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真夜中の罠?
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想定外の事態ではあったが、ダイナリア辺境伯の周辺を探るのには絶好の機会だと、サイラスは心の中でエメリーンに感謝した。
サイラスと他2名は、エメリーンの計らいによって辺境伯邸で過ごせることが決まった。それも疲れが取れるまで何日でも滞在して構わないという破格の扱いだ。
サイラスが、実際より衰えている老人を演じて出会ったダイナリア辺境伯夫人は、サイラスが聞いていた以上に面白く、そして情に厚い人物だった。
――だが、初対面の老人を心配して、というには大袈裟すぎないか?
サイラスに向けられた、「どうか断らないでちょうだい。あなたにもしものことがあったら、後悔してもしきれないもの」という言葉には、どう受け止めて良いのか分からないほどの、深い想いが込められているように感じられたのだ。
それで思わずサイラスも、自分のことを知っているのかという、普段なら決して言わないような質問をしてしまった。
サイラスには、まるで本当の自分を知っている人間からの、心からの想いというか、あと10、いや20歳若ければ、自分に想いを寄せているのではないかと勘違いしてしまいそうな種類の、そんな言葉に聞こえたのだ。サイラスは、限りなく正解に近付いていた。
――不思議なお方だ。
『あまり裏表も無い』というスネイクの評価が、サイラスにも良く分かった。あまりと付くことにも、サイラスは納得した。裏表は無いが、隠し事はありそうな、そんな印象を受けたからだ。
――直接話が出来れば、もう少し分かることもあるのだろうけどね。
だがその機会を得たサイラスは、正解から遠のき、疑問の波に飲み込まれていくことになる。
深夜、サイラスがほんの僅かの期待を胸に、月明かりの届かない道を選んで辿り着いたのは、中庭の池のほとりだ。
――まさか本当にいるとは思わなかったな。だが……。
エメリーンがオルクス子爵家にいた頃、潜入していたメンバーからの報告書に「池が好き」というものがあった。何の役にも立たない可能性の高かったその情報が、非常に役立った瞬間だ。
池のそばに座り、ランタンにほんのりと照らされたエメリーンの横顔は、魚の姿を追いかけているのか実に楽しそうだ。無邪気ともいえるその姿に、しかしサイラスは鳥肌が立った。
――なぜ、一人なんだ?
辺りに兵士や侍女たちの気配は無い。辺境伯領の兵士や使用人たちは、なかなかの手練が揃っていたはずだ。ただの子爵家の令嬢だったエメリーンが、一体どうやって、彼らの目を掻い潜ったというのか。
サイラスが集めた情報では、エメリーンはただの大人しい令嬢という評価だった。池でもしエメリーンに出会えたとしても、当然兵士や侍女が一緒だろうと思っていたのだ。
――分からない。一体どういうことだ? それともこれは、何かの罠なのか?
サイラス自らこの辺境伯領に足を運んだのは、ドラゴン殺しの英雄ゴーリアントも潜むこの地が、組織の敵に回るのではないか、そんな懸念を抱いたからだ。その最悪のシナリオが現実のものとなったなら、組織は早晩壊滅してしまうだろう。
そんな事態に戦々恐々としているサイラスに、また予想外のことが起こった。サイラスに気が付いたエメリーンが、驚きに目を見開いた後、実に嬉しそうに微笑ったのだ。
――分からない……。
人の表情を読むことに長けていると思っていたサイラスだが、エメリーンの表情はどうも分からない。読めないのではない、理解が出来ないのだ。
「その、警戒、しないのですか?」
他に誰もいない、エメリーンとサイラスが二人きりの状況が、明らかに異常であることはエメリーンにも分かっているはずだ。それなのに、エメリーンはこの状況を全く不安にすら思っていない。少なくともサイラスにはそう見える。
「では、これではどうでしょうね」
サイラスが曲げていた腰を真っすぐに伸ばし、声も普通の声に戻すと、エメリーンの笑顔はより嬉しそうに深まった。
「は? 何でこれでも警戒しないんだろうか。貴女、だいぶおかしいですよ?」
サイラスは、積み重ねてきた経験が全く役に立たないことに、いつの間にか苛立っていた。エメリーンはサイラスに対し、悪意を持っていないように見えるが、それが本当なのかどうかすら、分からなくなった。もしかしたら、目の前にいるのは魔物の類ではないだろうか、とまでサイラスは考えた。
困惑した末に、すっかり素で話してしまったサイラスに対し、貴族であるエメリーンは咎めることもなく、懐かしそうに目を細めた。
その微笑みが、どこか寂しそうでもあることに気が付いたサイラスは、「ダメだ、全く分からない」と混乱を極めた。
サイラスと他2名は、エメリーンの計らいによって辺境伯邸で過ごせることが決まった。それも疲れが取れるまで何日でも滞在して構わないという破格の扱いだ。
サイラスが、実際より衰えている老人を演じて出会ったダイナリア辺境伯夫人は、サイラスが聞いていた以上に面白く、そして情に厚い人物だった。
――だが、初対面の老人を心配して、というには大袈裟すぎないか?
