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セイディの昔話
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セイディがレプラスに出会ったのは、今から5年前のことだ。同じ兵士という立場で、セイディは23歳でレプラスは25歳。歳が近かったこともあり、打ち解けるのにそう時間は掛からなかった。
セイディから見て、レプラスは快活そうな笑顔が印象的な兵士だった。訓練にも真面目に取り組んでいたように見えていたが、実質はどうだったのか。今思えば、レプラスはどうすれば自身が誠実そうに見えるかを知っていたように思う。
だが誠実そうなのは見かけだけで、レプラスの本質は嘘の塊だった。
「セイディ、君の鍛え抜かれた身体は美しいね」
そうセイディを褒めたその口で、レプラスは「やっぱり僕は筋肉質な女性は無理みたい」とセイディのことを嘲笑った。それも二人きりの場所ではなく、他の兵士たちもいる訓練場でのことだ。
半年も付き合った恋人への別れの言葉としては、最低ランクと言えるだろう。
今であればレプラスが最悪な男だったとセイディにも分かるが、当時のセイディは、初めての恋人に振られた初めての事態に理解が追い付かなかった。
だがそれももう、過去のことだ。レプラスのことなどすっかり忘れて、セイディは前を向いていた。
そんなセイディなのだが、辺境伯領全体を巻き込んだ事件の中心にレプラスの存在があると知って、少なからず混乱している。
ーーどういうこと? まさか、あれも全て計画のうちだったってこと?
みんなの前で手酷い振られ方をしたセイディへの配慮からだと思っていたが、その後すぐに、セイディとレプラスは別々の部署になった。
あの別れをきっかけに、レプラスは辺境伯夫人であるグレイス付きの兵士となったのだ。後に聞いた話だが、それを兵士長に希望したのはレプラスだったらしい。
ーーえ? グレイス様に近付くために、レプラスに利用された……?
辺境伯夫人であるグレイスの懐に入り込んだレプラスが、グレイスとともに他領へ逃げたと聞いたとき、セイディは「とんでもないこと」だとは思ったものの、レプラスに対しての感情は特に何も湧かなかった。それはレプラスとグレイスとの関係に、自身は「関係ない」と思っていたからだ。
「そんな……まさか」
セイディの呟きに、唐突に「関係ないぞ」と答えたのはバアルだ。セイディが考えていたことがなぜ分かったのか、不思議そうな顔をしたセイディの視線の先で、バアルがくつりと笑った。
「声に出てた。グレイス様に近付くために、レプラスに利用されたのか、って。……たとえそうだとしても、セイディのせいじゃない。関係ない」
「し、しかし」
「あの野郎のせいで、セイディがまた傷付く必要なんてない。あいつのことは、自分たちがぶっ飛ばしてくるから、セイディはここでルイ様とエメリーン様を守ってくれ。……あの野郎を殴りたい奴は、たくさんいるからな」
ニッと攻撃的な笑みを浮かべたバアルを見て、セイディは目を瞬いた。
「たくさん?」
「ああ。たくさん。自分を含めてな」
「え?」
「惚れた女を過去に傷付けた男を殴れる機会なんて、そうそうないだろ?」
「へ?」
「じゃ、行ってくる」
くるっとセイディに背を向けたバアルは、セイディがその言葉を理解したときにはもう声が届かないほど遠くにいた。背を向けたバアルの耳が赤かったことを思い出して、セイディは思わず笑み溢れる。
「生意気……」
バアルはセイディより5歳若い兵士だ。セイディは縦も横も小さかったバアルが、兵士として人一倍努力していたのを覚えている。
今ではすっかり大きくなり、兵士としての実力も、兵士長も認めるほどに成長した。それはセイディが悔しいと思うほどだ。
「……大人をからかうんじゃない。って、バアルももう立派な大人かぁ」
