辺境伯に嫁いだので、可愛い義息子と楽しい辺境生活を送ります ~ついでに傷心辺境伯とのぐずぐずの恋物語を添えて~

空野 碧舟

文字の大きさ
53 / 150

真夜中の罠?

しおりを挟む
 想定外の事態ではあったが、ダイナリア辺境伯の周辺を探るのには絶好の機会だと、サイラスは心の中でエメリーンに感謝した。

 サイラスと他2名は、エメリーンの計らいによって辺境伯邸で過ごせることが決まった。それも疲れが取れるまで何日でも滞在して構わないという破格の扱いだ。

 サイラスが、実際より衰えている老人を演じて出会ったダイナリア辺境伯夫人は、サイラスが聞いていた以上に面白く、そして情に厚い人物だった。

 ――だが、初対面の老人を心配して、というには大袈裟すぎないか?

 サイラスに向けられた、「どうか断らないでちょうだい。あなたにもしものことがあったら、後悔してもしきれないもの」という言葉には、どう受け止めて良いのか分からないほどの、深い想いが込められているように感じられたのだ。

 それで思わずサイラスも、自分のことを知っているのかという、普段なら決して言わないような質問をしてしまった。

 サイラスには、まるで本当の自分を知っている人間からの、心からの想いというか、あと10、いや20歳若ければ、自分に想いを寄せているのではないかと勘違いしてしまいそうな種類の、そんな言葉に聞こえたのだ。サイラスは、限りなく正解に近付いていた。

 ――不思議なお方だ。

 『あまり裏表も無い』というスネイクの評価が、サイラスにも良く分かった。と付くことにも、サイラスは納得した。裏表は無いが、隠し事はありそうな、そんな印象を受けたからだ。

 ――直接話が出来れば、もう少し分かることもあるのだろうけどね。

 だがその機会を得たサイラスは、正解から遠のき、疑問の波に飲み込まれていくことになる。

 深夜、サイラスがほんの僅かの期待を胸に、月明かりの届かない道を選んで辿り着いたのは、中庭の池のほとりだ。

 ――まさか本当にいるとは思わなかったな。だが……。

 エメリーンがオルクス子爵家にいた頃、潜入していたメンバーからの報告書に「池が好き」というものがあった。何の役にも立たない可能性の高かったその情報が、非常に役立った瞬間だ。

 池のそばに座り、ランタンにほんのりと照らされたエメリーンの横顔は、魚の姿を追いかけているのか実に楽しそうだ。無邪気ともいえるその姿に、しかしサイラスは鳥肌が立った。

 ――なぜ、一人なんだ?

 辺りに兵士や侍女たちの気配は無い。辺境伯領の兵士や使用人たちは、なかなかの手練が揃っていたはずだ。ただの子爵家の令嬢だったエメリーンが、一体どうやって、彼らの目を掻い潜ったというのか。

 サイラスが集めた情報では、エメリーンはただの大人しい令嬢という評価だった。池でもしエメリーンに出会えたとしても、当然兵士や侍女が一緒だろうと思っていたのだ。

 ――分からない。一体どういうことだ? それともこれは、何かの罠なのか?

 サイラス自らこの辺境伯領に足を運んだのは、ドラゴン殺しの英雄ゴーリアントも潜むこの地が、組織の敵に回るのではないか、そんな懸念を抱いたからだ。その最悪のシナリオが現実のものとなったなら、組織は早晩壊滅してしまうだろう。

 そんな事態に戦々恐々としているサイラスに、また予想外のことが起こった。サイラスに気が付いたエメリーンが、驚きに目を見開いた後、実に嬉しそうに微笑ったのだ。

 ――分からない……。

 人の表情を読むことに長けていると思っていたサイラスだが、エメリーンの表情はどうも分からない。読めないのではない、理解が出来ないのだ。

「その、警戒、しないのですか?」

 他に誰もいない、エメリーンとサイラスが二人きりの状況が、明らかに異常であることはエメリーンにも分かっているはずだ。それなのに、エメリーンはこの状況を全く不安にすら思っていない。少なくともサイラスにはそう見える。

「では、これではどうでしょうね」

 サイラスが曲げていた腰を真っすぐに伸ばし、声も普通の声に戻すと、エメリーンの笑顔はより嬉しそうに深まった。

「は? 何でこれでも警戒しないんだろうか。貴女、だいぶおかしいですよ?」

 サイラスは、積み重ねてきた経験が全く役に立たないことに、いつの間にか苛立っていた。エメリーンはサイラスに対し、悪意を持っていないように見えるが、それが本当なのかどうかすら、分からなくなった。もしかしたら、目の前にいるのは魔物の類ではないだろうか、とまでサイラスは考えた。

 困惑した末に、すっかり素で話してしまったサイラスに対し、貴族であるエメリーンは咎めることもなく、懐かしそうに目を細めた。

 その微笑みが、どこか寂しそうでもあることに気が付いたサイラスは、「ダメだ、全く分からない」と混乱を極めた。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

幻獣保護センター廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」をこっそり洗ってモフっていたら、実は世界を喰らう「終焉の獣」だった件について

いぬがみとうま🐾
ファンタジー
「魔力なしの穀潰し」――そう蔑まれ、幻獣保護センターの地下で廃棄幻獣の掃除に明け暮れる少女・ミヤコ。 実のところ、その施設は「価値のない命」を無慈悲に殺処分する地獄だった。 ある日、ミヤコの前に運ばれてきたのは、泥と油にまみれた「ボロ雑巾」のような正体不明の幻獣。 誰の目にもゴミとしか映らないその塊を、ミヤコは放っておけなかった。 「こんなに汚れたままなんて、かわいそう」 彼女が生活魔法を込めたブラシで丹念に汚れを落とした瞬間、世界を縛る最凶の封印が汚れと一緒に「流されてしまう。 現れたのは、月光を纏ったような美しい銀狼。 それは世界を喰らうと恐れられる伝説の災厄級幻獣『フェンリル・ヴォイド』だった……。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

異世界で目覚めたら、もふもふ騎士団に保護されてました ~ちびっ子だけど、獣人たちの平穏のためお世話係がんばります!!~

ありぽん
ファンタジー
神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。 しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。 やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。 そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。 そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。 これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

『身代わりに差し出された令嬢ですが、呪われた公爵に溺愛されて本当の幸せを掴みました』

鷹 綾
恋愛
孤児院で「九番」と呼ばれ、価値のない存在として育った少女ノイン。 伯爵家に引き取られても待っていたのは救いではなく、実の娘エミリアの身代わりとして、“呪われた化け物公爵”フェルディナンドの婚約者に差し出される運命だった。 恐怖と嘲笑の中で送り出された先で出会ったのは―― 噂とは裏腹に、誰よりも誠実で、誰よりも孤独な公爵。 角と鱗に覆われたその姿は、血筋ではなく、長年にわたる呪いと心の傷によるものだった。 そしてノインは気づく。 幼い頃から自分が持っていた、人の痛みを和らげる不思議な力が、彼の呪いに届いていることに。 「身代わり」だったはずの婚約は、やがて 呪いと過去に向き合う“ふたりだけの戦い”へと変わっていく。 孤独を知る公爵と、居場所を求めてきた少女。 互いを想い、手を取り合ったとき―― 止まっていた運命が、静かに動き出す。 そして迎える、公の場での真実の発表。 かつてノインを蔑み、捨てた者たちに訪れるのは、痛快で静かな“ざまぁ”。 これは、 身代わりの少女が本当の愛と居場所を手に入れるまでの物語。 呪いが解けた先に待っていたのは、溺愛と、何気ない幸せな日常だった。

処理中です...