【完結】あなたにクズでいてほしい ~こちら滅び(予定)の国の兵士専用食堂配膳係~

空野 碧舟

文字の大きさ
12 / 68

メランガのナギ

しおりを挟む
「あ、今日も納豆ちょうだい」

 先日納豆を渡した経理担当の女が、今日は自ら納豆を求めてきた。そんな女にナギが手渡したのは、納豆とは別の小鉢だ。

「いや、今日はこれ」

「えー? 何これ?」

「山芋と梅の和え物。いつもより厚化粧なのは、肌荒れしてるからでしょ」

 女はナギの失礼な物言いに一瞬目を見張ったが、奪うように小鉢を取るとカツカツとヒールを響かせて去っていった。どうやら厚化粧には触れてほしくなかったらしい。

「あのー……」

 次に並んでいたのは、あのお尻に問題のあった兵士だ。気弱そうに声を掛けて来た兵士の持つトレイの上にあるのは、日替わり和定食だ。

「いいね、追加なし。ああ、でもご飯を玄米に交換しとくね」

 「しっかり食べてしっかり出してー」と棒読みで伝えると、兵士は今回も真っ赤になって後ずさりしていった。

 ——ああ、眠い……。

 あれから自室に戻ったナギは、シャワーを浴びた後にもう一度爆睡したが、体力は完全復活とはいかなかった。

 ——あの、筋肉クズめ。

 シュテルンは、血に酔った上に酒にも酔っていたに違いない。痛くはなかったが、ナギには体力的に辛かった。

 だが今、何とか仕事が出来ているナギは、きっとシュテルンはあれでも手加減していたのだろうと思う。おそらくは久しぶりだと言ったナギを慮って。

 ——何、その微妙な優しさ……。怖っ!

 今はとても分かりづらいが、シュテルンの中に確実に存在している優しい心。それがメランガに、ひいてはラオン国にとっての致命傷だ。だがそれを責めることはナギには難しかった。

 ——シュテルン……か。

 『Weeds never die.』1回目のプレイ後、ナギがゲーム機本体を投げたにもかかわらず、2回目をプレイすることになったのは、改心後のシュテルンが見せた晴れ晴れとした笑顔に魅了されたからだった。

 シュテルンが改心してからアゴーレに消されるまでは短い時間なのだが、ナギはどうしてもあの笑顔をもう一度見たかった。

 ゲームでそのシーンにたどり着く前に、まさか本物に出会うことになるとは、ナギは当然想像すらしていなかったことだが。

 ——改心なんて、しなければ良い。

 ナギがシュテルンのあの笑顔を見るときは、メランガとラオン国の終わりの始まりだ。だからナギはそう願うしかない。

「おう、嬢ちゃん。昨夜はありがとうな。お陰で今日は酒が残ってなくて快調だぞ」

 ぼんやりしていたナギの思考を遮ったのは、昨夜塩で酒を飲もうとしていたひげもじゃの兵士だ。

「あー、それは良かったね」

「いつもと同じくらいバカバカ飲んだんだがな」

「へー、そうなんだ」

 「ところで」と、兵士はカウンターに身を乗り出して小声で聞いてきた。

「昨夜、シュテルン様に担がれていったが、ひどい目に遭わされたりしなかったか?」

「へっ?」

「あの方は何にも考えてないようにも見えるが、メランガの子供に良からぬことをするような方ではない。だが、どうも昨夜は血に酔っていたようだしな」

「え、えーと。ダイジョウブ」

「そうか。なら良いんだ」

 ナギは若干カタコトになり、引きつった笑みを浮かべたが、ひげもじゃの兵士はナギの言葉を信じたようだ。

 もともとあまりシュテルンを疑っていなかったのだろう。ナギのことを子供だと思い込んでいるのも、きっとその要因の一つだ。

 ——だから、子供じゃないんだけど。ま、もういいか。

 どうやらメランガでは、子供だと思われているほうが都合が良さそうだ。ナギはそう判断して、シュテルン以外に本当の年齢を言うのはやめることにした。

 ひげもじゃの兵士がいなくなったと思ったら、今度は甲高く大きな声が、食堂全体に響き渡った。

「あれー、貧乳ちゃんっ! こんなとこにいたんだーっ!」

「あ、巨乳……」

 カウンターにたわわな胸を乗せて厨房を覗きこんできたのはユトだ。

「最近、食堂の評判が良いって聞いたから来てみたの。そうか、ウワサのちょい足し小娘って、貧乳ちゃんのことだったのねー」

 ——まただ。だからウワサって、何のウワサ?

「貧乳じゃなくてナギ。巨乳のお姉さんの名前は?」

 噂のことも気にはなるが、ナギはまず『貧乳』呼びを止めることを優先した。名乗りついでに、知ってはいるがユトの名前を聞く。

「あら、ナギちゃん。あたしはユトよ」

 カウンターにさらに身を乗り出して胸を乗せたユトに、ナギは「おお」と思ったが、同時にユトのトレイが視界に入り、ナギは感嘆の声を上げた。

「わお! カツ丼定食のカツ2倍ご飯特盛り」

「そうよー。昼も夜も頑張らないとね」

「はあ、なるほど」

 ナギがシュテルンの部屋に落ちてきたときに、ぷるんぷるんの胸からは想像もつかないような俊敏な動きを見せたユトは、兵士の1人だ。ナギがゲームで得た情報では、お色気作戦が主流、体術が得意だった。

 そんなユトにナギが渡したのは大根おろしだ。

「え? これがちょい足し?」

「そう。消化を助けるし、美肌にも良いから。ますます綺麗になったら、シュテルンも喜ぶよ」

「は? シュテルン様が? 無いわー。セフレの顔なんてあの方がいちいち見てるわけないでしょ?」

 無邪気に首を傾げたユトに、ナギは頭痛を覚えた。

 ——シュテルン、クズすぎる。

 ナギの心の声が聞こえたはずもないが、ユトがふふと笑った。

「ま、あたしら兵士なんて、明日また会えるかどうかすら定かじゃないから。そんなもんよ」

「え……」

「やだ、そんな心配そうな顔しないで? 大丈夫よ、あたしは強いからー。貧乳ちゃんは安心して、みんなのご飯を作っててよ」

 ナギが言葉を失ったのは、ユトの笑顔の裏にある現実の重さに気が付いたからだ。呼び名が『貧乳ちゃん』に戻ったが、そのことに突っ込むことも出来なかった。

 ゲームの中では、ユトはただ能天気な巨乳美女兵士としか描かれていなかった。だがそんな単純な人間など、現実にはどこにもいない。

「……分かった。みんなのご飯は私に任せて。ユトさんは思う存分、昼も夜も暴れてきて」

「ふふ、分かった。じゃあまたねー」

 ユトの無邪気な笑顔がかわいくて、ナギの胸は痛んだ。「またね」というユトの言葉には何の保証もない。

 ユトは、いやこの食堂を利用している兵士たちも、シュテルンでさえも、命懸けの日々を過ごしている。それをナギが見ないフリ、気付かないフリをしていただけだ。

 だがそれと同様に、明日のメランガにも何の保証もない。

 ——ああー、もうっ! こうなったら、私が爆発を阻止して、メランガを守るしかないじゃないっ!

 メランガからの脱出を断念したナギは、ようやく自分もメランガの一員なのだと自覚した。

 兵士専用の食堂勤務なのだから、とっくにゴリゴリのメランガだったのだが、今まで逃げることしか考えていなかったナギに、その感覚は全くなかったのだ。

 生き延びるためなら、出来る限りのことをやる。それは、平和な日本の平和な時代に生きながらも、ナギが決めていたことだ。

 そして幸か不幸か、今のナギには出来ることがあった。

 ——決めた。ああ、もう、覚悟を決めたっ! 私、シュテルンの側にいる。あの人が改心なんてしないように、アゴーレを裏切る日がこないように、私が四六時中、見張ってやる! ああ、でも、それって……。私の体力、大丈夫ーっ!?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャらら森山
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

【完結】恋につける薬は、なし

ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。 着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

処理中です...