42 / 68
メランガで2番目に強い人
しおりを挟む
その男の名前はトシェ。そう教えてくれたユトは、なぜだか鼻の頭に皺を寄せた。
唐突な話にナギは首を傾げたが、ユトの話はそのまま続くようだ。
「メランガでシュテルン様の次に強い男よ。わたし嫌いなの、そいつ」
「へ、へー?」
ちびちびとジョッキを傾けながらユトが語ってくれたのは、ナギの作った食堂のメニューが、とてつもない力を秘めたものであることをアゴーレに進言したのが、トシェだということだった。
食堂を利用していたみんながなんとなく感じていた効果を、いち早く確実なものだと証明してみせたのがトシェ。メランガの戦力が早く格段に上がったのはトシェの功績だと言いながらも、ユトは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
——そんなに嫌いなんだ、トシェ。
トシェが、なぜこんなにもユトに嫌われているのか気にはなるが、ナギはとりあえず、それには触れないことにした。
「え、えーと。それで、どういうこと?」
「ああ、それでね。軍は一時、この食堂を完全なる兵士専用としたの。それで全員で大食い大会よ」
「はあ?」
「まあこれは例えね。『しなやかで強靭な筋肉増強ランチ』『がっつりスタミナランチ』『ビュンビュン動ける俊敏ランチ』、兵士たちにこれを朝・昼・晩で食べることを義務付けたの。食べられる人は1食で二つとか三つとか」
「うわぁ……」
——見たかったような、見なくてよかったような……。
「それでメランガ軍は、見事に戦力アップよ」
「あ、ああ! そういうこと」
ようやく何が起きたのかを理解したナギの向かいで、「ついでにあいつの評判もアップ」と、奥歯をギリギリと噛みしめながら言い捨てたユトは、ジョッキをぐいっと傾けた。
ナギ自身は、つい先ほど自覚したばかりのチート。その影響が兵士たちにそんなにも及んでいたと知って、ナギは驚くばかりだ。
「確かに、そのトシェって人、すごいね」
「えー、すごいのはナギちゃんですよ。かわいいだけでなく、すごい才能の持ち主なんですからー」
「出たな」
「えっ?」
ビールのおかげで少し機嫌を取り戻していたユトが、またも鼻の上にぎゅっと皺を寄せた。どうやら噂のトシェの登場らしい。
振り返ったナギの目に映ったのは、意外な人物の姿だった。
「は? え? ええっ?? あ、あなたが、トシェ?」
「わあ、ナギちゃんに名前を呼んでもらえるとか、夢みたいですー」
トシェの言葉に嘘がないことは、その赤面した表情で分かる。人の良さそうなその微笑みに、ナギは戸惑った。
——え? この人が、メランガのナンバー2? え? こんな人、確かゲームには出てこなかったはずだけど。
ナギはトシェのことを知っている。だがそれはゲームの中の話ではなく、このメランガの食堂で働きだしてからのことだ。
人畜無害そうな、一見めちゃくちゃ弱そうなこの男が、メランガでシュテルンに次いで2番目に強いなど、冗談としか思えない。何よりトシェの最大の弱点を、ナギは知っている。
「ぼく、ナギちゃんのお陰で、完治したんですよ」
——あー。
にひゃりと笑うトシェに、ナギはなんと声を掛けてよいのか迷った。
「そ、それは、何より」
「ぼくのための裏メニュー、嬉しかったなー」
「え、ええと? まあ、その、喜んでもらえて良かった」
確かにナギは、トシェのために一つのメニューを作った。
にこにこと嬉しそうなトシェが、シュテルンと同じ兵士であることすらナギには信じられない。ナギは、トシェにいまさら敬語を使うことも出来そうになかった。
「あ、あの? ユトさん? あの、本当にこのトシェさんって、強いの?」
トシェに聞こえないようにと、ユトの方を振り返ってナギは小声で聞いたが、ユトは椅子が倒れるほど激しく立ち上がって叫んだ。
「あーーっ! だからムカつくのよっ! こんなひょろっとしたモヤシみたいな男が、あたしより強いなんてっ!」
ナギの目には見えないほどの速さで、トシェの下腹部を狙って繰り出されたらしいユトの拳は、トシェの掌一つでピタリと止められていた。
「くっ、離しなさい、よっ!」
今度は足で男の急所を狙おうとしたユトより早く、トシェがユトの胸をトンと押すと、ユトが後ろに吹っ飛んだ。
「うわーっ!? ユ、ユトさん大丈夫っ?」
どれだけ素早いのか、ナギの目にはもう捉えられない。ナギがユトに駆け寄るより早く、トシェは倒れているユトに手を差し伸べていた。
「突然攻撃してくるの、そろそろ止めてもらえると嬉しいんですけどね」
「黙れ、この痔主がっ! せいぜい夜道に気を付けなさいよっ!」
「えー、だからー、痔はナギちゃんのおかげで完治したんですって」
バチンとユトに手を振り払われても、トシェの笑顔は崩れない。「ね」と、ナギの方を振り返ってトシェが、にひゃりと笑う。ナギは何とも答えることが出来ず、適当に笑ってごまかした。
——あなたの痔が回復したかどうかなんて、私が知ってるわけないじゃないのよ。
「健康的なヒップランチ」。確かにナギがトシェただ1人のために作った、裏メニューだ。
トシェがシュテルンに次いで強い兵士だとは、想像すらしていなかったナギだったが、ユトを軽くあしらったトシェの姿を見て、ようやくそれが真実なのだと納得した。
——ん? トシェさんの痔が回復したのも、メランガの戦力アップの要因ってこと? は? 何だ、それ。
メランガのナンバー2は『痔』。どんなクソゲーでも出て来なさそうなエピソードに、トシェがゲームの登場人物になれなかったのも致し方ないとナギは思った。
唐突な話にナギは首を傾げたが、ユトの話はそのまま続くようだ。
「メランガでシュテルン様の次に強い男よ。わたし嫌いなの、そいつ」
「へ、へー?」
ちびちびとジョッキを傾けながらユトが語ってくれたのは、ナギの作った食堂のメニューが、とてつもない力を秘めたものであることをアゴーレに進言したのが、トシェだということだった。
食堂を利用していたみんながなんとなく感じていた効果を、いち早く確実なものだと証明してみせたのがトシェ。メランガの戦力が早く格段に上がったのはトシェの功績だと言いながらも、ユトは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
——そんなに嫌いなんだ、トシェ。
トシェが、なぜこんなにもユトに嫌われているのか気にはなるが、ナギはとりあえず、それには触れないことにした。
「え、えーと。それで、どういうこと?」
「ああ、それでね。軍は一時、この食堂を完全なる兵士専用としたの。それで全員で大食い大会よ」
「はあ?」
「まあこれは例えね。『しなやかで強靭な筋肉増強ランチ』『がっつりスタミナランチ』『ビュンビュン動ける俊敏ランチ』、兵士たちにこれを朝・昼・晩で食べることを義務付けたの。食べられる人は1食で二つとか三つとか」
「うわぁ……」
——見たかったような、見なくてよかったような……。
「それでメランガ軍は、見事に戦力アップよ」
「あ、ああ! そういうこと」
ようやく何が起きたのかを理解したナギの向かいで、「ついでにあいつの評判もアップ」と、奥歯をギリギリと噛みしめながら言い捨てたユトは、ジョッキをぐいっと傾けた。
ナギ自身は、つい先ほど自覚したばかりのチート。その影響が兵士たちにそんなにも及んでいたと知って、ナギは驚くばかりだ。
「確かに、そのトシェって人、すごいね」
「えー、すごいのはナギちゃんですよ。かわいいだけでなく、すごい才能の持ち主なんですからー」
「出たな」
「えっ?」
ビールのおかげで少し機嫌を取り戻していたユトが、またも鼻の上にぎゅっと皺を寄せた。どうやら噂のトシェの登場らしい。
振り返ったナギの目に映ったのは、意外な人物の姿だった。
「は? え? ええっ?? あ、あなたが、トシェ?」
「わあ、ナギちゃんに名前を呼んでもらえるとか、夢みたいですー」
トシェの言葉に嘘がないことは、その赤面した表情で分かる。人の良さそうなその微笑みに、ナギは戸惑った。
——え? この人が、メランガのナンバー2? え? こんな人、確かゲームには出てこなかったはずだけど。
ナギはトシェのことを知っている。だがそれはゲームの中の話ではなく、このメランガの食堂で働きだしてからのことだ。
人畜無害そうな、一見めちゃくちゃ弱そうなこの男が、メランガでシュテルンに次いで2番目に強いなど、冗談としか思えない。何よりトシェの最大の弱点を、ナギは知っている。
「ぼく、ナギちゃんのお陰で、完治したんですよ」
——あー。
にひゃりと笑うトシェに、ナギはなんと声を掛けてよいのか迷った。
「そ、それは、何より」
「ぼくのための裏メニュー、嬉しかったなー」
「え、ええと? まあ、その、喜んでもらえて良かった」
確かにナギは、トシェのために一つのメニューを作った。
にこにこと嬉しそうなトシェが、シュテルンと同じ兵士であることすらナギには信じられない。ナギは、トシェにいまさら敬語を使うことも出来そうになかった。
「あ、あの? ユトさん? あの、本当にこのトシェさんって、強いの?」
トシェに聞こえないようにと、ユトの方を振り返ってナギは小声で聞いたが、ユトは椅子が倒れるほど激しく立ち上がって叫んだ。
「あーーっ! だからムカつくのよっ! こんなひょろっとしたモヤシみたいな男が、あたしより強いなんてっ!」
ナギの目には見えないほどの速さで、トシェの下腹部を狙って繰り出されたらしいユトの拳は、トシェの掌一つでピタリと止められていた。
「くっ、離しなさい、よっ!」
今度は足で男の急所を狙おうとしたユトより早く、トシェがユトの胸をトンと押すと、ユトが後ろに吹っ飛んだ。
「うわーっ!? ユ、ユトさん大丈夫っ?」
どれだけ素早いのか、ナギの目にはもう捉えられない。ナギがユトに駆け寄るより早く、トシェは倒れているユトに手を差し伸べていた。
「突然攻撃してくるの、そろそろ止めてもらえると嬉しいんですけどね」
「黙れ、この痔主がっ! せいぜい夜道に気を付けなさいよっ!」
「えー、だからー、痔はナギちゃんのおかげで完治したんですって」
バチンとユトに手を振り払われても、トシェの笑顔は崩れない。「ね」と、ナギの方を振り返ってトシェが、にひゃりと笑う。ナギは何とも答えることが出来ず、適当に笑ってごまかした。
——あなたの痔が回復したかどうかなんて、私が知ってるわけないじゃないのよ。
「健康的なヒップランチ」。確かにナギがトシェただ1人のために作った、裏メニューだ。
トシェがシュテルンに次いで強い兵士だとは、想像すらしていなかったナギだったが、ユトを軽くあしらったトシェの姿を見て、ようやくそれが真実なのだと納得した。
——ん? トシェさんの痔が回復したのも、メランガの戦力アップの要因ってこと? は? 何だ、それ。
メランガのナンバー2は『痔』。どんなクソゲーでも出て来なさそうなエピソードに、トシェがゲームの登場人物になれなかったのも致し方ないとナギは思った。
20
あなたにおすすめの小説
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを
青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ
学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。
お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。
お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。
レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。
でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。
お相手は隣国の王女アレキサンドラ。
アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。
バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。
バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。
せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました
【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!
チャらら森山
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。
お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。
【完結】恋につける薬は、なし
ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。
着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる