何となく? 大人しくしているエメリーン様が、自分には想像できないので」

 何だか失礼なことを言われたが、察しの良いバアルに、エメリーンは「なるほどね」とくつりと笑った。

「それで、気になるのは執務室でしょうか?」

 ヒューバートやルイのことを一言も詮索することなく、バアルはエメリーンの行動に付き添おうとしている。

 夜中に部屋を抜け出して、怪しい動きをしているエメリーンだが、バアルはエメリーンを爪の先ほども疑っていない様子だ。同じくエメリーンも、バアルが敵である可能性は無いと思っている。

「そうね。……っていうか、いつもこの邸内にいるはずの悪党たちは、どこに行ったのかしら?」

 エメリーンは、子爵や子爵夫人の代わりに、子爵邸内を我が物顔で闊歩している輩がいるはずだと思っていたのだが、そのような人物の気配は邸内には感じられなかった。

「は? そんな情報はありませんでしたよね?」

「まあ、その、この街は悪党がウロウロいるところなんだから、この子爵邸内に入り込んでいても、不思議はないでしょう、ってことよ」

「それは確かにそうですが」

 エメリーンの前世であるアリサの記憶に、悪党たちによる被害を、平民たちがオルクス子爵家に陳情していたというものがある。当時すでに悪党たちから資金提供を受けていた子爵家は、当然その陳情を撥ね付けた。

 ――今ではもう、領民の誰も、オルクス子爵家に期待なんてしていないでしょうね……。

「あら、鍵が掛かっているわ」

 王都のオルクス子爵邸の執務室と、ほぼ同じ位置にある部屋の前に辿り着いたエメリーンは、ドアのノブが回らないことに気が付いた。

「バアル、鍵を開けられる?」

「……壊れても良ければ」

「それはダメ。じゃあ私が開けるわね」

「は?」

 ドアの前で中腰になったエメリーンが、靴に隠しておいた針金を取り出して鍵穴に差し込むと、少し動かしただけで程なくカチャリと音がした。

「入るわよ」

「は? え?」

 エメリーンが突拍子もないことを知っているバアルだが、まさか鍵開けまで出来るとは思っていなかったのだろう。

 順応性が高いと踏んで、バアルの同行を選んだエメリーンだったが、どうやら鍵開けの衝撃は大きかったようだ。まだ目を白黒させているバアルを、エメリーンは「早く入って」と小声で叱責した。
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