50 / 152
アンコール
しおりを挟む
食事中、ヒューバートとルイの様子を観察していたエメリーンは、ルイからは緊張感がすっかり消えていることに気が付いた。
「ちちうえ、あれは、できましたか?」
「い、いや、あれはまだだ。魔物が出たからな」
――あれ、って何かしら?
ルイからヒューバートに話し掛けて、ヒューバートが何やら慌てているようだ。サラダのポテトをポトリと皿に落としたヒューバートの姿を、ルイがジッと見つめている。
ルイに見つめられて、「本当だ」「忙しかったんだ」と、ヒューバートが言葉を重ねている。それは本当のことのはずなのに、何だか言い訳のように聞こえるのは何故だろう。
「いつ、できますか?」
「はっ?」
「きょう、できますか?」
「き、今日はまだ仕事が」
「あしたですか?」
「ちょ、ちょっと待て、ルイ。少し時間をくれないか」
あどけない口調で、しかしヒューバートに詰め寄るルイは、なかなかに押しが強い。むぅっ、と不満そうな顔で、さらにヒューバートを追い詰めているのも見事だ。
――ずるいわ。私もルイ様に詰め寄られたい。今日ですか、明日ですか、なんて、ちょっと言われてみたいかも。私なら、ルイ様が望むことなら何でも、「はい、ルイ様。今すぐ!」って答えるのに。って、筋トレは断ったんだわ。そんなこともあるわよね。
エメリーンは、呑気にそんなことをつらつらと思っていた。
ヒューバートとルイは、エメリーンの知らない話をしている。父子の秘密の話の内容を、エメリーンは知りたいような知りたくないような複雑な気分だ。
端から見ていると、じゃれあっているようにしか見えない父子の掛け合いだが、まだまだ始まったばかりの脆いものだ。今度こそ、このまま大切に時を重ねて行ければ良いと、エメリーンは思う。
「はやいほうが、よいとおもう」
ルイにきっぱりと言われて、ヒューバートは言葉に詰まったようだ。今度は言い訳が出てこないらしい。
――何のことかは分からないけど、ルイ様の言う通りよね。旦那様は、一体何をぐずぐずしているのかしら? 旦那様は行動を起こすと決めたら早いのに、その前にぐずぐずするのよね。分かる、分かるわー。
うんうん、と頷いているエメリーンに、不意にルイから声が掛かった。
「エメリーンさまも、はやいほうがよいとおもう?」
小首を傾げてルイに問われたエメリーンは、先ほど考えていたとおり、即座に答えた。
「はい、ルイ様。今すぐ!」
「いますぐは、メッなの」
「へっ?」
――可愛い顔をしかめても、可愛いんですが……。っていうか、「メッ」って、可愛すぎるんですが。もう一度お願いしてもいいかしら? そんな感じじゃないかしら? どうかしら?
「はやく、だけど、いまはメッなの」
「ぐっ」
もう一度という夢が叶って、思わず身体が少し跳ねたエメリーンは、忘れていた筋肉痛を痛みと共に思い出した。
「エメリーンさま?」
「大丈夫ですよ」
大丈夫かと聞かれてもいないのに、即座に笑顔で大丈夫と答えたエメリーンは、きっと大丈夫ではない。大人たちにはエメリーンがおかしいことが伝わったと思うが、ルイは言葉をそのまま受け取ってくれた。
「だいじょうぶ、ならいいの」
にこっと微笑むルイの優しさにエメリーンが感動していると、ヒューバートから物言いたげな視線が飛んできた。
「何でしょうか?」
「大丈夫か?」
「大丈夫だと言ったではないですか」
「……そうか」
笑みを深めたエメリーンの様子を、ヒューバートは怪しんでいるようだが、ルイの手前、追求するのはやめたようだ。
「ところで、何の話か、想像がついていたりするのか?」
秘密の話を悟られたくないのか、そんなことを聞いたヒューバートに、エメリーンは正直に答える。
「いえ、サッパリ」
「そんな気はしていた」
何故かヒューバートは肩を落としたが、そんなヒューバートにも、ルイが「ちちうえ、いまはメッなの」と繰り返している。
――ああ、ルイ様のメッ、が旦那様にも。ずるいわ。
無意識なのか意識してかは分からないが、ルイはヒューバートに、敬語を使おうとしているようだ。だがところどころ、崩れているところを見ると、やはり緊張したり、怖がったりはしていないようだとエメリーンは思った。
「わ、分かっている」
むしろ、責め立てられて慌てているヒューバートの方が、少し緊張しているように見える。ずっとわたわたしているヒューバートは、何をそんなに慌てているのだろうと、エメリーンは首を傾げた。
「っ……」
今度は声が漏れるのを耐えたエメリーンは、ふと「もしかしたら、ルイ様が緊張しないように、旦那様は、わざとわたわたしているのかしら?」と思ったが、どれだけ二人のやりとりを見つめていても、その答えは出なかった。
「ちちうえ、あれは、できましたか?」
「い、いや、あれはまだだ。魔物が出たからな」
――あれ、って何かしら?
