【完結】あなたにクズでいてほしい ~こちら滅び(予定)の国の兵士専用食堂配膳係~

空野 碧舟

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モノ扱いとか無理

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 ナギを腕の中に閉じ込めたシュテルンは、どこか満足そうだ。

 この世界では、ナギはシュテルンのもの。告げられたその内容は、ナギにとって面白くないものだった。

 サザミナのメンバーがナギを引きとめなかったのも、ミナハやカイがナギを責めなかったのも、すべてナギが落下らっかさんで、シュテルンの所有物だったからだ。そう理解したナギは、にやにやしているシュテルンにハッキリと腹が立ってきた。

 シュテルンがナギのことを『俺の猫』と呼んでトシェを威嚇したのも、ただ自分のものに手を出される不快感からだったのかと思うと、ひどく失望した。

 ——モノ扱いとか、ありえないんだけど。

「……それで?」

「あん?」

「監禁? 軟禁? それとも高値で売るの?」

 ナギにチートがあったところで、それもシュテルンのものだ。もうナギはシュテルンと対等にはなれない。もちろん、今までも対等だったわけじゃないことくらい、ナギにも分かっている。それでもナギは、無性に腹が立って仕方がなかった。

 面白そうにナギを観察しているシュテルンの視線に苛立ち、ナギはシュテルンの腕の中から暴れて逃れた。

 いくらナギが暴れたところで、シュテルンが力を緩めない限り、ナギが逃れられるはずはないのだが、シュテルンはあっさりとナギを解放した。

 いつもそうだ。ナギが嫌がれば、シュテルンはナギから手を離す。誰よりも非道に見えるシュテルンだが、力尽くでナギを組み伏せるようなことはしたことがない。

「お前はどうしたい。監禁されたいのか? 売られてでも俺のそばから離れたいのか?」

 背筋がヒヤリとするのは、シュテルンの考えが読めないからだ。
 
「……私に選択権があるわけ?」

「とりあえず、言ってみろ」

 ——どうしたい? 私が?

 ナギの思考が停止したのは、ずっと生き延びることだけがナギの目的だったからだ。あの日から、元の世界でもこの世界でも、ナギは何よりも、ただ生きることだけに執着してきた。

 「長生きできればそれで良い」と、そう言おうとしたが声が出ない。それでは足りないことを、ナギはもう知ってしまっていた。

 ——生きているだけじゃ、イヤだよ。

 皮肉にも、ナギにそう思わせたのはシュテルンだ。ミヤワーで平穏に暮らしていたナギを、シュテルンが迎えに来て、すべてを覆した。

 シュテルンに生きていてほしい。シュテルンと生きていきたい。だが、それだけでもまだ足りない。平和な日本で暮らしながら、ナギが当たり前のように持っていたもの。失って初めて、ナギはその価値に気がついた。
 
「……猫は気ままな生き物なの」

「ああ、あんまり構うなっていう、あれか?」

「気ままでプライドが高くて……、猫は——ううん、私は、自由に生きたい」

 自由に生きたい。ナギにそう聞かされたシュテルンは黙りこんだ。

 この世界に来る前、どれほどの自由がナギの手の中にあったのか。懐かしんでみたところで、何にもならないことはナギにも分かっている。

 ——無理か。そりゃそうよね。

 「冗談よ」と苦笑いで続けようとしたナギの言葉は、ブハッという大きな笑いにかき消された。くつくつとさらに笑うシュテルンに、ナギの心は急速に冷えていく。

「そんなに、おかしい?」

「ああ、こんな愉快なことはそうそうないな」

「……とりあえず、言ってみろって言ったのは誰よ」

「確かに俺がそう言ったが」

 話の途中で、また笑いを抑えられなくなったらしいシュテルンが、肩を震わせてくつくつと笑う。

「いや、参った。こんなに笑ったことはない」

 ナギの失望は深い。だがその豪快な笑顔に、ナギは見惚れてしまった。大口を開けて笑うシュテルンが憎らしいのに、それでもこんな状況でも魅力的に見えたのだ。

 ——これも、ギャップ萌えってやつかな。

「……シュテルンの好きにすればいい。所有物っているのはそういうもんでしょ」

 諦めてそう言ったはずなのに、ナギの声は震えた。うつむいたのは、気持ち悪くなったせいだ。

 好きな男の所有物になる。それは幸せなことにも思えるのに、ナギは吐き気をもよおすほどの苦い思い出を呼び起こされていた。

 「結婚しようよ」という、今となっては呪いのような言葉に胸踊ったあの日のことを、ナギはどうしたら忘れられるのだろう。

 胸踊った——そう、あの日あの瞬間に、間違いなく喜んでしまった自分自身さえ、ナギは許すことが出来ないでいる。

 結婚と所有物でいることと、それは似ているようでまったく違うもののはずなのに、ナギにはその二つを分けて考えることが出来なかった。

「急に面白くなくなったな、猫」

 ——は?

 ずっと楽しげに笑っていたはずのシュテルンが、不機嫌そうな声を出した。うつむいたままのナギが黙りこんだのは、ナギ自身はずっと面白くなどなかったからだ。

「自由に生きたい、ねえ」

 シュテルンの平坦な口調に、また笑われるのではないかと訝しんだナギが、「だから、冗談だって」と顔を上げたところで、シュテルンのあの全開の笑顔にぶつかった。

 そして、白い歯を出してニッと笑った大きな口が次に発した言葉に、ナギは絶句する。

「いいぞ。俺がお前を自由にしてやろう」

 ——は、はあああああああっ??
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