辺境伯に嫁いだので、可愛い義息子と楽しい辺境生活を送ります ~ついでに傷心辺境伯とのぐずぐずの恋物語を添えて~

空野 碧舟

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ハゲしくうれしい再会

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 エメリーンが望んでいたその再会は、ある日唐突に訪れた。

 その日、魔物素材の買い取りのために訪れたウロボロス商会から、エメリーンにも挨拶をしたいと申し出があったのだ。エメリーンがウロボロス商会を気に入ったことを、初めての来訪後に使用人たちに明言していたため、彼らはすんなりとエメリーンの元まで辿り着いた。

 スネイクと会えることも楽しみだったエメリーンだが、スネイクが連れてきた男を見て歓喜した。そしてエメリーンの心は、一瞬で舞い上がってしまったのだった。

 ――えっ、ええっ?

「はげ、んんっ」

 思わず口からこぼれ落ちた失言に、エメリーンはゴホゴホと咳き込み、慌てて言い直した。

「はげみに、なっておりました。スネイクさん、先日たくさんのドレスや宝飾品を購入させて頂いたこと、ええ、とても、今後も頑張ろうという、はげみに」

「そうですか。それは光栄です」

 かなり苦しい言い直しだと思ったが、怪しまれずに済んだようで、エメリーンはホッと胸を撫で下ろした。アリサならともかく、まさか辺境伯夫人が、初対面の相手に「ハゲ」だなんて失礼なことを言うとは、誰も思ってもみないからだろう。

 アリサなら躊躇いなく、「ハゲたねー」と面と向かって言っていた。「ハゲ」ても彼の魅力は変わらないと思っていたし、アリサの想いも変わらない。だからただ事実は事実として、何の罪悪感もなく「ハゲたねー」と言えるのだ。アリサと彼の関係なら、それはごく普通の会話だった。

 だがエメリーンがそれを口に出してしまうと、ただ非常識なものとなってしまう。変わらず、彼への親しみがあるとしても、その発言は許されない。

 スネイクの後ろ、前回はミンクが立っていた位置に、気配を最大限消した老人が立っていた。わざとなのか本当になのか、かなり背中の曲がったその老人は、エメリーンの記憶よりだいぶ髪の毛が薄い。

「あの、そちらの方は?」

 紹介を求めたエメリーンに、老人は穏やかな笑顔で応え、代わりにスネイクが答えた。

「うちの商会員の一人で、ザインと言います。この通り、もう良い歳ですので、じきに引退するのですが、どうしても一度、ダイナリア辺境伯領に行ってみたいと言うもので、今回連れて参りました」

 ――なるほど。名前はザイン。引退間近の商会員、という設定なのね。……ずいぶん腰が曲がってるけど、これは演技かしら? 演技でも本当でも、辺境伯領までの移動は大変だもの。……疲れてるんじゃないかしら?

 そんなことを考えていたら、エメリーンの口は思ったことをそのまま発していた。出会い頭の失言を、エメリーンはすっかり忘れている。

「そうでしたか。ザインさん、辺境の地まで、馬車での旅は大変だったのではないかしら? お疲れでしたら、今日は辺境伯邸に泊まっていってはどう? 旦那様にお願いしてみますよ」

「「「えっ?」」」

 笑顔で提案したエメリーンに、スネイクもザインも、思わずといった風に口を開けて驚いている。エメリーンの後ろで控えていたマーサからも、驚きの声が上がっていた。

 ――お年寄りの心配をするのは、別に悪いことじゃないでしょう?

「このような年寄りに、かようなお申し出をいただき、恐縮しております。ありがたいお話ですが、ただの一商会員には、あまりに恐れ多いことでございます」

 ようやくザインの声を聞けたエメリーンだったが、掠れを超えてしゃがれた声での断りの返事に、本気で心配になってきた。

 ――ちょ、ちょっと待ってよ。そんなに弱ってるの? サイラスってば、何でそんな身体で辺境伯領まで来ちゃったのかしら。あら? でも、これも演技かしら? 老人が老人のフリとか、出来ちゃう? まあサイラスなら出来るわよね。で、でも、本当だったら?

 辺境伯領に足を運んだばっかりに、ザイン――サイラスが、ぽっくり逝ってしまうのではないかと、エメリーンは心から心配している。

「遠慮しないで。お部屋を用意しますから、どうぞ使ってちょうだい。……あ、他の商会の方もいらっしゃるわよね? えーと、何人いらっしゃるのかしら?」

「エ、エメリーン様?」

 他の誰よりも慌てているマーサに、エメリーンは申し訳ないと思いながらも「彼らの宿泊について、可能かどうか、確認してきてもらえるかしら?」とお願いする。マーサは戸惑いながらも、「分かりました。執事長か侍女頭を呼んできますね」と急ぎ足で出て行った。

 マーサと外で控えていた兵士が入れ替わりで室内に入ってくるわずかの隙に、エメリーンはザインに話しかけた。やめておいた方が良いと分かっているのだが、ザインに会った瞬間から、エメリーンは本音がダダ漏れだ。

「どうか断らないでちょうだい。あなたにもしものことがあったら、後悔してもしきれないもの」

「「っ?」」

 スネイクとザインの驚愕とも言える驚き具合が伝わってきて、エメリーンは苦笑を浮かべた。スネイクの細目は、目一杯大きく見開かれている。

「失礼ですが、貴女様は、私のことをご存じなのでしょうか?」

 いきなり核心を突く質問をしてきたザインに、エメリーンはようやく頭が冷えた。それで、探るようなザインの眼差しから、かろうじて視線を逸らさずに済んだのだ。

「いえ? 何も存じておりませんわ」

 自身の発言は、あくまでもご老体を労ってのものだという意味を込めて、エメリーンは言い切った。

 前世や生まれ変わりのことを、エメリーンは誰にも話すつもりはない。というか、あまりに非現実的なことで、どう話していいのか分からないのだ。打ち解けてきたマーサにすら、信じてもらえるかどうか分からないのに、エメリーンとは初対面のザインに言えるわけがないと、エメリーンは思っている。

 チラリとドアの方を確認したエメリーンは、続けて口を開く。

「――それで、今回お越しいただいている商会の方は、何人なのかしら?」

 室内に入ってきたセイディがドアの前に控えたのを見て、エメリーンは話を切り替えたのだ。気を取り直して、その問いに答えたのはスネイクだった。

「……恐れ入りますが、今回は大量の魔物素材を購入させて頂いており、鮮度を考えますと早急に持ち帰りたいと考えております」

「ああ……、そうなのね」

 エメリーンの落胆が伝わったのか、スネイクがザインを振り返りつつ、早口で言った。

「ですので、このザインとミンク、それから御者の3人だけとなりますが、お言葉に甘えても良いでしょうか?」

「ええ! ええ、分かったわ。それで執事長たちに話してみるわね」

 ぱあっと明るい笑顔を浮かべたエメリーンに、「ありがとうございます」「よろしくお願いします」と二人は頭を下げた。

 頭を下げた二人が、密やかに視線で何を伝えあったのか、エメリーンを含め、気が付いた者はいなかった。
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