ルイからヒューバートに話し掛けて、ヒューバートが何やら慌てているようだ。サラダのポテトをポトリと皿に落としたヒューバートの姿を、ルイがジッと見つめている。
ルイに見つめられて、「本当だ」「忙しかったんだ」と、ヒューバートが言葉を重ねている。それは本当のことのはずなのに、何だか言い訳のように聞こえるのは何故だろう。
「いつ、できますか?」
「はっ?」
「きょう、できますか?」
「き、今日はまだ仕事が」
「あしたですか?」
「ちょ、ちょっと待て、ルイ。少し時間をくれないか」
あどけない口調で、しかしヒューバートに詰め寄るルイは、なかなかに押しが強い。むぅっ、と不満そうな顔で、さらにヒューバートを追い詰めているのも見事だ。
――ずるいわ。私もルイ様に詰め寄られたい。今日ですか、明日ですか、なんて、ちょっと言われてみたいかも。私なら、ルイ様が望むことなら何でも、「はい、ルイ様。今すぐ!」って答えるのに。って、筋トレは断ったんだわ。そんなこともあるわよね。
エメリーンは、呑気にそんなことをつらつらと思っていた。
ヒューバートとルイは、エメリーンの知らない話をしている。父子の秘密の話の内容を、エメリーンは知りたいような知りたくないような複雑な気分だ。
端から見ていると、じゃれあっているようにしか見えない父子の掛け合いだが、まだまだ始まったばかりの脆いものだ。今度こそ、このまま大切に時を重ねて行ければ良いと、エメリーンは思う。
「はやいほうが、よいとおもう」
ルイにきっぱりと言われて、ヒューバートは言葉に詰まったようだ。今度は言い訳が出てこないらしい。
――何のことかは分からないけど、ルイ様の言う通りよね。旦那様は、一体何をぐずぐずしているのかしら? 旦那様は行動を起こすと決めたら早いのに、その前にぐずぐずするのよね。分かる、分かるわー。
うんうん、と頷いているエメリーンに、不意にルイから声が掛かった。
「エメリーンさまも、はやいほうがよいとおもう?」
小首を傾げてルイに問われたエメリーンは、先ほど考えていたとおり、即座に答えた。
「はい、ルイ様。今すぐ!」
「いますぐは、メッなの」
「へっ?」
――可愛い顔をしかめても、可愛いんですが……。っていうか、「メッ」って、可愛すぎるんですが。もう一度お願いしてもいいかしら? そんな感じじゃないかしら? どうかしら?