サイラスに向けられた、「どうか断らないでちょうだい。あなたにもしものことがあったら、後悔してもしきれないもの」という言葉には、どう受け止めて良いのか分からないほどの、深い想いが込められているように感じられたのだ。
それで思わずサイラスも、自分のことを知っているのかという、普段なら決して言わないような質問をしてしまった。
サイラスには、まるで本当の自分を知っている人間からの、心からの想いというか、あと10、いや20歳若ければ、自分に想いを寄せているのではないかと勘違いしてしまいそうな種類の、そんな言葉に聞こえたのだ。サイラスは、限りなく正解に近付いていた。
――不思議なお方だ。
『あまり裏表も無い』というスネイクの評価が、サイラスにも良く分かった。あまりと付くことにも、サイラスは納得した。裏表は無いが、隠し事はありそうな、そんな印象を受けたからだ。
――直接話が出来れば、もう少し分かることもあるのだろうけどね。
だがその機会を得たサイラスは、正解から遠のき、疑問の波に飲み込まれていくことになる。
深夜、サイラスがほんの僅かの期待を胸に、月明かりの届かない道を選んで辿り着いたのは、中庭の池のほとりだ。
――まさか本当にいるとは思わなかったな。だが……。
エメリーンがオルクス子爵家にいた頃、潜入していたメンバーからの報告書に「池が好き」というものがあった。何の役にも立たない可能性の高かったその情報が、非常に役立った瞬間だ。
池のそばに座り、ランタンにほんのりと照らされたエメリーンの横顔は、魚の姿を追いかけているのか実に楽しそうだ。無邪気ともいえるその姿に、しかしサイラスは鳥肌が立った。
――なぜ、一人なんだ?
辺りに兵士や侍女たちの気配は無い。辺境伯領の兵士や使用人たちは、なかなかの手練が揃っていたはずだ。ただの子爵家の令嬢だったエメリーンが、一体どうやって、彼らの目を掻い潜ったというのか。
サイラスが集めた情報では、エメリーンはただの大人しい令嬢という評価だった。池でもしエメリーンに出会えたとしても、当然兵士や侍女が一緒だろうと思っていたのだ。
――分からない。一体どういうことだ? それともこれは、何かの罠なのか?
サイラス自らこの辺境伯領に足を運んだのは、ドラゴン殺しの英雄ゴーリアントも潜むこの地が、組織の敵に回るのではないか、そんな懸念を抱いたからだ。その最悪のシナリオが現実のものとなったなら、組織は早晩壊滅してしまうだろう。
そんな事態に戦々恐々としているサイラスに、また予想外のことが起こった。サイラスに気が付いたエメリーンが、驚きに目を見開いた後、実に嬉しそうに微笑ったのだ。
――分からない……。
人の表情を読むことに長けていると思っていたサイラスだが、エメリーンの表情はどうも分からない。読めないのではない、理解が出来ないのだ。
「その、警戒、しないのですか?」
他に誰もいない、エメリーンとサイラスが二人きりの状況が、明らかに異常であることはエメリーンにも分かっているはずだ。それなのに、エメリーンはこの状況を全く不安にすら思っていない。少なくともサイラスにはそう見える。
「では、これではどうでしょうね」
サイラスが曲げていた腰を真っすぐに伸ばし、声も普通の声に戻すと、エメリーンの笑顔はより嬉しそうに深まった。
「は? 何でこれでも警戒しないんだろうか。貴女、だいぶおかしいですよ?」
サイラスは、積み重ねてきた経験が全く役に立たないことに、いつの間にか苛立っていた。エメリーンはサイラスに対し、悪意を持っていないように見えるが、それが本当なのかどうかすら、分からなくなった。もしかしたら、目の前にいるのは魔物の類ではないだろうか、とまでサイラスは考えた。
困惑した末に、すっかり素で話してしまったサイラスに対し、貴族であるエメリーンは咎めることもなく、懐かしそうに目を細めた。
その微笑みが、どこか寂しそうでもあることに気が付いたサイラスは、「ダメだ、全く分からない」と混乱を極めた。
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