【完結】あなたにクズでいてほしい ~こちら滅び(予定)の国の兵士専用食堂配膳係~

空野 碧舟

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罪人と元王子

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「困ったことをしてくれたな」

 険しい表情をしたレドを見上げて、その既視感にナギは笑ってしまいそうだった。

 後ろ手に拘束されて連れて来られたのは、前にも来たことのある小部屋だ。ここでナギは嘘を吐いて、メランガからもラオン国からも逃げることに成功した。それが遥か遠い昔のことのように思える。

 泣き疲れてぐったりしているナギの目に、レドの姿は眩しすぎだ。白の軍服に身を包んだレドは、あのゲームのパッケージで見たような王子様然とした姿で、そんな場合ではないのに口元が笑ってしまった。

「何を笑っている」

 レドがそれを咎めて、室内がさらにぴりっとした空気になる。ブルとピクは、何が起きたのか分からず、ずっと困惑しているようだ。

 サザミナのメンバーとナギだけが残された室内は、とても静かだった。

「アレがラオン国にとって、どれほどの価値があるものか、ナギにも分かっているだろう?」

 カズのことを「アレ」で「もの」だと言い切ってしまうレドに、ナギは初めて嫌悪感を抱いた。

 自分たち——ナギとカズは、自由を当たり前に持っている国から来たのだ。誰かの所有物になって、搾取されるような生き方はずっと知らなくていいことだった。

「だったら、私も——『コレ』も、牢に入れたらいいじゃない。あの男と同じ牢でも、私は構わないわ」

 ナギに荒んだ目を向けられたレドが怯んだ。

「そんなこと、するわけないだろう」

「どうして? 私も彼と同じ落下らっかさんよ。人体実験したいんじゃない?」

「ナギ、どうしてお前がそんなに怒っているんだ」

 分からないと、大げさなほどに首を振るレドを睨んでナギは言葉を続けた。腹の中で渦巻く怒りとは裏腹に、ナギはこの上なく冷静だ。自身でもゾッとするほど低い声が出る。

「あの男を、あんな風に変えたのは誰?」

 手を拘束されているから、出たのは足だ。ガンッと机の下を蹴ったところで、誰にも痛みは与えない。それなのにレドが痛そうな顔をした。

「……我の父——前王だ」

「へえ。で、『ソレ』はどこにいるの?」

 たおされた前王。レドにとっては親であるその男のことを、カズや自身と同列に呼んだが、それに対してレドは怒りはしなかった。

「粛清された——した、んだ」

「……へえ」

 前国王——レドの父親がどんな人物だったのか、ナギは知らない。ゲームの中には、ちらりともその姿は出てこなかったからだ。

 ミヤワーで聞きかじった新聞の内容「一部の王族による悪政」が、具体的に何かすら知らないナギが、レドの苦悩や葛藤を分かるはずもない。

 だが、まるでやるべきことをやっただけだと言わんばかりに、真っ直ぐにナギを見据えたその瞳と、そんなレドを気遣うようなピクとブルの表情が、怒りの最中にあったナギの、さらに胸の奥底に眠っていた怒りまでも呼び起こした。

「それで? 父親を殺した気分はどう?」

「な、んだって?」

 ようやくレドのその目に怒りの炎が灯ったのを、ナギは見逃さなかった。

「ねえ、レド。そんなことになる前に、どうして王を諫めることができなかったの?」

「っ、黙れ」

「その機会がなかったとは言わせない。なんて無力な王子様、なんて愚かな息子なの。ねえ、どうして王の悪政を止めることができなかったの?」

「そんな、そんな、こと」

「可哀想ね」

 またもナギの両目から涙が溢れた。ナギを制止しようとしていたピクとブルの足が止まったのは、ナギがレドに寄り添う言動を見せたと思ったからだろう。

 ナギの真意に気付けない愚かな臣下のせいで、レドは続くナギの鋭い言葉から逃げることが出来なかった。

「そんな子供を持って、子供に殺された親はなんて可哀想なのかしら」

「なっ、ナギ! いい加減にしろっ!」

 青ざめたピクの隣で、ナギに怒鳴ったのはブルだった。レドではなく、殺された王を可哀想だというナギの言葉に、レドの顔が苦しげに歪んだ。

「親殺し。どんなに自分を正当化しようとしても、親を殺した事実は変わらないわ」

「やめろっ!」

「何年経っても、それを忘れることはできないの。仕方ないわよね。だって死んでしまった人は、生き返らないんだもの」

 バシッと乾いた音が響く。打たれたナギの左頬とブルの手のひらでは、いったいどちらが痛いだろう。そのどちらでもなく、痛みを訴えるような呟きが落ちた。

「……じゃあ、どうすれば良かったんだ」

 ——ああ、その顔が見たかった。

 絶望に染まった昏い瞳。黒い炎が見えるような、どこに向かっていいのか分からない怒りを宿したレドを見て、ナギはそう思った。ミヤワーでカルロスに抱いた想いを、結局のところ、ナギは捨てられてはいなかったのだ。

 ——絶望の先、レドならどうするの?

 これからどう立ち直るのか、どう生きていくのか。穏やかな日々をどれだけ重ねても、消えないこの胸の痛みを、どうやって克服すればいいのかを見せてほしい。手前勝手な理由で、ナギはレドを暗闇に引きずり込んだ。

「我は、どうすれば……?」

 さっきまで自信満々で立っていたレドが、膝から崩れ落ちていく。うつむいて両手で顔を覆ったレドを見つめながら、ナギは身も心も凍えている自身の、左頬だけが熱いことに気が付いた。

 ——どうすれば? 本当にどうすればいいの? ああ、また、血の、匂いがする……。
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