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不機嫌なルイ
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神妙な顔をして書斎机に向かってはいるが、エメリーンは心ここにあらずだった。それもそのはず、先ほどからエメリーンが綴っているのは、ずっと同じ謝罪の言葉だ。
「ダメですよ。ちゃんと集中して書いてください」
そしてまた、エメリーンを注意するマーサの声にも、たいして心はこもっていない。ただ、エメリーンを監視しているのはマーサだけではないのだ。明らかに苛々した顔の侍女頭レイニーがいるので、仕方なくマーサが注意をしているという、そういう状況だった。
あの後、ぐるぐると回したルイをおろすと、目が回ったルイが絨毯に膝を付いた。それだけのことだったのだが、侍女頭だけではなくルイの侍女や侍従や兵士たちまでもが、こぞってエメリーンを責めたのだ。「エメリーンさまを、おこっちゃダメ!」というルイの一言がなければ、それこそ屋敷から追い出されかねないほどの大騒ぎだった。
――ルイ様は、屋敷の人たちに本当に愛されているのよね。
エメリーンがそう気付けたのは、今回の件があったからだ。侍女頭のレイニーでさえも、エメリーンのことを様子見はしていたようだが嫌っているということではなく、ただルイを守りたい一心で行動していたことが分かった。
使用人たちはルイを大切に思っている。だからこそ、ルイには澄んだ目も可愛い笑顔も残っているのだろう。だがそれだけでは解決していない、ルイには何かその小さな心に抱えている闇があることも、エメリーンにはもう分かっている。
そんなことを理解したエメリーンは、ルイのために怒って、引くに引けない様子の使用人たちに、エメリーンの方から折れて提案した。
「わかりました。少々やりすぎたことは謝ります。その気持ちを込めて、あなたたちの人数分、反省文を書きましょう」
執事長や侍女頭までもがポカーンとした顔をしていたところ、手を打ったのは一人の兵士だった。
「奥様の反省文ですか、それは良いですな。ではそれで! 皆もそれで文句なしですな」
みんながすんなり頷いたところを見ると、ただの兵士ではないようだ。執事長や侍女頭のレイニーもしぶしぶだが頷いたので、その認識で合っているだろう。
――兵士長、ルドガー、か。
反省文の数を確認するために、エメリーンは使用人たちの名前一覧を渡された。そこにあった名前を見て、エメリーンはあれがきっと兵士長だったのだろうと確信した。年齢は50代前半から半ばくらいに見えたが、あの筋骨隆々の身体と鋭い眼差しは、いかにも兵士長だったとエメリーンは思う。
それにしても、この辺境伯では使用人たちの立場がとても強いのだな、とエメリーンは感心していた。辺境という土地柄もあるのだろうが、辺境伯であるヒューバート――いや、もしかしたら亡くなっている先代の辺境伯夫妻も、それを容認していたのかもしれないとエメリーンは思った。
「ええと、どこまで書いたかしら。ああ……、ルイ様の……目を回すほど……回転を……繰り返してしまい……申し訳ありませんでした……今度は……反対方向にも……回りたいと思います」
「奥様、そうではありません」
いつの間にか、反省文を書きながら声を出してしまっていたエメリーンは、ふるふると頭を振るマーサの姿を見ながら、侍女頭の深いため息を聞くことになったが、特にそれは気にならなかった。
――文面は全員分同じなんだけど。まあ仕方ないよね。
後日、辺境伯夫人の反省文なるものを個別に受け取った使用人たちは、自身の名前入りのその反省文に感激して額縁に飾るものや、くつりと笑いながらも大切に保管するもの、読んでその内容に頭を抱えたものなど、さまざまにそれを楽しんだという。
それを見つけたルイが、執事長や侍女頭、兵士長や兵士たちにも「てがみをもらってずるい!」と騒いだらしいが、その騒ぎについてはエメリーンの耳には入らなかった。
だからルイとの約束どおり、木のぼりを教えることになったその日、ルイがなんだか不機嫌だった理由も、エメリーンには分からなかった。
