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辺境伯夫人たるもの
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非常時にこそ、その人本来の品位というものが滲み出る。ヤナゼは昔サイラスから学んだそんなことを、ふと思い出した。
そんな場合ではないのに、唐突にそんなことが頭をよぎるほど、ヤナゼの目の前に立つ二人の佇まいには、あまりにも差があったのだ。
右手には這々の体で逃げて来たことが分かる、髪も服もぐちゃぐちゃな女。
左手には山道も何のその、長時間走った後、馬に乗ってさらに走ってここまでたどり着いたというのに、その顔にも髪にも服にも乱れがない女。
――見事なものだ。
元辺境伯夫人と現辺境伯夫人を交互に見て、ヤナゼはその歴然たる差に思わず口元が緩んだ。
そんな場合ではないことは分かっているが、自身が協力しているのがエメリーンであることが、何とも誇らしいような気がしたのだ。だからその気持ちが素直に言葉に出た。
「見苦しいですね。とても元辺境伯夫人であった方とは思えない有り様です」
「……元辺境伯夫人?」
エメリーンがそう呟いた後、ハッとした表情を見せた。どうやらヤナゼの言葉を聞いて初めて、目の前にいるのがグレイスであることに気が付いたようだ。
二人の出会いは偶然のことではない。向かう先が同じ『ナパール湖』であるのは、疑いようもないことだ。
『ナパール湖』はもう目と鼻の先だったが、その前にエメリーンたちはグレイスに遭遇した。当然グレイスの側にはレプラスの姿もあったが、他には誰もいない。
――どうやら天は、わたしたちに味方したらしい。
「見苦しいですって? どうしてそんな失礼な、って、あなた、確かオルクス子爵家の使用人ではなかったかしら?」
突然ヤナゼに失礼なことを言われたことに反応したグレイスだったが、ヤナゼの顔を見て、疑問の表情を浮かべた。
「お前、何者だ?」
誰何の声を上げたのはレプラスだ。どうやらグレイスよりは現状把握能力が高いらしい。
「ダイナリア辺境伯様の協力者ですよ。まさかこんなところで会うとは思っていませんでしたが」
どうやってか、ヒューバートたちから逃れて逃亡中のグレイスとレプラスに遭遇するとは、ヤナゼも思ってもみなかったことだ。
――あの店舗の中には、隠し通路があったのか。やはり今のアントスのトップは小賢しい。
力押しだった前のトップなら、コツコツと隠し通路を掘るようなことは絶対になかった。
「辺境伯の協力者……?」
それだけ聞いて事態を察したレプラスが身構えた。だがレプラスはグレイスを庇おうとはせず、グレイスの後ろにスッとその身を引いたのだ。
――なるほど。どうやらレプラスは、想像以上に卑怯者のようだ。
エメリーンと対峙しているグレイスは、まだ全く事態を把握していない。レプラスが自身を盾にしたことすら、気が付いていないだろう。
緊迫した状況でまず動いたのは、エメリーンだった。
「初めまして、グレイス様。と、その間男の方」
「ま、間男ですって?」
「あら、ごめんなさい。名前を聞いた気はするのだけど、すぐ忘れてしまって。マ、マオー。マーオートコ……。何だったかしら?」
レプラスの『レ』の字も合っていないエメリーンの言葉に、ヤナゼが思わずくっと笑いを漏らした。
――エメリーン様も人が悪い。いや、それだけ腹を立てているということか。
「まあ、いいわ。そんな人のことはどうでも」
グレイスの後ろに立つレプラスを確実に挑発しながらも、エメリーンの意識はグレイスに向かっている。
「グレイス様、私はあなたにお会いすることがあったら、お聞きしてみたいことがあったのです」
「は? って言うか、あなた誰?」
訝しげな顔でエメリーンを見つめたグレイスの前で、エメリーンがあっと小さな声を上げる。
「そういえば、自己紹介がまだでしたわね」
そんな場合ではないのに、唐突にそんなことが頭をよぎるほど、ヤナゼの目の前に立つ二人の佇まいには、あまりにも差があったのだ。
右手には這々の体で逃げて来たことが分かる、髪も服もぐちゃぐちゃな女。
左手には山道も何のその、長時間走った後、馬に乗ってさらに走ってここまでたどり着いたというのに、その顔にも髪にも服にも乱れがない女。
――見事なものだ。
元辺境伯夫人と現辺境伯夫人を交互に見て、ヤナゼはその歴然たる差に思わず口元が緩んだ。
そんな場合ではないことは分かっているが、自身が協力しているのがエメリーンであることが、何とも誇らしいような気がしたのだ。だからその気持ちが素直に言葉に出た。
「見苦しいですね。とても元辺境伯夫人であった方とは思えない有り様です」
「……元辺境伯夫人?」
エメリーンがそう呟いた後、ハッとした表情を見せた。どうやらヤナゼの言葉を聞いて初めて、目の前にいるのがグレイスであることに気が付いたようだ。
二人の出会いは偶然のことではない。向かう先が同じ『ナパール湖』であるのは、疑いようもないことだ。
『ナパール湖』はもう目と鼻の先だったが、その前にエメリーンたちはグレイスに遭遇した。当然グレイスの側にはレプラスの姿もあったが、他には誰もいない。
――どうやら天は、わたしたちに味方したらしい。
「見苦しいですって? どうしてそんな失礼な、って、あなた、確かオルクス子爵家の使用人ではなかったかしら?」
突然ヤナゼに失礼なことを言われたことに反応したグレイスだったが、ヤナゼの顔を見て、疑問の表情を浮かべた。
「お前、何者だ?」
誰何の声を上げたのはレプラスだ。どうやらグレイスよりは現状把握能力が高いらしい。
「ダイナリア辺境伯様の協力者ですよ。まさかこんなところで会うとは思っていませんでしたが」
どうやってか、ヒューバートたちから逃れて逃亡中のグレイスとレプラスに遭遇するとは、ヤナゼも思ってもみなかったことだ。
――あの店舗の中には、隠し通路があったのか。やはり今のアントスのトップは小賢しい。
力押しだった前のトップなら、コツコツと隠し通路を掘るようなことは絶対になかった。
「辺境伯の協力者……?」
それだけ聞いて事態を察したレプラスが身構えた。だがレプラスはグレイスを庇おうとはせず、グレイスの後ろにスッとその身を引いたのだ。
――なるほど。どうやらレプラスは、想像以上に卑怯者のようだ。
エメリーンと対峙しているグレイスは、まだ全く事態を把握していない。レプラスが自身を盾にしたことすら、気が付いていないだろう。
緊迫した状況でまず動いたのは、エメリーンだった。
「初めまして、グレイス様。と、その間男の方」
「ま、間男ですって?」
「あら、ごめんなさい。名前を聞いた気はするのだけど、すぐ忘れてしまって。マ、マオー。マーオートコ……。何だったかしら?」
レプラスの『レ』の字も合っていないエメリーンの言葉に、ヤナゼが思わずくっと笑いを漏らした。
――エメリーン様も人が悪い。いや、それだけ腹を立てているということか。
「まあ、いいわ。そんな人のことはどうでも」
グレイスの後ろに立つレプラスを確実に挑発しながらも、エメリーンの意識はグレイスに向かっている。
「グレイス様、私はあなたにお会いすることがあったら、お聞きしてみたいことがあったのです」
「は? って言うか、あなた誰?」
訝しげな顔でエメリーンを見つめたグレイスの前で、エメリーンがあっと小さな声を上げる。
「そういえば、自己紹介がまだでしたわね」
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