辺境伯に嫁いだので、可愛い義息子と楽しい辺境生活を送ります ~ついでに傷心辺境伯とのぐずぐずの恋物語を添えて~

空野 碧舟

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予期せぬ出来事

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 ーーああ、まさかこんなことが起こるなんて。

 ヒューバートたちの向かった高級宿屋への道のりを、セイディは今、一人で駆けている。

 ーールイ様、どうか、どうかご無事で。

 拭き取ることしかしていないため、セイディの両手にはまだダンの血が残っている。走りながらもその血の匂いを感じ、セイディの焦りはさらに強くなった。

「早く、早くヒューバート様に、この事態についてお伝えしなければ」

 オルクス子爵邸からその高級宿屋までは、普段ならどうということもない距離のはずなのに、気が焦っているからか、駆け続けているセイディの疲労感が強い。それでもセイディは一度も立ち止まることなく、ヒューバートの元へ駆け続けた。

 ヒューバートたちは、グレイスとレプラスが入った高級宿屋の、近くにある食事処に潜むことになっていた。それはウィローの手配によるものだ。目立たないように早朝からバラけて移動したヒューバートたちも、そろそろ全員が合流した頃だろう。

 ーーどうか、まだ突入していませんように。

 グレイスとレプラスを捕まえることは確かに重要だ。だが今は、それよりも優先してほしいことが起きた。

 ヒューバートたちが出立してから、まだ半日も経っていないというのに、オルクス子爵邸では予想外の事態が起こってしまった。

 ルイが誘拐されたのだ。エメリーンとセイディが、ほんの数分ルイの側を離れた隙に、ルイの姿は消えてしまった。胸や腹を刺されて、倒れているダンを残して。

 ――ああ、ルイ様。ルイ様。

 恐らく睡眠薬などを盛られたのか、ダンの両手の掌には、何とか意識を保とうと、もがいて付いた血の滲んだ爪跡があった。

 部屋前に居た見張りの兵士は、怪我などもなかったが、眠らされていて何も見ていなかった。そしてダンは、何も伝えられるような状態ではなかった。

 ――ダン。せめて命が助かれば良いけど……。いや、今はそれよりも。

 ルイが誘拐されたと気が付いたエメリーンは、すぐに子爵邸の使用人ウィローを呼んだ。セイディは、エメリーンが全くウィローを疑わずに話していることに驚いたが、その後のウィローの対応は素早かった。

 邸内を確認したウィローは、すぐにルイを連れ去った犯人を特定すると、その潜伏先にまで当たりを付けたのだ。

 ーーやはり、「ミルパラ」のナナリ。あの女が……。

 要注意人物と把握していた女の仕業だと聞いて、セイディの胸に悔しさが湧き上がった。

「ナナリの能力を侮っていました。大変申し訳ございません」

「そういうのはルイ様を救出した後にしましょう」

 エメリーンに頭を下げたウィローに、セイディが怒りをぶつけるより早く、エメリーンが謝罪を止めた。

「セイディ、あなたは旦那様に状況を報告してもらえるかしら。……直接行ってもらうのが良いと思う。良いかしら?」

「はい。あ、でも奥様は」

「私は大丈夫。私は一人ではないから」

 睡眠薬で眠らされていた見張りの兵士、ガーツの方をチラリと振り返ったエメリーンに、セイディはどうすべきか少し悩んだ。ガーツは30代半ばの精鋭兵士の一人ではあるが、まだ睡眠薬の影響があるのか、頭に手を当てて首を振っている。

「……心配いらないわ。セイディ、お願いだから急いでちょうだい」

「ダイナリア辺境伯夫人のことは、わたしたちが必ずお守りします。大切なご子息様をこの邸宅で誘拐された失態を、必ず取り戻してみせます。……今の状況でわたしのことを信じてほしいというのは、難しいとは思いますが……」

「セイディ。私は彼らのことを信じています。だから行ってくれるわね?」

 ウィローには言いたいことがあったが、エメリーンの強い瞳に押され、セイディは迷いながらも頷いた。エメリーンの「私は一人ではない」という言葉の意味を、セイディは正しくは理解できていなかった。
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