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シュテルンの猫
何も分からない状況に耐えられないと思ったナギは、深い眠りの中にいるシュテルンの腕の中からそっと抜け出すと、食堂に向かうことにした。今ならまだ、開いている時間のはずだ。
ミヤワーのあの店で掃除中だったナギは、帽子とエプロンは外していたものの、白シャツと黒パンツのままだった。
——ま、いいよね。
着替えなどの荷物も持ってくることが出来なかったナギは、諦めてそのまま出掛けることにした。
——パムさんとナナさん、いるかな。
いても酔っ払っている時間かもしれないとは思いながらも、少しでも情報収集ができれば良いと、ナギの足は次第に速くなる。メランガに何が起こったのか、それをナギは知りたかった。
——えっ?
ナギの予想通り、すでに酔っているらしいパムとナナは、厨房の中でくるくると回っていた。ただし、本当にそれがパムとナナであるならばだ。
「ア、ナギ?」
「ホントダ、ナギダ」
タタッと駆け寄ってきた二人に、ナギは戸惑う。
「あの、もしかして、パムさんと、ナナさん? なの?」
恐る恐る尋ねたナギに対し、二人は軽く答えた。
「パムダ」
「ナナダヨ」
「嘘……」と、自身で聞いておきながら、あまりのことにナギが腰を抜かすほど驚いたのは、二人の姿形があまりにも変わってしまっていたからだ。
ナギが見下ろしていたはずの二人の頭が、今では首が痛いほど上にある。二人とも今や180センチはあるに違いない。縦だけに見事に伸びた二人は、すらりとしたモデル体型になっていた。
「ふ、二人とも、成長期だったの?」
「パムは32サイ」
「ナナは30サイヨ」
「そ、そうだったんだ」
二人の年齢もナギにとっては驚きだったが、今はそこが問題ではない。
やはり酔いが回っているのか、二人の上半身は左右に大きく揺れている。うまく同じ方向に揺れているのを、相変わらず仲が良いなとナギは思った。
「せ、成長期でもないのに、なんでそんなにすくすく育ったの?」
ナギの至極真っ当な疑問に、パムとナナは右に大きく傾いたままピタリと止まった。
「ナギのセイ」
「え?」
「チガウ、ナギのオカゲ」
「オカゲサマでアリンス」
「ええっ?」
「セガノビルランチ、スゴイ」
「はっ!?」
「セガノビター」
「ノビタノビター」
はしゃぎながらまたも厨房の中をくるくる回り始めた二人を、ナギは呆然と見つめる。どうやら今日はだいぶ酔いが回っているらしい。
——私のせいで、背が伸びた?
そんなまさかと思いながらも、ナギは以前この食堂で言われた言葉を思い出していた。
「貧血に、肌荒れに、それから……痔?」
それらがすぐに改善したと言う兵士や事務員たちは、それを「ナギのおかげ」だと言っていた。そんなに即効性があるはずがないと、あの時のナギは一笑に付したが、このパムとナナの異常とも言える成長が、本当に「背が伸びるランチ」のせいなのだとしたら。
ナギはこの一連のことが何なのか、ようやく思い至った。
——も、もしかして、これ、チート!?
「あ、貧乳ちゃんっ!」
「ひえっ!?」
考えごとをしていたナギは、突然声を掛けられて飛び上がった。楽しそうな顔でカウンターを覗きこんでいたのは、ユトだ。
「あ、ユト、さん? お、久しぶり」
「うん、おひさー」
思わずどもってしまったナギに、ユトが屈託のない笑顔で応えた。カウンターに乗せられた大きな胸までもが、懐かしくて嬉しい。
友達になれるかもと思っていたユトが、無事でいてくれて、その上に以前と変わらぬ笑顔を向けてくれる。またも泣きそうになってしまったナギには気が付かず、ユトがナギの周りをキョロキョロと見回した。
「あれ? シュテルン様は?」
「え?」
「シュテルン様が迎えに行ったんでしょ?」
ユトの言葉に、含みはなさそうだ。純粋な疑問を向けられているのだと気付いて、ナギは素直に答えた。
「え、ええと、そうなんだけど。帰ってきた途端に寝ちゃって」
状況が掴めないまま、ナギが当たり障りのなさそうなことを答えると、ブハッとユトが吹き出して、ナギは目を丸くした。
「ああ、そう、そうなんだ。ブフッ、シュテルン様ってば、ああ、へえ、そう」
「え? ええ? 何がおかしいの?」
「いや、だってさ。確かにここ1ヶ月はまともに寝てないだろうけど」
「えっ、1ヶ月?」
「でも、貧乳ちゃんを連れ帰ってすぐに寝ちゃうって。そんで、部屋を抜け出されても気が付かないほど寝てるって? あのシュテルン様がでしょ? いや、さすが。すっごいわー」
うひゃひゃひゃと笑うユトも、きっと酔っている。相変わらず人間離れしたシュテルンの話を聞いて、それは寝落ちしても仕方ないだろうとナギは思うが、ユトからするとおかしいらしい。
ひゃっひゃっと、腹を抱えて笑っているユトだが、それでもパムやナナよりは、話を聞けそうだとナギは思った。
「ね、あの、あのね。私、全然状況が分からなくて。私がいない間に一体何があったのか、詳しく教えてもらえないかな」
「ええ、いいわよ」と、ようやく笑いが収まったユトに誘われるままに、ナギはカウンターを乗り越えて、食堂の端にあるテーブルに向かった。
生ビールの大ジョッキ2杯。2杯ともユトが飲むのだろうと思っていたナギは、「はい。飲めるでしょ。大人なんだから」と、1杯を目の前に置かれて「え?」と声を上げた。
「飲め飲め、大人ー」
「う、うん」
——そ、そうか。もうみんな、私が大人だって知ってるのか。
シュテルンの側にいても何も勘繰られない、便利だった子供のフリは、もう使えないらしい。ナギは少し残念だとも思いながら、気が楽になったような気もした。
「まずは乾杯よ。メランガの独立を祝って」
「あ、うん」
ゴチッと重い音を立てた乾杯に続き、ユトがニヤリと笑う。
「そしてメランガの秘密兵器、『シュテルンの猫』の帰還を祝って」
「は? はああああああっ!?」
ミヤワーのあの店で掃除中だったナギは、帽子とエプロンは外していたものの、白シャツと黒パンツのままだった。
——ま、いいよね。
着替えなどの荷物も持ってくることが出来なかったナギは、諦めてそのまま出掛けることにした。
——パムさんとナナさん、いるかな。
いても酔っ払っている時間かもしれないとは思いながらも、少しでも情報収集ができれば良いと、ナギの足は次第に速くなる。メランガに何が起こったのか、それをナギは知りたかった。
——えっ?
ナギの予想通り、すでに酔っているらしいパムとナナは、厨房の中でくるくると回っていた。ただし、本当にそれがパムとナナであるならばだ。
「ア、ナギ?」
「ホントダ、ナギダ」
タタッと駆け寄ってきた二人に、ナギは戸惑う。
「あの、もしかして、パムさんと、ナナさん? なの?」
恐る恐る尋ねたナギに対し、二人は軽く答えた。
「パムダ」
「ナナダヨ」
「嘘……」と、自身で聞いておきながら、あまりのことにナギが腰を抜かすほど驚いたのは、二人の姿形があまりにも変わってしまっていたからだ。
ナギが見下ろしていたはずの二人の頭が、今では首が痛いほど上にある。二人とも今や180センチはあるに違いない。縦だけに見事に伸びた二人は、すらりとしたモデル体型になっていた。
「ふ、二人とも、成長期だったの?」
「パムは32サイ」
「ナナは30サイヨ」
「そ、そうだったんだ」
二人の年齢もナギにとっては驚きだったが、今はそこが問題ではない。
やはり酔いが回っているのか、二人の上半身は左右に大きく揺れている。うまく同じ方向に揺れているのを、相変わらず仲が良いなとナギは思った。
「せ、成長期でもないのに、なんでそんなにすくすく育ったの?」
ナギの至極真っ当な疑問に、パムとナナは右に大きく傾いたままピタリと止まった。
「ナギのセイ」
「え?」
「チガウ、ナギのオカゲ」
「オカゲサマでアリンス」
「ええっ?」
「セガノビルランチ、スゴイ」
「はっ!?」
「セガノビター」
「ノビタノビター」
はしゃぎながらまたも厨房の中をくるくる回り始めた二人を、ナギは呆然と見つめる。どうやら今日はだいぶ酔いが回っているらしい。
——私のせいで、背が伸びた?
そんなまさかと思いながらも、ナギは以前この食堂で言われた言葉を思い出していた。
「貧血に、肌荒れに、それから……痔?」
それらがすぐに改善したと言う兵士や事務員たちは、それを「ナギのおかげ」だと言っていた。そんなに即効性があるはずがないと、あの時のナギは一笑に付したが、このパムとナナの異常とも言える成長が、本当に「背が伸びるランチ」のせいなのだとしたら。
ナギはこの一連のことが何なのか、ようやく思い至った。
——も、もしかして、これ、チート!?
「あ、貧乳ちゃんっ!」
「ひえっ!?」
考えごとをしていたナギは、突然声を掛けられて飛び上がった。楽しそうな顔でカウンターを覗きこんでいたのは、ユトだ。
「あ、ユト、さん? お、久しぶり」
「うん、おひさー」
思わずどもってしまったナギに、ユトが屈託のない笑顔で応えた。カウンターに乗せられた大きな胸までもが、懐かしくて嬉しい。
友達になれるかもと思っていたユトが、無事でいてくれて、その上に以前と変わらぬ笑顔を向けてくれる。またも泣きそうになってしまったナギには気が付かず、ユトがナギの周りをキョロキョロと見回した。
「あれ? シュテルン様は?」
「え?」
「シュテルン様が迎えに行ったんでしょ?」
ユトの言葉に、含みはなさそうだ。純粋な疑問を向けられているのだと気付いて、ナギは素直に答えた。
「え、ええと、そうなんだけど。帰ってきた途端に寝ちゃって」
状況が掴めないまま、ナギが当たり障りのなさそうなことを答えると、ブハッとユトが吹き出して、ナギは目を丸くした。
「ああ、そう、そうなんだ。ブフッ、シュテルン様ってば、ああ、へえ、そう」
「え? ええ? 何がおかしいの?」
「いや、だってさ。確かにここ1ヶ月はまともに寝てないだろうけど」
「えっ、1ヶ月?」
「でも、貧乳ちゃんを連れ帰ってすぐに寝ちゃうって。そんで、部屋を抜け出されても気が付かないほど寝てるって? あのシュテルン様がでしょ? いや、さすが。すっごいわー」
うひゃひゃひゃと笑うユトも、きっと酔っている。相変わらず人間離れしたシュテルンの話を聞いて、それは寝落ちしても仕方ないだろうとナギは思うが、ユトからするとおかしいらしい。
ひゃっひゃっと、腹を抱えて笑っているユトだが、それでもパムやナナよりは、話を聞けそうだとナギは思った。
「ね、あの、あのね。私、全然状況が分からなくて。私がいない間に一体何があったのか、詳しく教えてもらえないかな」
「ええ、いいわよ」と、ようやく笑いが収まったユトに誘われるままに、ナギはカウンターを乗り越えて、食堂の端にあるテーブルに向かった。
生ビールの大ジョッキ2杯。2杯ともユトが飲むのだろうと思っていたナギは、「はい。飲めるでしょ。大人なんだから」と、1杯を目の前に置かれて「え?」と声を上げた。
「飲め飲め、大人ー」
「う、うん」
——そ、そうか。もうみんな、私が大人だって知ってるのか。
シュテルンの側にいても何も勘繰られない、便利だった子供のフリは、もう使えないらしい。ナギは少し残念だとも思いながら、気が楽になったような気もした。
「まずは乾杯よ。メランガの独立を祝って」
「あ、うん」
ゴチッと重い音を立てた乾杯に続き、ユトがニヤリと笑う。
「そしてメランガの秘密兵器、『シュテルンの猫』の帰還を祝って」
「は? はああああああっ!?」
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