59 / 68
告白
しおりを挟む
「……私、いつかあの男を殺したいと思って生きてきたの」
「あん?」
突然胸のうちを話し出したナギに、シュテルンはどこか嫌そうな顔をしながらも耳を傾けた。
「元の世界ではね。ずっとカバンの底に包丁を入れて、持ち歩いていたの。いつか偶然どこかで出会う日が来たら、絶対に私があの男を殺してやるんだって」
「は、そうかよ」
「この世界に落下さんとしてやってきてからは、解放されたと思ってたんだけどね。もう二度と、あの男と偶然出会うことはないんだって」
「でも、お前は出会った」
「そうね。もう一人の落下さんの話を聞いて、もしかしたらと思ったの。そうしてすぐに、包丁を買いに行ったのよ。笑っちゃうでしょ?」
そんな可能性はゼロに近いと思っていたのに、包丁を買いながら、ナギはきっと薄ら笑いを浮かべていた。
「じゃあやっぱりトドメを刺しに行けばいいんじゃないのか?」
「それで終わりだ」と言うシュテルンに、ナギは首を横に振った。
「言ったでしょ、死んでたんだって」
またも不満そうな顔で何かを言おうとしたシュテルンを、ナギは続く言葉で黙らせた。
「そうね、身体はかろうじて生きてるわ。でも心がとっくに死んでたのよ」
「心だと?」
「そうよ。……あの男を痛めつけていいのは、私だけだった。切り刻んで、恐怖に歪む表情を見て、笑っても良かったのは私だけ。それなのに、レドたち親子は私があの男に再会する前に殺したの。あの男を嬲って、白髪になるほどの恐怖を与えて、この私に『殺してくれ』って懇願するほど弱らせた。——殺す価値もないほどに」
うなだれて下がった頭を、そのままテーブルにガンガンと2回打ちつけると、「やめろ」とシュテルンの手が頭とテーブルの間で邪魔をした。
「……爪の生成に必要な栄養素は?」
「あん?」
ナギの顔を片手で覆うシュテルンの手は熱い。それが離されても、顔に熱は残ったままだ。
「私は多分、あの男の爪を早く伸ばすレシピの作成が可能よ。殺すよりももっと効果的な復讐になるかもしれない……でも、それが何になるっていうの?」
「まあ、あの御守りがまた早く作れるなら、ラオン国の奴らは喜ぶだろうが」
「そんなことはどうだっていいのよっ!!」
刹那、ナギが上げた悲鳴のような叫びに、シュテルンは沈黙した。
ナギがずっと囚われている絶望の深さは、誰にも伝わらないものだ。ナギが望んだのは、ただ振り上げた包丁を振り下ろすこと。ずっと抱いてきた殺意は、そんな単純なものだった。
「……シュテルン」
「あ?」
うつむいたまま、シュテルンの名を呼んだのは無意識だ。
シュテルンこそ、ナギの思う最も単純な悪の形。裏表のない純粋な悪に、ナギがどれほど救われてきたのか。だがそんなこと、シュテルンには知りようもないことだ。
殺戮の限りを尽くし、血まみれで帰って来ては、女を抱いてご機嫌な夜を過ごす。無数の人を殺しておいて、何の良心の呵責もない。
ゲームの中のシュテルンは、そんな自身の行いを悔いて改心する。ゲームをプレイしていたときは、改心した後に見せたシュテルンの笑顔に惹かれたはずなのに、今はそうではない悪の姿にこそ救われているなんて、皮肉なことだとナギは思う。
「……シュテルンは、クズのままでいてね」
「はあ?」
顔を上げて、予想通りに不機嫌な顔をしているシュテルンを見つめると、ナギは勢いよく立ち上がった。
「うん。シャワー、浴びてくる。エッチしよ?」
「あん?」
突然胸のうちを話し出したナギに、シュテルンはどこか嫌そうな顔をしながらも耳を傾けた。
「元の世界ではね。ずっとカバンの底に包丁を入れて、持ち歩いていたの。いつか偶然どこかで出会う日が来たら、絶対に私があの男を殺してやるんだって」
「は、そうかよ」
「この世界に落下さんとしてやってきてからは、解放されたと思ってたんだけどね。もう二度と、あの男と偶然出会うことはないんだって」
「でも、お前は出会った」
「そうね。もう一人の落下さんの話を聞いて、もしかしたらと思ったの。そうしてすぐに、包丁を買いに行ったのよ。笑っちゃうでしょ?」
そんな可能性はゼロに近いと思っていたのに、包丁を買いながら、ナギはきっと薄ら笑いを浮かべていた。
「じゃあやっぱりトドメを刺しに行けばいいんじゃないのか?」
「それで終わりだ」と言うシュテルンに、ナギは首を横に振った。
「言ったでしょ、死んでたんだって」
またも不満そうな顔で何かを言おうとしたシュテルンを、ナギは続く言葉で黙らせた。
「そうね、身体はかろうじて生きてるわ。でも心がとっくに死んでたのよ」
「心だと?」
「そうよ。……あの男を痛めつけていいのは、私だけだった。切り刻んで、恐怖に歪む表情を見て、笑っても良かったのは私だけ。それなのに、レドたち親子は私があの男に再会する前に殺したの。あの男を嬲って、白髪になるほどの恐怖を与えて、この私に『殺してくれ』って懇願するほど弱らせた。——殺す価値もないほどに」
うなだれて下がった頭を、そのままテーブルにガンガンと2回打ちつけると、「やめろ」とシュテルンの手が頭とテーブルの間で邪魔をした。
「……爪の生成に必要な栄養素は?」
「あん?」
ナギの顔を片手で覆うシュテルンの手は熱い。それが離されても、顔に熱は残ったままだ。
「私は多分、あの男の爪を早く伸ばすレシピの作成が可能よ。殺すよりももっと効果的な復讐になるかもしれない……でも、それが何になるっていうの?」
「まあ、あの御守りがまた早く作れるなら、ラオン国の奴らは喜ぶだろうが」
「そんなことはどうだっていいのよっ!!」
刹那、ナギが上げた悲鳴のような叫びに、シュテルンは沈黙した。
ナギがずっと囚われている絶望の深さは、誰にも伝わらないものだ。ナギが望んだのは、ただ振り上げた包丁を振り下ろすこと。ずっと抱いてきた殺意は、そんな単純なものだった。
「……シュテルン」
「あ?」
うつむいたまま、シュテルンの名を呼んだのは無意識だ。
シュテルンこそ、ナギの思う最も単純な悪の形。裏表のない純粋な悪に、ナギがどれほど救われてきたのか。だがそんなこと、シュテルンには知りようもないことだ。
殺戮の限りを尽くし、血まみれで帰って来ては、女を抱いてご機嫌な夜を過ごす。無数の人を殺しておいて、何の良心の呵責もない。
ゲームの中のシュテルンは、そんな自身の行いを悔いて改心する。ゲームをプレイしていたときは、改心した後に見せたシュテルンの笑顔に惹かれたはずなのに、今はそうではない悪の姿にこそ救われているなんて、皮肉なことだとナギは思う。
「……シュテルンは、クズのままでいてね」
「はあ?」
顔を上げて、予想通りに不機嫌な顔をしているシュテルンを見つめると、ナギは勢いよく立ち上がった。
「うん。シャワー、浴びてくる。エッチしよ?」
10
あなたにおすすめの小説
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを
青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ
学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。
お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。
お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。
レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。
でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。
お相手は隣国の王女アレキサンドラ。
アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。
バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。
バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。
せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました
【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!
チャらら森山
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。
お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。
【完結】恋につける薬は、なし
ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。
着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる