辺境伯に嫁いだので、可愛い義息子と楽しい辺境生活を送ります ~ついでに傷心辺境伯とのぐずぐずの恋物語を添えて~

空野 碧舟

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不意打ちの涙

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「執事長、旦那様たちの食事の用意って」

「はい。今日は元々戻られる予定でしたので、ウィロー殿に準備をお願いしておりました。ああ、使用人の方からウィロー殿に伝わったようですね」

 執事長の視線を追うと、ウィローが慌ただしくエメリーンたちのところに向かってくるところだった。

「お出迎え出来ず、失礼いたしました」

「いえいえ。他の使用人の方に丁寧に出迎えていただきましたのでお気になさらず。旦那様はお戻りの時間が分かっておりませんでしたから。こちらこそ、遅い時間に申し訳ありません」

「いえ、辺境伯様を歓待出来る機会など、滅多にあるものではありません。この子爵邸に勤める使用人一同、この名誉ある日々をしっかり勤め上げたいと気合いが入っておりますので、どうぞご遠慮なく快適にお過ごしくださいませ」

 ――まあ、ヤナゼったら。

 いつ戻るか分からないヒューバートを、ウィロー(ヤナゼ)がずっとエントランスで待っているのは現実的ではない。だがウィローは、それが出来なかったことを詫びることで、ヒューバートへの従順を示しているのだ。

 ――見事にそつが無いわね。

 エメリーンたちが食事を終えたダイニングに、ヒューバートや兵士たちの食事が用意されているらしい。珍しく兵士たちも同じ部屋なのは、ある程度遅い時間になった際、執事長から同室で良いと申し出たそうだ。

 ひと足先にダイニングに向かうことにしたエメリーンは、チラリと周りを見回した。『ミルパラ』のナナリの姿は無いようだ。

 ダイニングに着いたエメリーンは、少し声を落としてウィローに話し掛けた。

「もう夜も遅い時間ですので、もし人手が必要でしたら仰ってくださいね」

「いえ、そんな。辺境伯夫人のお手を煩わせるようなことはいたしません。準備万端ですので、どうぞご安心ください」

「まあ、それは心強いわ。ありがとう」

 エメリーンは微笑みながら「そう言えば」と話を続けた。

「ウィローさんにお勧め頂いたお店で、『風の商人』のギルド長、サイラスさんとお会いしましたわ」

 エメリーンには、ウィローの視線がピタリとエメリーンを捉えたのが分かった。

「まさかこんな鄙びたところに、あんなお忙しい方がいらっしゃるなんて思いもよらず、驚きましたのよ」

 エメリーンとしては、エメリーンが望んだ共同戦線を叶えるために、わざわざサイラス本人がオルクス子爵領を訪れてくれたのだと思っている。だからそれに繋がる答えをウィローから聞き出せないかと、そんな話をしてみたのだ。

 だがウィローの返事は、エメリーンの想像とは少し違っていた。

「……ギルド長は、この時期は毎年こちらにいらっしゃるので、丁度都合が良かったのだと思いますよ」

 丁度都合が良かったということは、共同戦線については問題なさそうだ。だがエメリーンはホッとしながらも疑問を抱いた。

「毎年? オルクス子爵領に、そんな魅力的な観光地でもあるのかしら?」

 首を捻るエメリーンに、ウィローが「ナパール湖です」とサラリと答えた。

 ――え? ナパール湖?

 思ってもみなかった地名に、エメリーンは目を瞬いた。不意に胸が締め付けられるような思いがしたのは、サイラスが毎年ナパール湖を訪れる理由が、分かった気がしたからだ。

 ――まさか、そんなこと……。そんなことないわよね。

 アリサの頃の記憶では、ナパール湖の辺りは自然が豊かと言えば聞こえは良いが、人の手が入っておらず自然そのものだったはずだ。

 だが、それから手入れをされて、観光地化したのかもしれない。エメリーンはきっとそうだと思った。いや、そう思いたかったのかもしれない。

「きっと綺麗な湖なのね」

 毎年訪れるというのだから、それほど魅力的なのだろう。エメリーンがそう聞くと、ウィローが首を横に振った。

「いえ、あの辺りの自然は手付かずで、観光で行くようなところではないのですよ」

「……そうなの?」

「……ギルド長が昔、大切な方を亡くされた場所だそうです。私もその方の知り合いでした」

「……そう」

「それから毎年、オルクス子爵領に……、って、どうされました?」

「っ、何でもありません」

 エメリーンの頬を伝う涙に、ウィローが初めて動揺した姿を見せた。執事長やバアルも、突然のことに目を見張っている。

 ――ああ、失敗したわ。

 すぐに誰もいない方に顔を逸らして涙を拭ったエメリーンだったが、すでに手遅れだ。まだ溢れて来て止まらない涙を拭いながら、エメリーンはこの事態をどう誤魔化すか、必死に考え始めた。
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