7 / 15
天職を見つけたのかもしれないけれど
しおりを挟む
「だからっ、なんで1日2食にしてるの? 前回、3食にしてって言ったでしょう!」
ナギが出した大声に、おじいさんは肩をすくめて笑うだけだ。
ショッピングセンターで年に4回行う健康相談会。管理栄養士の資格を持っている人が他にいないということで、ナギがこの健康相談会に参加するようになって2年半になる。
このおじいさん——武藤さん(83歳)は、糖尿病を患っており、すでに片足は義足だ。
「水沼さん、言い過ぎよ」
小声でナギを制しに来たのは、55歳で栄養士の金子さん。金子さんは穏やかな笑顔で武藤さんに話しかけた。
「ごめんなさいね、武藤さん。水沼さんは、武藤さんのことが心配なだけなのよ」
——心配? そんなんじゃない……。
ナギはその思いを唇を噛んで押し殺した。
「武藤さん、1日3食の方が膵臓に負担が少ないのは本当よ。できるだけで良いから、3食にするよう気にしてみてね。あと、そうね。書いてもらった昨日の食事で、これ。夜に食べたお刺身のトロね、赤身に替えたほうが脂身が少ないから、武藤さんには合いますよ」
「ほー、そうか」と、武藤さんはニコニコしながら金子さんの話を聞いている。
——結局、優しく話を聞いてもらえればそれでいいのね……。
高齢者相手に本気で腹を立てても仕方がないことくらい、ナギにも分かっている。だがどうしても、ナギは言わずにはいられないのだ。
「あのね、水沼さん」
武藤さんが帰ってから、金子さんが困ったような笑顔でナギに近づいてきた。
「食生活って、そんなに一朝一夕に変えられるものではないじゃない? 私たちにできるのは、ほんの一歩のお手伝いだけなのよ」
「……そうですね」
「武藤さんは一人暮らしだし、1日3食を用意するだけでも大変なことになるだろうし」
「ええ、そうですよね」
分かったような返事を返しながらも、ナギは全く納得なんてしていなかった。
——だけど、死んじゃうかもしれないんだよ? 次の相談会では、もう会えないかもしれないんだよ? 健康相談会に毎回来てるってことは、何とかしなきゃと思ってるってことじゃない。だったら、どうしてもっと生きることに執着してくれないの?
相談に来た全員の日常の食生活を管理することなんてできるはずがない。そんなことくらい、ナギだって理解している。それでも、年に4回しかないからこそ、ここで「こうするべき」を叩き込んでおきたいとナギは思ってしまう。
だが残念ながら、厳しい相談会は評判が悪いらしい。
——きっとみんな、金子さんのような優しい人に話を聞いてほしいのね……。
ナギにはとうてい応えられそうにない相談者のニーズ。昏い笑みを浮かべて、ナギはひっそりとため息を吐いた。
************
——武藤さんにも、もう会えないんだろうな……。
くしくも、あれから3ヶ月ぶりの相談会に向かう途中で、ナギはこの世界に来てしまった。
あははと、誰もいなくなった食堂に、ナギの乾いた笑いが響く。
食堂での仕事は、ナギには天職のように思える。何しろメランガでは、食堂で何をどれだけ食べても無料なのだ。ナギが小鉢一つを追加で押しつけても、目くじらを立てるような者はほとんどいない。
ささやかではあるが、兵士たちの食生活改善に関われていることがナギには嬉しかった。
だがそれも、この国が爆発してしまっては何の意味もないことになる。
「……逃げなきゃ」
——悪いけど、兵士たちの束の間の健康より、私は自分の命を選ぶわ。
よしっと自身に気合いを入れると、ナギはショッピングセンターへと向かうことにした。
ナギが出した大声に、おじいさんは肩をすくめて笑うだけだ。
ショッピングセンターで年に4回行う健康相談会。管理栄養士の資格を持っている人が他にいないということで、ナギがこの健康相談会に参加するようになって2年半になる。
このおじいさん——武藤さん(83歳)は、糖尿病を患っており、すでに片足は義足だ。
「水沼さん、言い過ぎよ」
小声でナギを制しに来たのは、55歳で栄養士の金子さん。金子さんは穏やかな笑顔で武藤さんに話しかけた。
「ごめんなさいね、武藤さん。水沼さんは、武藤さんのことが心配なだけなのよ」
——心配? そんなんじゃない……。
ナギはその思いを唇を噛んで押し殺した。
「武藤さん、1日3食の方が膵臓に負担が少ないのは本当よ。できるだけで良いから、3食にするよう気にしてみてね。あと、そうね。書いてもらった昨日の食事で、これ。夜に食べたお刺身のトロね、赤身に替えたほうが脂身が少ないから、武藤さんには合いますよ」
「ほー、そうか」と、武藤さんはニコニコしながら金子さんの話を聞いている。
——結局、優しく話を聞いてもらえればそれでいいのね……。
高齢者相手に本気で腹を立てても仕方がないことくらい、ナギにも分かっている。だがどうしても、ナギは言わずにはいられないのだ。
「あのね、水沼さん」
武藤さんが帰ってから、金子さんが困ったような笑顔でナギに近づいてきた。
「食生活って、そんなに一朝一夕に変えられるものではないじゃない? 私たちにできるのは、ほんの一歩のお手伝いだけなのよ」
「……そうですね」
「武藤さんは一人暮らしだし、1日3食を用意するだけでも大変なことになるだろうし」
「ええ、そうですよね」
分かったような返事を返しながらも、ナギは全く納得なんてしていなかった。
——だけど、死んじゃうかもしれないんだよ? 次の相談会では、もう会えないかもしれないんだよ? 健康相談会に毎回来てるってことは、何とかしなきゃと思ってるってことじゃない。だったら、どうしてもっと生きることに執着してくれないの?
相談に来た全員の日常の食生活を管理することなんてできるはずがない。そんなことくらい、ナギだって理解している。それでも、年に4回しかないからこそ、ここで「こうするべき」を叩き込んでおきたいとナギは思ってしまう。
だが残念ながら、厳しい相談会は評判が悪いらしい。
——きっとみんな、金子さんのような優しい人に話を聞いてほしいのね……。
ナギにはとうてい応えられそうにない相談者のニーズ。昏い笑みを浮かべて、ナギはひっそりとため息を吐いた。
************
——武藤さんにも、もう会えないんだろうな……。
くしくも、あれから3ヶ月ぶりの相談会に向かう途中で、ナギはこの世界に来てしまった。
あははと、誰もいなくなった食堂に、ナギの乾いた笑いが響く。
食堂での仕事は、ナギには天職のように思える。何しろメランガでは、食堂で何をどれだけ食べても無料なのだ。ナギが小鉢一つを追加で押しつけても、目くじらを立てるような者はほとんどいない。
ささやかではあるが、兵士たちの食生活改善に関われていることがナギには嬉しかった。
だがそれも、この国が爆発してしまっては何の意味もないことになる。
「……逃げなきゃ」
——悪いけど、兵士たちの束の間の健康より、私は自分の命を選ぶわ。
よしっと自身に気合いを入れると、ナギはショッピングセンターへと向かうことにした。
0
あなたにおすすめの小説
砕けた愛
篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。
あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら
冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。
アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。
国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。
ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。
エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる