辺境伯に嫁いだので、可愛い義息子と楽しい辺境生活を送ります ~ついでに傷心辺境伯とのぐずぐずの恋物語を添えて~

空野 碧舟

文字の大きさ
155 / 155

辺境伯夫人たるもの

しおりを挟む
 非常時にこそ、その人本来の品位というものが滲み出る。ヤナゼは昔サイラスから学んだそんなことを、ふと思い出した。

 そんな場合ではないのに、唐突にそんなことが頭をよぎるほど、ヤナゼの目の前に立つ二人の佇まいには、あまりにも差があったのだ。

 右手には這々の体で逃げて来たことが分かる、髪も服もぐちゃぐちゃな女。

 左手には山道も何のその、長時間走った後、馬に乗ってさらに走ってここまでたどり着いたというのに、その顔にも髪にも服にも乱れがない女。

 ――見事なものだ。

 元辺境伯夫人と現辺境伯夫人を交互に見て、ヤナゼはその歴然たる差に思わず口元が緩んだ。

 そんな場合ではないことは分かっているが、自身が協力しているのがエメリーンであることが、何とも誇らしいような気がしたのだ。だからその気持ちが素直に言葉に出た。

「見苦しいですね。とても元辺境伯夫人であった方とは思えない有り様です」

「……元辺境伯夫人?」

 エメリーンがそう呟いた後、ハッとした表情を見せた。どうやらヤナゼの言葉を聞いて初めて、目の前にいるのがグレイスであることに気が付いたようだ。

 二人の出会いは偶然のことではない。向かう先が同じ『ナパール湖』であるのは、疑いようもないことだ。

 『ナパール湖』はもう目と鼻の先だったが、その前にエメリーンたちはグレイスに遭遇した。当然グレイスの側にはレプラスの姿もあったが、他には誰もいない。

 ――どうやら天は、わたしたちに味方したらしい。

「見苦しいですって? どうしてそんな失礼な、って、あなた、確かオルクス子爵家の使用人ではなかったかしら?」

 突然ヤナゼに失礼なことを言われたことに反応したグレイスだったが、ヤナゼの顔を見て、疑問の表情を浮かべた。

「お前、何者だ?」

 誰何の声を上げたのはレプラスだ。どうやらグレイスよりは現状把握能力が高いらしい。

「ダイナリア辺境伯様の協力者ですよ。まさかこんなところで会うとは思っていませんでしたが」

 どうやってか、ヒューバートたちから逃れて逃亡中のグレイスとレプラスに遭遇するとは、ヤナゼも思ってもみなかったことだ。

 ――あの店舗の中には、隠し通路があったのか。やはり今のアントスのトップは小賢しい。

 力押しだった前のトップなら、コツコツと隠し通路を掘るようなことは絶対になかった。

「辺境伯の協力者……?」

 それだけ聞いて事態を察したレプラスが身構えた。だがレプラスはグレイスを庇おうとはせず、グレイスの後ろにスッとその身を引いたのだ。

 ――なるほど。どうやらレプラスは、想像以上に卑怯者のようだ。

 エメリーンと対峙しているグレイスは、まだ全く事態を把握していない。レプラスが自身を盾にしたことすら、気が付いていないだろう。

 緊迫した状況でまず動いたのは、エメリーンだった。

「初めまして、グレイス様。と、その間男の方」

「ま、間男ですって?」

「あら、ごめんなさい。名前を聞いた気はするのだけど、すぐ忘れてしまって。マ、マオー。マーオートコ……。何だったかしら?」

 レプラスの『レ』の字も合っていないエメリーンの言葉に、ヤナゼが思わずくっと笑いを漏らした。

 ――エメリーン様も人が悪い。いや、それだけ腹を立てているということか。

「まあ、いいわ。そんな人のことはどうでも」

 グレイスの後ろに立つレプラスを確実に挑発しながらも、エメリーンの意識はグレイスに向かっている。

「グレイス様、私はあなたにお会いすることがあったら、お聞きしてみたいことがあったのです」

「は? って言うか、あなた誰?」

 訝しげな顔でエメリーンを見つめたグレイスの前で、エメリーンがあっと小さな声を上げる。

「そういえば、自己紹介がまだでしたわね」
しおりを挟む
感想 35

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(35件)

かかし
2025.10.27 かかし

自分の感想、誤字発見!
グレースのとこ、「素敵な名前なのに」です!
素敵に前とか、いみわからん😭
すみません!

解除
かかし
2025.10.26 かかし

旦那様、女を見る目がなかったってことね
グレースは(素敵に前なのに性悪とは残念無念)処刑かな😊

解除
sanzo
2025.10.03 sanzo

リアルがお忙しいのかな?
それとも、えっ!御病気だったりして💦
お身体、大事にして下さい!

