辺境伯に嫁いだので、可愛い義息子と楽しい辺境生活を送ります ~ついでに傷心辺境伯とのぐずぐずの恋物語を添えて~

空野 碧舟

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エメリーンの好きなもの

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「ルイ様よぉ。悪いが、ちょっくら起きてくんねぇか」

「んう……?」

 お腹がいっぱいになったルイが、長椅子の上に転がってうとうとしていると、申し訳なさそうにカイリが言った。カイリはさっき小屋の外に出て行ったと思っていたが、いつの間にか戻ってきていたらしい。

「どうしたの?」

「あー。疲れてるとは思うんだが、これから俺たちと逃げねぇか?」

「え?」

 何を言われたのかすぐには理解できず、ルイはぱちぱちと目を瞬かせた。

「え、と。どういうこと?」

「どういうこと、って」

 問い返されると思っていなかったのか、カイリが困ったような顔をして押し黙った。

「ん、しょっと」

 ルイは身体を起こして椅子に座り直すと、あくびを押し殺しながら、カイリの次の言葉をじっと待った。ルイのつぶらな瞳に見つめられて、カイリがしぶしぶ口を開く。

「……あー、本当だったら、これからルイ様をあるところに連れていくことになっていたんだぜ」

「うん」

 カイリたちが細身の男とそんな話をしていたのを、ルイも覚えている。

「そこにルイ様を連れていくのはやめて、俺たちと一緒に連れて逃げたいと思っている」

「どうして?」

 「どうしてって」と呟いた後、またもカイリは口を閉じた。

「じゃあ、あるところ? にはいかないで、ここにいるのはだめ?」

 誰かは分からないが、間違いなく助けが来ることをルイは疑っていない。だからルイは動かずに待っていた方が良いのではと考えた。

「いや、ここではすぐに別の奴らがルイ様を連れに来るんだぜ。それにルイ様を置いて、俺たちだけが逃げるなんてこと、するつもりはない」

「えっ?」

 突然、カイリがルイの座る長椅子の前に、両膝をついて頭を下げた。

「すまねえ。ルイ様を攫って来たのは別の奴らだが、俺とツッパがこの誘拐の片棒を担がされている真っ最中なのは確かだ。悪い奴らの仲間である俺たちを信じてくれっていうのは、虫の良い話だと分かっているんだぜ。でも、どうか、俺たちにルイ様を助けさせてもらえねえか?」

「えっ、と?」

 カイリが真剣な眼差しを向けてルイに話した内容だが、残念ながらルイには半分も伝わらなかった。眠気のせいで、ルイが少しぼんやりしていることもあるが、いつもルイの近くにいる大人たちより、カイリの口調は早すぎたのだ。

「あ、あの。え、っと。……いいムシは、エメリーンさまがよろこぶとおもう。だから、たすけてあげてほしいとおもう」

「あん?」

 カイリはルイの返事がおかしいと思ったが、ルイが「おねがいします」と笑顔で続けたため、ルイが逃げることを決めたのだと受け止めた。

「よし。それじゃあすぐに出ますぜ。荷物をまとめちまいますので、少しだけ待っててくだせぇ」

 立ち上がって膝を払ったカイリを見上げて、ルイはこくりと頷いた。

「う、うん。……わかった。まってるね」

 エメリーンは虫が好きだ。ダイナリア辺境伯領から王都へ向かう途中、いろいろな虫をルイと一緒に捕まえては、羽の美しさや角の格好良さについて熱弁していた。

 ――あれ? さっきはなんのはなしをしていたんだったかな? なにかだいじなはなしをしていたきがするんだけど?

 大きなあくびを一つして、ルイは首を傾げた。どうして急に話が変わったのか、元々は何の話をしていたのかは分からなかったが、良い虫がいるならきっとエメリーンが喜ぶはずだとルイは思った。

 だからカイリに助けるようにお願いしたのだが、どうやらそれには、ルイも一緒に行かなければならないらしい。

「まあいいか。いいムシって、どんなムシかな……」

 足をぶらぶらしながら零したルイの独り言は、逃亡の準備に集中しているカイリの耳には届かなかった。
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