「ルイ様? どうしたのですか?」
「なんでもないもん」
ぷいっと横を向くルイは可愛いが、どういう状況なのかエメリーンは首を捻るしかない。見張りに付いてきた兵士長のルドガーが答えてくれるのではと期待して視線を向けるが、ルドガーは「さて、なんででしょうな」と豪快に笑うだけで何も答えてはくれなかった。
「ダメですよ。ちゃんと集中して書いてください」
そしてまた、エメリーンを注意するマーサの声にも、たいして心はこもっていない。ただ、エメリーンを監視しているのはマーサだけではないのだ。明らかに苛々した顔の侍女頭レイニーがいるので、仕方なくマーサが注意をしているという、そういう状況だった。
あの後、ぐるぐると回したルイをおろすと、目が回ったルイが絨毯に膝を付いた。それだけのことだったのだが、侍女頭だけではなくルイの侍女や侍従や兵士たちまでもが、こぞってエメリーンを責めたのだ。「エメリーンさまを、おこっちゃダメ!」というルイの一言がなければ、それこそ屋敷から追い出されかねないほどの大騒ぎだった。
――ルイ様は、屋敷の人たちに本当に愛されているのよね。
エメリーンがそう気付けたのは、今回の件があったからだ。侍女頭のレイニーでさえも、エメリーンのことを様子見はしていたようだが嫌っているということではなく、ただルイを守りたい一心で行動していたことが分かった。
使用人たちはルイを大切に思っている。だからこそ、ルイには澄んだ目も可愛い笑顔も残っているのだろう。だがそれだけでは解決していない、ルイには何かその小さな心に抱えている闇があることも、エメリーンにはもう分かっている。
そんなことを理解したエメリーンは、ルイのために怒って、引くに引けない様子の使用人たちに、エメリーンの方から折れて提案した。
「わかりました。少々やりすぎたことは謝ります。その気持ちを込めて、あなたたちの人数分、反省文を書きましょう」
執事長や侍女頭までもがポカーンとした顔をしていたところ、手を打ったのは一人の兵士だった。
「奥様の反省文ですか、それは良いですな。ではそれで! 皆もそれで文句なしですな」
みんながすんなり頷いたところを見ると、ただの兵士ではないようだ。執事長や侍女頭のレイニーもしぶしぶだが頷いたので、その認識で合っているだろう。
――兵士長、ルドガー、か。
反省文の数を確認するために、エメリーンは使用人たちの名前一覧を渡された。そこにあった名前を見て、エメリーンはあれがきっと兵士長だったのだろうと確信した。年齢は50代前半から半ばくらいに見えたが、あの筋骨隆々の身体と鋭い眼差しは、いかにも兵士長だったとエメリーンは思う。
それにしても、この辺境伯では使用人たちの立場がとても強いのだな、とエメリーンは感心していた。辺境という土地柄もあるのだろうが、辺境伯であるヒューバート――いや、もしかしたら亡くなっている先代の辺境伯夫妻も、それを容認していたのかもしれないとエメリーンは思った。
「ええと、どこまで書いたかしら。ああ……、ルイ様の……目を回すほど……回転を……繰り返してしまい……申し訳ありませんでした……今度は……反対方向にも……回りたいと思います」
「奥様、そうではありません」
いつの間にか、反省文を書きながら声を出してしまっていたエメリーンは、ふるふると頭を振るマーサの姿を見ながら、侍女頭の深いため息を聞くことになったが、特にそれは気にならなかった。
――文面は全員分同じなんだけど。まあ仕方ないよね。
後日、辺境伯夫人の反省文なるものを個別に受け取った使用人たちは、自身の名前入りのその反省文に感激して額縁に飾るものや、くつりと笑いながらも大切に保管するもの、読んでその内容に頭を抱えたものなど、さまざまにそれを楽しんだという。
それを見つけたルイが、執事長や侍女頭、兵士長や兵士たちにも「てがみをもらってずるい!」と騒いだらしいが、その騒ぎについてはエメリーンの耳には入らなかった。
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