落ち着かれましたら、更新宜しくです✨️
楽しみにしてます😊

承認はお任せです😊

(誘拐犯は、今んとこスルー出来そうで、一先ずホッとしてる三蔵でした〜)

解除

あなたにおすすめの小説

神具のクワで異世界開拓!〜過労死SE、呪われた荒野を極上農園に変えてエルフや獣人と美味しいスローライフ〜

黒崎隼人
ファンタジー
ブラック企業で過労死したシステムエンジニアの茅野蓮は、豊穣の女神アリアによって剣と魔法のファンタジー世界へ転生する。 彼に与えられた使命は、呪われた「嘆きの荒野」を開拓し、全ての種族が手を取り合える理想郷を築くこと。 女神から授かったチート神具「ガイアの聖クワ」を一振りすれば、枯れた大地は瞬時に極上の黒土へと変わり、前世の知識と魔法の収納空間を駆使して、あっという間に規格外の美味しい作物を育て上げていく。 絶品の「ポトフ」で飢えたエルフの少女を救ったことを皮切りに、訳ありの白狼族の女戦士、没落した元公爵令嬢、故郷を失った天狐の巫女、人間に囚われていた翼人族の少女など、行き場を失った魅力的なヒロインたちが次々と彼の農園に集まってくる。 蓮が作る「醤油」や「マヨネーズ」などの未知の調味料や絶品料理は、瞬く間に世界中の胃袋を掴み、小さな農園はいつしか巨大な経済網を持つ最強の都市国家へと発展していく! 迫り来る大商会の圧力も、大国の軍勢も、さらには魔王軍の侵攻すらも、蓮は「美味しいご飯」と「農業チート」で平和的に解決してしまう。 これは、一本のクワを握りしめた心優しい青年が、傷ついた仲間たちと共に美味しい食卓を囲みながら、世界一豊かで幸せな国家「アルカディア連邦」を創り上げるまでの、奇跡と豊穣の異世界スローライフ!

過労死して転生したので絶対に働かないと決めたのに、何をしても才能がバレる件

やんやんつけバー
ファンタジー
過労死して異世界転生。今度こそ絶対に働かないと決めたのに、何をやっても才能がバレてしまう——。農村で静かに暮らすはずが、魔力、農業、医療……気づけば誰も放っておかない。チートで穏やか系の異世界スローライフ。

最安もふもふ三匹に名前をつける変な冒険者ですが、この子たちの力を引き出せるのは私だけです ~精霊偏愛録~

Lihito
ファンタジー
精霊に名前をつける冒険者は、たぶん私だけだ。 うさぎのノル、狐のルゥ、モモンガのピノ。三匹とも最安の契約で、手のひらに乗るサイズ。周りからは「手乗り精霊で何ができる」と笑われている。 でも、この子たちへの聞き方を変えるだけで、返ってくる答えはまるで違う。三匹の情報を重ねれば、上位の精霊一体では見えないものが見える。 上位パーティが三度失敗した大型討伐。私は戦わない。ノルに地中を、ピノに上空を、ルゥに地上を調べさせて、答えを組み上げる。 ——この世界の精霊の使い方、みんな間違ってませんか?

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

前世で私を捨てた皇太子が、今世ではなぜか執着してきます。でも私は静王妃なので『皇叔母様』と呼ばせます

由香
恋愛
沈薬は前世、皇太子の妃だった。 だが彼の寵愛は側室へ移り、沈薬は罪もなく冷宮へ送られ――孤独の中で死んだ。 そして目を覚ますと、賜婚宴の日に戻っていた。 二度目の人生。 沈薬は迷わず皇太子ではなく、皇帝の弟である静王を選ぶ。 ただしその夫は、戦で重傷を負い昏睡中だった。 「今世は静かに生きられればそれでいい」 そう思っていたのに―― 奇跡的に目覚めた静王は、沈薬を誰よりも大切にしてくれた。 さらにある日。 皇太子が前世の記憶を思い出してしまう。 「沈薬は俺の妃だった」 だが沈薬は微笑んで言う。 「殿下、私は静王妃です」 今の関係は―― 皇叔母様。 前世で捨てた女を取り戻そうとする皇太子。 それを静かに守る静王。 宮廷を揺るがす執着と溺愛の物語。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 【ご報告】 最終回まで予約投稿済みです。 毎日8時・20時に更新予定です。

王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~

しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。 豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。 ――食事が、冷めているのだ。 どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。 「温かいごはんが食べたい」 そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。 地下厨房からの高速搬送。 専用レーンを爆走するカートメイド。 扉の開閉に命をかけるオープナー。 ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!? 温かさは、ホッとさせてくれる。 それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。 冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、 食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ! -

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。