「はやく、だけど、いまはメッなの」
「ぐっ」
もう一度という夢が叶って、思わず身体が少し跳ねたエメリーンは、忘れていた筋肉痛を痛みと共に思い出した。
「エメリーンさま?」
「大丈夫ですよ」
大丈夫かと聞かれてもいないのに、即座に笑顔で大丈夫と答えたエメリーンは、きっと大丈夫ではない。大人たちにはエメリーンがおかしいことが伝わったと思うが、ルイは言葉をそのまま受け取ってくれた。
「だいじょうぶ、ならいいの」
にこっと微笑むルイの優しさにエメリーンが感動していると、ヒューバートから物言いたげな視線が飛んできた。
「何でしょうか?」
「大丈夫か?」
「大丈夫だと言ったではないですか」
「……そうか」
笑みを深めたエメリーンの様子を、ヒューバートは怪しんでいるようだが、ルイの手前、追求するのはやめたようだ。
「ところで、何の話か、想像がついていたりするのか?」
秘密の話を悟られたくないのか、そんなことを聞いたヒューバートに、エメリーンは正直に答える。
「いえ、サッパリ」
「そんな気はしていた」
何故かヒューバートは肩を落としたが、そんなヒューバートにも、ルイが「ちちうえ、いまはメッなの」と繰り返している。
――ああ、ルイ様のメッ、が旦那様にも。ずるいわ。
無意識なのか意識してかは分からないが、ルイはヒューバートに、敬語を使おうとしているようだ。だがところどころ、崩れているところを見ると、やはり緊張したり、怖がったりはしていないようだとエメリーンは思った。
「わ、分かっている」
むしろ、責め立てられて慌てているヒューバートの方が、少し緊張しているように見える。ずっとわたわたしているヒューバートは、何をそんなに慌てているのだろうと、エメリーンは首を傾げた。
「っ……」
今度は声が漏れるのを耐えたエメリーンは、ふと「もしかしたら、ルイ様が緊張しないように、旦那様は、わざとわたわたしているのかしら?」と思ったが、どれだけ二人のやりとりを見つめていても、その答えは出なかった。
813
あなたにおすすめの小説
【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした
楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。
仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。
◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪
◇全三話予約投稿済みです
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした
藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると
土地を蝕む邪気となって現れる。
それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。
派手な奇跡は起こらない。
けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。
――その役目を、誰一人として理解しないまま。
奇跡が少なくなった。
役に立たない聖女はいらない。
そう言われ、私は静かに国を追放された。
もう、祈る理由はない。
邪気を生み出す原因に目を向けず、
後始末だけを押し付ける国を守る理由も。
聖女がいなくなった国で、
少しずつ異変が起こり始める。
けれど彼らは、最後まで気づかなかった。
私がなぜ祈らなくなったのかを。
追放されましたが、辺境で土壌改革をしたら領民からの感謝が止まりません。~今更戻ってきてと言われても、王都の地盤はもうボロボロですよ?~
水上
恋愛
【全11話完結】
「君は泥臭くて可愛くない」と婚約破棄されたセレナ。
そんな王太子に見切りをつけ、彼女は辺境へ。
そこで待っていたのは、強面だけど実は過保護な辺境伯だった。
セレナは持ち前の知識と技術で不毛の大地を大改革。
荒野は豊作、領民は大歓喜。
一方、彼女を追放した王都は、特産品のワインが作れなくなったり、土壌が腐って悪臭を放ったり、他国との同盟に亀裂が入り始めたりと大惨事に。
戻ってきてと縋られても、もう手遅れですよ?
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
毒味役の私がうっかり皇帝陛下の『呪い』を解いてしまった結果、異常な執着(物理)で迫られています
白桃
恋愛
「触れるな」――それが冷酷と噂される皇帝レオルの絶対の掟。
呪いにより誰にも触れられない孤独な彼に仕える毒味役のアリアは、ある日うっかりその呪いを解いてしまう。
初めて人の温もりを知った皇帝は、アリアに異常な執着を見せ始める。
「私のそばから離れるな」――物理的な距離感ゼロの溺愛(?)に戸惑うアリア。しかし、孤独な皇帝の心に触れるうち、二人の関係は思わぬ方向へ…? 呪いが繋いだ、凸凹主従(?)ラブファンタジー!
事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。
木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。
彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。
しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる