辺境伯に嫁いだので、可愛い義息子と楽しい辺境生活を送ります ~ついでに傷心辺境伯とのぐずぐずの恋物語を添えて~

空野 碧舟

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疲弊

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 エメリーンとルイが子爵邸に戻っても、夕食の時間にもヒューバートは戻って来なかった。

 ーー今日も枕投げは出来なかったわね……。

 ヒューバートを待ちくたびれて寝落ちたルイを、昨日と同じ部屋のベッドに寝かせたエメリーンは、ルイの護衛の人数が問題ないことを確認してからエントランスに向かった。

 ヒューバートからの連絡があるかもしれないので、エントランスへ向かうと執事長が言っていたのだ。早足で邸内を歩くエメリーンの後ろには、バアルが当然のように付き従っている。

「バアルは……、いえ、何でもないわ」

 ――バアルは知っている?

 たったそれだけのことを聞けなかったエメリーンに、バアルは密やかに苦笑を浮かべた。

 ずけずけとヒューバートに物申すことの多いエメリーンだが、意外に空気を読むことも多い。それがバアルが垣間見た、オルクス子爵邸でのエメリーンの扱いに由来するものなのかどうかは分からないが、エメリーンはもう少し尊大に振る舞っても良いとバアルは思っていた。

「自分は、エメリーン様はお聞きになった方が良いと思います」

 誰に、何を、と言わなかったバアルを振り返ろうとしたエメリーンの視界に、丁度ヒューバートの姿が飛び込んで来た。

「旦那様っ!」

 居ても立っても居られないといった風に、駆け出したエメリーンの足は速かった。階段の手すりを滑り下りるのは、辺境伯夫人として、いや女性として、大人としてもどうかと思うが、ともかくそのスピードはバアルが追い付けないほどに速い。

「エメリーン?」

「怪我は? 大事ありませんか?」

「エ、エメリーン?」

 ペタペタとヒューバートの腕や肩、腹や足を触っているエメリーンに、ヒューバートが困惑している。

 エメリーンが階段の手すりを滑り下りてくるところから見ていた兵士たちや執事長は、誰一人エメリーンを止めることなく、気が済むまでやらせることにしたらしい。

 護衛としてはどうかと思わなくもないが、彼らにはエメリーンとヒューバートの関係改善に繋がりそうなものについて、暗黙の了解があるのだろう。

「大丈夫そうですね。って、大丈夫ですか? その顔色なら、ルイ様でなくても、顔が悪いって言いますよ」

 エメリーンが今まで見たことのないような、疲れ切ったような表情のヒューバートがそこに居た。

 「顔が悪い」というエメリーンの軽口に反応出来ないほど憔悴しているヒューバートの頬に、エメリーンは思わず手を伸ばした。そのエメリーンの手に、ヒューバートが自身の手をそっと重ねる。

「君が私のことを心配してくれるのか?」

「え?」

 顔色は悪いが、顔は良い。ルイと同じ青い瞳に見つめられて、エメリーンは素直に頷いた。

「心配くらいしますよ。当たり前でしょう?」

 ――それに旦那様に何かあったら、ルイ様が悲しむもの。

 エメリーンの返事にヒューバートが嬉しそうに微笑んだが、その瞳の奥がなぜだか悲しそうでエメリーンは目を瞬いた。

「……旦那様、誰かにいじめられましたか?」

「は……、そんなことはない」

 否定しながらも、ヒューバートの視線が動揺のためか揺れている。どうやらエメリーンの突拍子も無い言葉は、まるっきり外れているわけではないらしい。

「一体何があったんですか? ルイ様には言えないことでも、私にはちゃんと説明してください」

 もやもやしていた本音をようやく伝えたエメリーンから視線を逸らして、ヒューバートは何か言いたげな様子で執事長やバアルを見回した。だが誰もエメリーンを止めようとしないことに気が付いたのか、力無く「分かった」と頷いた。

「旦那様、先に汗を流された方がよろしいかと。その間に食事のご用意をいたします。奥様も、それでよろしいですか?」

「ああ、そうしよう」

「ええ、もちろん」

 執事長に促されてヒューバートや兵士たちが動き出した。そこでエメリーンは初めて気が付いたのだが、ヒューバートだけでなく兵士たちもまた、一様に暗い顔をしていた。

 ーー本当に、一体何があったのかしら?

 エメリーンの目に映る彼らの足取りは重く、その表情は苦悩に満ちていた。
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