辺境伯に嫁いだので、可愛い義息子と楽しい辺境生活を送ります ~ついでに傷心辺境伯とのぐずぐずの恋物語を添えて~

空野 碧舟

文字の大きさ
16 / 152

不機嫌なルイ

しおりを挟む
 神妙な顔をして書斎机に向かってはいるが、エメリーンは心ここにあらずだった。それもそのはず、先ほどからエメリーンが綴っているのは、ずっと同じ謝罪の言葉だ。

「ダメですよ。ちゃんと集中して書いてください」

 そしてまた、エメリーンを注意するマーサの声にも、たいして心はこもっていない。ただ、エメリーンを監視しているのはマーサだけではないのだ。明らかに苛々した顔の侍女頭レイニーがいるので、仕方なくマーサが注意をしているという、そういう状況だった。

 あの後、ぐるぐると回したルイをおろすと、目が回ったルイが絨毯に膝を付いた。それだけのことだったのだが、侍女頭だけではなくルイの侍女や侍従や兵士たちまでもが、こぞってエメリーンを責めたのだ。「エメリーンさまを、おこっちゃダメ!」というルイの一言がなければ、それこそ屋敷から追い出されかねないほどの大騒ぎだった。

 ――ルイ様は、屋敷の人たちに本当に愛されているのよね。

 エメリーンがそう気付けたのは、今回の件があったからだ。侍女頭のレイニーでさえも、エメリーンのことを様子見はしていたようだが嫌っているということではなく、ただルイを守りたい一心で行動していたことが分かった。

 使用人たちはルイを大切に思っている。だからこそ、ルイには澄んだ目も可愛い笑顔も残っているのだろう。だがそれだけでは解決していない、ルイには何かその小さな心に抱えている闇があることも、エメリーンにはもう分かっている。

 そんなことを理解したエメリーンは、ルイのために怒って、引くに引けない様子の使用人たちに、エメリーンの方から折れて提案した。

「わかりました。少々やりすぎたことは謝ります。その気持ちを込めて、あなたたちの人数分、反省文を書きましょう」

 執事長や侍女頭までもがポカーンとした顔をしていたところ、手を打ったのは一人の兵士だった。

「奥様の反省文ですか、それは良いですな。ではそれで! 皆もそれで文句なしですな」

 みんながすんなり頷いたところを見ると、ただの兵士ではないようだ。執事長や侍女頭のレイニーもしぶしぶだが頷いたので、その認識で合っているだろう。

 ――兵士長、ルドガー、か。

 反省文の数を確認するために、エメリーンは使用人たちの名前一覧を渡された。そこにあった名前を見て、エメリーンはあれがきっと兵士長だったのだろうと確信した。年齢は50代前半から半ばくらいに見えたが、あの筋骨隆々の身体と鋭い眼差しは、いかにも兵士長だったとエメリーンは思う。

 それにしても、この辺境伯では使用人たちの立場がとても強いのだな、とエメリーンは感心していた。辺境という土地柄もあるのだろうが、辺境伯であるヒューバート――いや、もしかしたら亡くなっている先代の辺境伯夫妻も、それを容認していたのかもしれないとエメリーンは思った。

「ええと、どこまで書いたかしら。ああ……、ルイ様の……目を回すほど……回転を……繰り返してしまい……申し訳ありませんでした……今度は……反対方向にも……回りたいと思います」

「奥様、そうではありません」

 いつの間にか、反省文を書きながら声を出してしまっていたエメリーンは、ふるふると頭を振るマーサの姿を見ながら、侍女頭の深いため息を聞くことになったが、特にそれは気にならなかった。

 ――文面は全員分同じなんだけど。まあ仕方ないよね。

 後日、辺境伯夫人の反省文なるものを個別に受け取った使用人たちは、自身の名前入りのその反省文に感激して額縁に飾るものや、くつりと笑いながらも大切に保管するもの、読んでその内容に頭を抱えたものなど、さまざまにそれを楽しんだという。

 それを見つけたルイが、執事長や侍女頭、兵士長や兵士たちにも「てがみをもらってずるい!」と騒いだらしいが、その騒ぎについてはエメリーンの耳には入らなかった。

 だからルイとの約束どおり、木のぼりを教えることになったその日、ルイがなんだか不機嫌だった理由も、エメリーンには分からなかった。

「ルイ様? どうしたのですか?」

「なんでもないもん」

 ぷいっと横を向くルイは可愛いが、どういう状況なのかエメリーンは首を捻るしかない。見張りに付いてきた兵士長のルドガーが答えてくれるのではと期待して視線を向けるが、ルドガーは「さて、なんででしょうな」と豪快に笑うだけで何も答えてはくれなかった。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

悪役令息の継母に転生したからには、息子を悪役になんてさせません!

水都(みなと)
ファンタジー
伯爵夫人であるロゼッタ・シルヴァリーは夫の死後、ここが前世で読んでいたラノベの世界だと気づく。 ロゼッタはラノベで悪役令息だったリゼルの継母だ。金と地位が目当てで結婚したロゼッタは、夫の連れ子であるリゼルに無関心だった。 しかし、前世ではリゼルは推しキャラ。リゼルが断罪されると思い出したロゼッタは、リゼルが悪役令息にならないよう母として奮闘していく。 ★ファンタジー小説大賞エントリー中です。 ※完結しました!

わたしにしか懐かない龍神の子供(?)を拾いました~可愛いんで育てたいと思います

あきた
ファンタジー
明治大正風味のファンタジー恋愛もの。 化物みたいな能力を持ったせいでいじめられていたキイロは、強引に知らない家へ嫁入りすることに。 所が嫁入り先は火事だし、なんか子供を拾ってしまうしで、友人宅へ一旦避難。 親もいなさそうだし子供は私が育てようかな、どうせすぐに離縁されるだろうし。 そう呑気に考えていたキイロ、ところが嫁ぎ先の夫はキイロが行方不明で発狂寸前。 実は夫になる『薄氷の君』と呼ばれる銀髪の軍人、やんごとなき御家柄のしかも軍でも出世頭。 おまけに超美形。その彼はキイロに夢中。どうやら過去になにかあったようなのだが。 そしてその彼は、怒ったらとんでもない存在になってしまって。

転生皇女は冷酷皇帝陛下に溺愛されるが夢は冒険者です!

akechi
ファンタジー
アウラード大帝国の第四皇女として生まれたアレクシア。だが、母親である側妃からは愛されず、父親である皇帝ルシアードには会った事もなかった…が、アレクシアは蔑ろにされているのを良いことに自由を満喫していた。 そう、アレクシアは前世の記憶を持って生まれたのだ。前世は大賢者として伝説になっているアリアナという女性だ。アレクシアは昔の知恵を使い、様々な事件を解決していく内に昔の仲間と再会したりと皆に愛されていくお話。 ※コメディ寄りです。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

乙女ゲームに転生したら不遇ヒロインでしたが、真エンドは自分で選びます

タマ マコト
ファンタジー
社畜のように他人の期待に応える人生を送り、事故で命を落とした朝霧玲奈は、かつて遊んでいた乙女ゲームの世界に“不遇ヒロイン”として転生する。 努力しても報われず、最終的に追放される役割を知った彼女は、誰かに選ばれる物語を拒否し、自分の意志で生きることを決意する。 さて、物語はどう変化するのか……。

貧乏神と呼ばれて虐げられていた私でしたが、お屋敷を追い出されたあとは幼馴染のお兄様に溺愛されています

柚木ゆず
恋愛
「シャーリィっ、なにもかもお前のせいだ! この貧乏神め!!」  私には生まれつき周りの金運を下げてしまう体質があるとされ、とても裕福だったフェルティール子爵家の総資産を3分の1にしてしまった元凶と言われ続けました。  その体質にお父様達が気付いた8歳の時から――10年前から私の日常は一変し、物置部屋が自室となって社交界にも出してもらえず……。ついには今日、一切の悪影響がなく家族の縁を切れるタイミングになるや、私はお屋敷から追い出されてしまいました。  ですが、そんな私に―― 「大丈夫、何も心配はいらない。俺と一緒に暮らそう」  ワズリエア子爵家の、ノラン様。大好きな幼馴染のお兄様が、手を差し伸べてくださったのでした。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

処理中です...