そう独りごちてセイディは微笑った。
「まあ、でも、バアルが本気になったら、レプラスなんてボコボコね」
それはもう確定した未来だ。セイディはそれを疑うことはなかった。
セイディから見て、レプラスは快活そうな笑顔が印象的な兵士だった。訓練にも真面目に取り組んでいたように見えていたが、実質はどうだったのか。今思えば、レプラスはどうすれば自身が誠実そうに見えるかを知っていたように思う。
だが誠実そうなのは見かけだけで、レプラスの本質は嘘の塊だった。
「セイディ、君の鍛え抜かれた身体は美しいね」
そうセイディを褒めたその口で、レプラスは「やっぱり僕は筋肉質な女性は無理みたい」とセイディのことを嘲笑った。それも二人きりの場所ではなく、他の兵士たちもいる訓練場でのことだ。
半年も付き合った恋人への別れの言葉としては、最低ランクと言えるだろう。
今であればレプラスが最悪な男だったとセイディにも分かるが、当時のセイディは、初めての恋人に振られた初めての事態に理解が追い付かなかった。
だがそれももう、過去のことだ。レプラスのことなどすっかり忘れて、セイディは前を向いていた。
そんなセイディなのだが、辺境伯領全体を巻き込んだ事件の中心にレプラスの存在があると知って、少なからず混乱している。
ーーどういうこと? まさか、あれも全て計画のうちだったってこと?
みんなの前で手酷い振られ方をしたセイディへの配慮からだと思っていたが、その後すぐに、セイディとレプラスは別々の部署になった。
あの別れをきっかけに、レプラスは辺境伯夫人であるグレイス付きの兵士となったのだ。後に聞いた話だが、それを兵士長に希望したのはレプラスだったらしい。
ーーえ? グレイス様に近付くために、レプラスに利用された……?
辺境伯夫人であるグレイスの懐に入り込んだレプラスが、グレイスとともに他領へ逃げたと聞いたとき、セイディは「とんでもないこと」だとは思ったものの、レプラスに対しての感情は特に何も湧かなかった。それはレプラスとグレイスとの関係に、自身は「関係ない」と思っていたからだ。
「そんな……まさか」
セイディの呟きに、唐突に「関係ないぞ」と答えたのはバアルだ。セイディが考えていたことがなぜ分かったのか、不思議そうな顔をしたセイディの視線の先で、バアルがくつりと笑った。
「声に出てた。グレイス様に近付くために、レプラスに利用されたのか、って。……たとえそうだとしても、セイディのせいじゃない。関係ない」
「し、しかし」
「あの野郎のせいで、セイディがまた傷付く必要なんてない。あいつのことは、自分たちがぶっ飛ばしてくるから、セイディはここでルイ様とエメリーン様を守ってくれ。……あの野郎を殴りたい奴は、たくさんいるからな」
ニッと攻撃的な笑みを浮かべたバアルを見て、セイディは目を瞬いた。
「たくさん?」
「ああ。たくさん。自分を含めてな」
「え?」
「惚れた女を過去に傷付けた男を殴れる機会なんて、そうそうないだろ?」
「へ?」
「じゃ、行ってくる」
くるっとセイディに背を向けたバアルは、セイディがその言葉を理解したときにはもう声が届かないほど遠くにいた。背を向けたバアルの耳が赤かったことを思い出して、セイディは思わず笑み溢れる。
「生意気……」
バアルはセイディより5歳若い兵士だ。セイディは縦も横も小さかったバアルが、兵士として人一倍努力していたのを覚えている。
今ではすっかり大きくなり、兵士としての実力も、兵士長も認めるほどに成長した。それはセイディが悔しいと思うほどだ。
「……大人をからかうんじゃない。って、バアルももう立派な大人かぁ」
そう独りごちてセイディは微笑った。
「まあ、でも、バアルが本気になったら、レプラスなんてボコボコね」
それはもう確定した未来だ。セイディはそれを疑うことはなかった。
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