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ごめんなさい
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——カズ? これが? これが、カズだっていうの?
言葉を失っているナギの目の前で、骨と皮しかない手が、何度も何度もカシャンカシャンと鉄格子を揺らして音を立てる。
「やめろっ!」
うるさいとブルが一喝すると、老人——カズが、びくりと全身を震わせた。
「ナギちゃん、この老人と知り合いなの?」
「いや、こんなナリだが、そこそこ若い男らしい。名前は『イノ』だ。ラオン国に来てから、次第に今の姿に変貌したそうだ」
ブルの説明に、ナギは「へえ」と言ったつもりが、声は上手く出なかった。
カズの名前は、伊能 一彌だ。『イノ』という呼び名から、名前すらもまともに聞いてもらえなかったのではないかと、察しがつく。
老人になってからこの世界に来たのではなく、こちらに来てから急激に老けたというのなら、それは痛みや恐怖によるものかもしれない。だがナギには、同情心は微塵も湧いてこなかった。
「……こんな人、知らない」
ようやく喉の奥から出た声は、ブルたちの耳には冷静なものとして聞こえたはずだ。そう自身に言い聞かせながら、ナギはできる限り明るい声を出した。
「よく、分からないわ。私が知っている人とは、見た目があまりにも違いすぎるもの」
ガシャンと揺らされた鉄格子の音が、ナギの耳に届いたときには、ナギはもうその場から逃げるように、牢屋に背を向けていた。
——何、してんのよ、こんなところに捕まって。
もう1人の落下さんの正体はカズだった。ナギの元婚約者——いや、ナギを騙した詐欺師の男。
これが偶然なのか必然なのか、そこに何者かの意思が働いていようがいまいが、そんなことはナギにはどうでもよかった。
驚きのあと、次に浮かんできた感情は怒りだ。恨みを刃に乗せてあの男を切り刻むのは、ナギの役目だったはず。それをラオン国の人間が、瞬間移動の能力欲しさに勝手にいたぶって、まったくの別人のように変えてしまったのだ。
——何、してくれてんのよ。
カズはナギの名を呼んでも、ナギに助けてとは言わなかった。そのくらいの恥は知っているということか。それとも助けてくれるはずがないと端から諦めているのか。
「……んなのよっ、何なのよっ!! ふざけるなっ!!」
抑えようもなくなった気持ちのままに、ナギはカズから逃げるように登って来た階段を今度は駆け下りた。すれ違うみんなが驚いた顔をしていたが、そんなことはどうでもいい。
慌てて包丁を取り出したせいで、ショルダーバッグが床に落ち、パタッと軽い音を立てる。その軽い音に、ナギは鼻で笑ってしまった。
——パタッて。そりゃそうよね。包丁しか入ってなかったんだもの。
包丁の鞘も床に落としたが、カタンという音は左手で掴んだ鉄格子の音にかき消された。
まだ鉄格子の前にいたカズの目線と、ナギの目線はほぼ同じ位置だ。カズはナギより15センチは背が高かったはずだが、膝も腰も曲がった状態でやっと立っているからだろう。
「……ゴロジデ、くで。なぐぃ」
「はっ?」
「ころせ」とゆっくり口を動かしたカズを見て、ナギは目を見張った。
「なっ!?」
「はやぐっ、なぐぃっ! はやぐっ!!」
「っ!」
ガシャンガシャンと激しく鉄格子を揺らしながら、「はやくころせ」というカズに、せめて一太刀浴びせるべきなのか。
だがすでに満身創痍で、ナギに殺せと懇願してくるカズを前に、ナギの手足からくたりと力が抜けた。
抜けたのは力だけではないのかもしれない。カズの声が失望の呻きに変わるのを聞きながら、ナギの両方の瞳から涙がとめどもなく流れた。ナギを心配する声が、ひどく遠くに聞こえる。
——殺せない……。
「……さい、ごめんなさい、ごめんなさい」
両親に謝るのは筋違いだと分かってはいる。ナギの幸せを願い、恨みを忘れて生きろと父は願ってくれていた。復讐を胸に誓っていたのは、ナギの独りよがりな思いにしか過ぎない。それでも、謝らずにいられないのはなぜだろうか。
——ごめんなさい。ごめんなさい。私には、殺せない……。
言葉を失っているナギの目の前で、骨と皮しかない手が、何度も何度もカシャンカシャンと鉄格子を揺らして音を立てる。
「やめろっ!」
うるさいとブルが一喝すると、老人——カズが、びくりと全身を震わせた。
「ナギちゃん、この老人と知り合いなの?」
「いや、こんなナリだが、そこそこ若い男らしい。名前は『イノ』だ。ラオン国に来てから、次第に今の姿に変貌したそうだ」
ブルの説明に、ナギは「へえ」と言ったつもりが、声は上手く出なかった。
カズの名前は、伊能 一彌だ。『イノ』という呼び名から、名前すらもまともに聞いてもらえなかったのではないかと、察しがつく。
老人になってからこの世界に来たのではなく、こちらに来てから急激に老けたというのなら、それは痛みや恐怖によるものかもしれない。だがナギには、同情心は微塵も湧いてこなかった。
「……こんな人、知らない」
ようやく喉の奥から出た声は、ブルたちの耳には冷静なものとして聞こえたはずだ。そう自身に言い聞かせながら、ナギはできる限り明るい声を出した。
「よく、分からないわ。私が知っている人とは、見た目があまりにも違いすぎるもの」
ガシャンと揺らされた鉄格子の音が、ナギの耳に届いたときには、ナギはもうその場から逃げるように、牢屋に背を向けていた。
——何、してんのよ、こんなところに捕まって。
もう1人の落下さんの正体はカズだった。ナギの元婚約者——いや、ナギを騙した詐欺師の男。
これが偶然なのか必然なのか、そこに何者かの意思が働いていようがいまいが、そんなことはナギにはどうでもよかった。
驚きのあと、次に浮かんできた感情は怒りだ。恨みを刃に乗せてあの男を切り刻むのは、ナギの役目だったはず。それをラオン国の人間が、瞬間移動の能力欲しさに勝手にいたぶって、まったくの別人のように変えてしまったのだ。
——何、してくれてんのよ。
カズはナギの名を呼んでも、ナギに助けてとは言わなかった。そのくらいの恥は知っているということか。それとも助けてくれるはずがないと端から諦めているのか。
「……んなのよっ、何なのよっ!! ふざけるなっ!!」
抑えようもなくなった気持ちのままに、ナギはカズから逃げるように登って来た階段を今度は駆け下りた。すれ違うみんなが驚いた顔をしていたが、そんなことはどうでもいい。
慌てて包丁を取り出したせいで、ショルダーバッグが床に落ち、パタッと軽い音を立てる。その軽い音に、ナギは鼻で笑ってしまった。
——パタッて。そりゃそうよね。包丁しか入ってなかったんだもの。
包丁の鞘も床に落としたが、カタンという音は左手で掴んだ鉄格子の音にかき消された。
まだ鉄格子の前にいたカズの目線と、ナギの目線はほぼ同じ位置だ。カズはナギより15センチは背が高かったはずだが、膝も腰も曲がった状態でやっと立っているからだろう。
「……ゴロジデ、くで。なぐぃ」
「はっ?」
「ころせ」とゆっくり口を動かしたカズを見て、ナギは目を見張った。
「なっ!?」
「はやぐっ、なぐぃっ! はやぐっ!!」
「っ!」
ガシャンガシャンと激しく鉄格子を揺らしながら、「はやくころせ」というカズに、せめて一太刀浴びせるべきなのか。
だがすでに満身創痍で、ナギに殺せと懇願してくるカズを前に、ナギの手足からくたりと力が抜けた。
抜けたのは力だけではないのかもしれない。カズの声が失望の呻きに変わるのを聞きながら、ナギの両方の瞳から涙がとめどもなく流れた。ナギを心配する声が、ひどく遠くに聞こえる。
——殺せない……。
「……さい、ごめんなさい、ごめんなさい」
両親に謝るのは筋違いだと分かってはいる。ナギの幸せを願い、恨みを忘れて生きろと父は願ってくれていた。復讐を胸に誓っていたのは、ナギの独りよがりな思いにしか過ぎない。それでも、謝らずにいられないのはなぜだろうか。
——ごめんなさい。ごめんなさい。私には、殺せない……。
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